第54話 傀儡
まだ1歳のベーレンス・クラウス君は当然だけど、まだ何の主張も出来ないし言葉も話せない。ということは、都合よく言葉を解釈できるということだ。流石に1歳の子供が宣戦布告とか、そういうことにするのは無理だけど。
そして何よりも重要なことは、あのヴァーグナーと第六皇女の息子だということ。継承順位が低いとはいえ、第六皇女もカルリング帝国への請求権はちゃんと持っているため、このベーレンス君もカルリング帝国に纏わる請求権を少なからず保持しているのだ。あとはヴァーグナーの持つ領土への確固たる請求権も持っているね。便利便利。
というわけで今から洗脳教育を施しておけば、将来的にとても都合の良い駒になる可能性がある。何よりこの子、ヴァーグナーから遺伝したのか聖君の特性持ちです。こんなの目の前に居たら攫うに決まっているんだよなあ。将来的にはベーレンス君の所有する請求権を使って戦争→ベーレンス君が領土を獲得→その領土を俺が没収のコンボで合法的に領土拡張が出来る。
破門もされている現状、正当な理由が無くても実効支配すれば同じことではあるんだけど……正当な理由はあった方が、その領地の支配をよりスムーズに行える。
例えば中国が日本を実効支配した時、そこに正当な理由が無ければ日本国民の多くは反発するだろう。しかしその時の中国の国家主席が日本人と中国人のハーフだったら、いやクォーターでも少なからず反抗する人の数は減る。もしもそこに歴代の日本総理大臣の血や、遠縁でも日本の皇族の血が流れていたら更に反抗する人の数は減るだろう。……まともな統治をしていたら、の話になるけど、それだけ正当っぽい理由というのは力がある。
ないよりはあった方がマシ、程度だけどそれでも正当な理由はあった方が都合は良い。ついでに、ヴァーグナーに身代金の要求をしたら却下された。ベーレンス君の重さと同じ量の純金で良いよって言ったのに、純金10㎏で良いのに拒否されたベーレンス君可哀想。ヴァーグナーは敵だと刷り込まなきゃ。
……まあ、僅かな蓄えも根こそぎ持って行ったし屋敷も燃やされたんだから払えるわけなかったな。流石に他の領土に財産は分けていると思うけど、完全に財産を奪い切っていたら軍の維持すら難しかっただろうから、わりと侵攻していた時はヴァーグナーにトドメを刺すチャンスだった。山丸ごと爆破されてなきゃなぁ。
それにしてもかなりの回数、他国相手に略奪を繰り返していたのに、あれだけしか蓄えが無かったということは、飢饉で大分吐き出した可能性があるな。まあうちも余裕があるわけじゃないけど、カルリング帝国の食料事情はかなり逼迫している。ご丁寧に女神様が餓死した数を教えてくれたし、そろそろ凶刃が皇帝を襲ってくれても良いのに。
そう思いながらディール伯爵領まで戻ると、パウルス陛下が倒れたという情報が入る。孫が出来ている年齢ですし、胃がキリキリしてそうな生活をしていたらそうなるわという感想しか出て来ない。
まだこれで、死ぬと確定しているわけではないけど、まあ死ぬでしょ。だってお抱えの医者の中に、俺のスパイが入り込んでいるし。弱っている身体で、毒を防げるわけない。チャンスがあればの話になるけど、送り込んで早数年。そろそろ信頼された頃じゃない?
……世の中の食べ物には、安全そうな食べ物でも毒になる場合がある。流石に薬を調合する際、材料については毒見をされたりするだろうし、調合する時は監視付きだろうけど、完成した薬の大部分を毒見されるわけではない。
何より中世の医療レベルなんてかなり低いので、薬と偽って毒を飲ませても問題が露呈する頃にはうちの領内まで逃げることが出来る。まあ肝心の大量接種厳禁なものの知識があまりない俺には、カフェインを大量に摂取したら死ぬ、レベルの知識しかないのでそれを利用するしかないのだけど。
不眠にもなれば良いなあということで、医者にはカフェインが抽出できそうなものと濃縮方法。あとは領内の実験で得られた遅効性の毒キノコの知見を渡しているので、今頃はウキウキで利用していることだろう。カフェインって少量なら疲労回復効果とかもあるし、上手く騙してくれないかなあ。
そう祈っていると、3日後にパウルス陛下が急死したという情報が入る。不審な死だな。これは上手く行った可能性が高いし、同時に毒殺した医者が捕まったかもしれない。俺の名前を出されると非常に不味いけど、もう独立しているから何とかなるか。
死因についてより詳しい情報が入らないかなと思っていると、シュルト公爵家が独立を理由にカルリング帝国へ宣戦布告を行う。このタイミングが一番だろうし、カルリング帝国側も予見できたことだな。
第一皇子は既に死んでいるため、その息子が皇帝となるがまだ7歳。戦乱の世不可避。第一皇子の弟達、皇帝から見て叔父達は全員敵になるだろうし、6歳の皇帝の弟を担ぐ奴らも現れるだろうからそろそろカルリング帝国は死ぬ。
ということは、カルリング帝国の周囲の国によるカルリング帝国分割が始まる。可能な限り美味しいところを切り取って、ディール王国を大きくしようか。




