第43話 一揆
遥か昔から近現代に至るまで、民衆が飢えると必ず一つの行動を起こす。それは、富む者からの略奪。日本だと、百姓一揆は有名だろう。太古から現代まで日本では何回の一揆が起こったのか、数えるのも馬鹿らしくなるぐらいには一揆の回数というのは多い。
まあ、必然的な流れではある。手元に食料がないから、他所から奪う。命がかかっているから、命懸けの行為への敷居も低くなっている。何より完全に動けなくなる前に手を打つとしたら、これしか選択肢が無かった人も多いのではなかろうか。
当然この世界でも、貴族層に対する反乱は起きた。まあ貨幣価値がボロボロになって経済が壊れたから仕方ない。炊き出しをして民衆の好感度を上げたはずのディール公爵領でさえ、反乱は相次いだ。貨幣価値の低下自体は、ディール公爵領でも起こったのでしょうがない。
関所を増やして人の行き来を減らした結果、情報の漏れは少なくなったと思うけど、入る方も当然減った。密偵達が頑張って情報を仕入れてくれるけど、こいつらが二重スパイになっている可能性すら考慮するとイマイチ信用できない。やっぱり孤児より奴隷を使うべきだったか。
うちの隣にあるエストア公爵領とか、とうとう食人を始めたから必死に逃げてきたとか元孤児の密偵が言ってるけど、食人って普通にクヌート教で禁忌だし、飢饉ってレベルじゃないな。噂が本当なら、もはや飢餓だ。
食パン一斤が金貨数枚で取引されているとか、あまりにも現実離れし過ぎていて笑みを崩すことができなかった。市場崩壊が起こるまでは、銅貨2枚で買えたことを考えると物価の上昇率は脅威の1万倍超えかな?
より現代日本に近い具体的な例にすると、年収は300万円と今までとは変わらないのに、おにぎり1個の値段が100万円になった感じかな。……貴族すらも飢えてきているのは、うちの奴隷が貴族達からも食料を買い漁ったからだな。出来れば貴族にはある程度の食料を蓄えていて欲しかったけど、これはこれで好都合。
「うちの倉には、どれだけの麦と乾物の蓄えがあるんですの?」
「ディール公爵領全域の人が一年間食える分ぐらいだな。だからまあ、収穫までは安心して暮らせる」
「……これを今売れば、国宝すら買えるのですね」
「国宝級のアーティファクトやら剣やらでお腹は膨れないからな。短期的に考えると、人間が生きるために1番必要なのものは、間違いなく食だ」
リンデさんは、俺が食料で買い漁ったアーティファクトや剣や甲冑の類を見てため息を漏らす。いや別に良いでしょ買い漁っても。商人達が食料を売れと五月蠅いから、物々交換で妥協しただけだ。国宝級の剣は、奴隷の剣士に渡すし、甲冑とかは元奴隷の騎士達に渡そうかな。
しかしまあ、多少の食料を買っても僅かな期間の延命に過ぎないことにあの商人達は気付いているのだろうか。もし来年、他領が凶作なら間違いなくあの商人達は詰む。というかその凶作だった地域に住む人全員が詰む。
大抵の飢饉が、凶作の翌年の収穫が終わってもずっと続くのは、今を生き抜くのに必死になってしまって先のことなど考えられなくなってしまうからだ。うちは来年の収穫まで、ほぼ通常通りに生活出来るけど、他領はそうもいかない。種籾の確保が出来ないと、来年の収穫量に大きく響くし、家畜とかも早期に屠殺してしまうから、生産量自体が元には戻らない。
田畑を耕すための、馬とかも食べるようになるからね。飢饉から飢餓へ移行すると、必然的に田畑は荒廃する。来年の収穫すら危うくなってくれたので、個人的には今回の結果に大満足だ。
「……お兄様から聞いたのだけど、エストア公爵領から蜂起した農民兵が略奪しに来たみたいじゃない。大丈夫なの?」
「北のポワチエ公爵領がそれなりに治安を保っているから、警戒するのは西と東だけで良いし、ちゃんと奴隷兵が毎日大砲の訓練をしているから問題ない」
宣戦布告は来ていないけど、農民が勝手に蜂起しディール公爵領を目指そうという動きがあるのは他領で俺の悪行がバレている可能性は高いな。悪行がバレてなくて、ディール公爵領は食べるものに困っていないというだけで、狙われている可能性もあるのは厄介。
一応その対策として、軍の訓練を公爵領の外周部で行っているから不穏な集団は安易に近寄らないはず。既に大砲の存在や仕組みはヴァーグナーとの戦争で使っているからバレているし、特に不利益はない。今のところはその大砲の威力に怖がるよりも、大砲の砲弾によって穴ぼこのクレーターになった地面が延々と続いているのを見て怖がっている模様。
領内のインフラは整備するけど、他領との街道は破壊するに限る。将来的には役立つのかもしれないけど、今は敵軍の道にしかならないからインフラ破壊は当然の一手。大砲の訓練も出来るしそれなりにメリットは多い。なお奴隷兵は3日に1人の割合で死にかけている模様。あれだけ鍛錬しているのに死にかけるとか大砲の威力凄いわ。大砲の暴発を至近距離で受けて死なない奴隷も凄いけど。
あと地味に、コルネリアの兄のハンスが元傭兵現常備軍を引き連れて略奪しに来た農民兵をキッチリ処理してくれるのは助かる。ただの優男かと思ったら、ちゃんと仕事はしてくれる優秀な武人だった。まあ相手は飢えて力の出ない農民だらけだっただろうし、それに連戦連勝するのは当たり前だけど……今後はもう少し厚遇するか。当たり前のことを当たり前に出来る人は、どの世界のどの時代でも普通にありがたい存在です。




