第51話 夫婦
カルリング帝国に宣戦布告を行ったものの、こちらとしてはボルグハルト王国がカルリング帝国に攻め入っている間、ヴァーグナーの領土に攻め入るつもりはないので、農民兵は解散して傭兵団との契約も打ち切る。両軍がすり減った後なら、常備軍と奴隷兵だけで奪いに行けるだろうし、それまでの維持費を払うのがもったいない。
再びヴァーグナーの領土から情報を集めるけど、どうやらカルリング帝国のほぼ全軍を指揮出来るヴァーグナーが何とかボルグハルト王国軍を撃退し続けているらしい。ヴァーグナー本人も戦場に出て暴れているとのことなので、戦闘力は更に上がっているんだろうなあ。
……あの聖君、魔法の特性を高いレベルで保有しているだけじゃなくて、生まれ持った最大魔力量も頭おかしいぐらいにはあるみたいだからな。こちらは幼い頃から魔力トレーニングをしていたのに、結局魔法がほとんど使えないから世の中不公平だ。未だに小さな火の玉2発でガス欠ですよ。
一応俺も、耐久力だけは上がったけど、火力は爆弾と毒と銃頼りです。今日はディール伯爵領で建設中のコロシアムの中央で、リンデさんと向かい合う。リンデさんの後ろには、リンデさんが調教している女の奴隷兵がずらりと並ぶ。この光景だけ見るとわりとハーレム。全員武器を持ってなければの話だけど。
……このコロシアム、将来的には興行で使っていきたいなあ。何故か俺の実験でいつも内壁が壊れているから、観客席の建設が延々と進まないけど、完成したら奴隷同士で戦わせて賭博も解禁しよう。奴隷兵の練度上げと金稼ぎと領民のガス抜きを一手で解消できるから、コロシアムの存在自体はかなり都合が良い。
12歳になったリンデさんは、最近背が伸びてかなり大人っぽい身体にもなっている。身体的特性の中でもトップクラスである『怪力』持ちのリンデさんは、大きなハンマーを持ち上げた。リンデさん自身の身長ほどはある巨大なハンマーの片面には、尖らせた鋼鉄の突起が幾つもある。
もしもこのハンマーで地面に叩きつけられたら、一般人なら即死は免れないだろうな。というか過去に、これより小さいハンマーで虎と熊が合体したような魔物を一撃で屠っていたし、まだ身体が出来上がってない奴隷でもこれで殴られたら即死するわ。重さは、1トンは軽くありそう。
「いきますわよ」
「おう、こい」
宣言してから、リンデさんはそのハンマーをフルスイングする。まるで野球の金属バットを振り回すかのように、ハンマーを薙ぎ払うよう振り回して、その突起だらけの側面は俺の身体の前面を正確に捉える。
直後、背後にある壁に叩き込まれて俺の身体がコロシアムの内壁にめり込むような感覚を味わう。こんなことしてるから、コロシアムの完成が延期するんだろうなあ。そのままだと自力では脱出出来ないので、リンデさんがめり込んだハンマーを持ち上げると、真っ暗だった視界は明るくなり、ドン引きしている奴隷達とあきれ顔のリンデさんが視界に入った。
うんまあ、怪力はやっぱヤバイな。ここまで頑丈に作ったスタジアムが人型にめり込むどころか、ハンマーごとめり込んでやがる。そしてようやく腕部分に、穴が空いて血が流れ出ているのでそこを鉄砲で撃つように指示。
奴隷隊に仕込んでおいた、三段撃ちを駆使して、腕に空いた穴へ向かって鉄砲を撃ち続ける。速攻で回復するし、こうやってわざと貫通させないと、そもそも鉄砲の弾が俺の身体を貫かないから鉄砲耐性が一向に身に付かない。
たぶんリンデさんのハンマーが腕の骨ごと断ち切ってくれているので、弾はどんどん腕を貫通していく。もし弾が体内に残っても、回復魔法で体内の異物は除去できるから何とかなるという。
鉄砲の弾が貫通する度に穴から血が噴き出るけど、まあこれぐらいなら出血多量で死ぬことはないな。とりあえずこの訓練の安全性は確かめたので、古参奴隷の中で一段階上に行きたい奴はこの訓練を受けさせるようにしよう。
お、今日で累計2000発ぐらいは弾が腕や手を通過したと思うけど、ようやく鉄砲耐性レベルⅡを手に入れたか。これもレベルⅩまであるとしたら、レベル上げは大変だな。早い奴は5発ぐらい撃たれるだけで鉄砲耐性レベルⅠが手に入るのに、この成長の遅さは色々と酷い。しかも経験値の倍率が低かったからといって、特に上限が上がるわけではないし……。
続いてコルネリアが、業物の剣を持って俺の片腕を斬りおとそうとするものの、切れ味が凄いことで有名な剣が俺の皮膚を通らなかったので残念ながら斬りおとせはしなかった。衝撃の方が凄かったけど、特に骨へ異常はなかったから、この剣は微妙だな。前のアーティファクトならギリギリ刃が通ったのに。
鉄砲耐性はとりあえず、レベルⅡで良いやと思ったのでその後は回復薬を飲む。うん、不味い。前よりも苦味が薄くなったと思ったら、今度は渋味が増してやがる。一応、新しい方は精神安定作用もあるようだけど、その効果があるのか俺には判断できないな。
とりあえず銃が敵方に渡った時のために、新人奴隷にも銃への耐性は上げるような訓練メニューを考えよう。一番楽なのは、身体の一部分をくり抜いてそこを鉄砲で撃つことだな。いやこれ、鉄砲本体や弾をもっと量産できるようになってからの方が良いか?敵もまだ鉄砲をすぐ使い始めるようになるとは思えないし……まずは矢面に立つ奴隷兵だけかな。




