第48.5話 新税
パルマーがポワチエ公爵領にてジェレミアス公爵と共同でレナート帝国の軍を撃退していた頃。ディール伯爵領はディール王国の王都になったことで、大規模な開発が行われていた。元からあるディール伯爵領の城塞を、大きく拡張しようとしているのだ。
その開発を任されたのはパルマーの側室となったカーラであり、彼女は現ディール伯爵でもある。結婚したことによりその称号はパルマーも共有することとなったが、実質的なディール伯爵はカーラであり、つまりは開発の責任等もカーラが受け持つことになる。
「新通貨の流通のためだけに、巨大な城壁の建設をするのは狂っているよね」
「新通貨の流通のためだけじゃありません。王としての権威を、強める効果もありますわよ。それに、これでこの国はより多くの労働力を使えるようになりますわ」
カーラは眼下で働く農民を眺めて呟いた瞬間に、ブルクリンデに反論されて嫌な顔をする。お互いパルマーについて行くだけで自身の立場が向上する者同士ということで表面上は仲良さげにしているが、当然正妻と側室という立場の違いから、確執というものは存在する。
特にパルマーが王となったことで、ブルクリンデは王妃となり、自然と世間からの知名度や名声も上がった。ブルクリンデはパルマーの行っていることのほとんどを理解しており、今回の城壁建設も、複数の大きなメリットがあることを理解している。
今回、パルマーが制定したのは新しい税だ。1年360日の内の2ヵ月間60日を、国のために働くことで年貢の割合を減らすことが出来るというもので、今年は王都で60日働くと納める年貢が半分になるということを伝えると、領内の至る所から労働力の提供があった。
また、この労働では1日当たりの基本労働対価として新通貨の銅貨1枚が支給される。それとは別に王都滞在期間中、三食と寝床の提供があるため、この新税に文句を言う者はいなかった。
そしてパルマーはこの労働に対して、ある工夫をした。よくある手法としては各チームに分け、一番仕事が早かったチームには別途報酬を与えるというものだが、パルマーはこれに加えて、逆のことも行った。
要するに規定通りの仕事が終わらなければ、基本労働対価として支払う銅貨を没収することにしたのだ。加えて、仕事が一番遅かったチームにも対価の支払いをしないと決めた。
この決まりにより、一番早いチームには新通貨の銅貨が3枚。平均より早いチームには2枚。平均より遅いチームには1枚。一番遅いチームには無銭という格差が生まれた。城壁の建設、森林の伐採など、単純な肉体労働での競争は徐々に熾烈を極めるようになった。
新通貨を使った取引についても、パルマーは制定を行った。大前提としてこの新通貨は食料本位制であり、決まった額と食料の取引を国が保障することになっている。これにより、激しいインフレとは無縁の通貨となる。同時に流通量の制限も出来たが、これは大した問題では無かった。
そしてパルマーは、通貨の回収手段として国営の風俗店の運営にも着手をした。飢饉により、女子供が奴隷として売られるということが他領では多発したからだ。この女子供の格安奴隷を利用した結果、王都に来て働き始めた男達は、競い合ってより多くの銅貨を受け取ろうとし、受け取った銅貨を嬢に貢ぐというサイクルが完成した。
……またこの風俗店でも、同じように労働への対価の競争を導入することで、サイクルは活発化した。60日間の労働になっているが、2日働く毎に1日の休みを設けているため、実質的な拘束期間は3ヵ月90日。その期間、農民達の労働生産性は落ちることが無かった。
人間の三大欲求の内の2つ、食欲と性欲を牛耳ったことでディール伯爵領の王都を取り囲む城壁は日に日に高く厚くなる。既に城壁は四重になっているが、労働力が余っている現状をカーラはパルマーに伝えると、十重でも二十重でも城壁で取り囲めという指示が出る。
もはや、防御力に期待をしているわけではない。王の威光を示すという僅かな効果のために雇用を生み出している状態だ。しかしながらこの威光というものは中世においてとても大切なものであり、今後の外交にこれは活かされた。
「しかしまあ、凄い勢いですわね。この調子なら他で労働力を使う時も、存分に働いてくれますわ」
「……城壁の建築以外に、何に使うの。どうせ学もない農民なんて、単純で簡単なことしか出来ないよ」
「その簡単で単純なことでも構わないですわ。各城塞や砦の増築を行った後は、その点を線で繋ぐ作業が待ってますもの」
この労働力を、いずれは城壁の建設以外にも転用できるとブルクリンデはカーラに対して説明をする。既に一部の労働者は、統一規格を設けたパンや弩や矢の生産を行っている。徐々に国全体で生産を管理する体制が、未熟ながらも出来上がりつつあった。




