第35.5話 交差
ボルグハルト王国の領内。そこで略奪を繰り返したパルマーは、カルリング帝国の本軍と並行して進軍を続ける。勝ちが見えているために油断していたパルマーは、急襲してくる敵の察知に遅れ、気付いた時には剣が迫っていた。
「危ない!」
パルマーのすぐそばにいたコルネリアは剣を抜き、パルマーを庇うようにして、迫る剣と打ち合う。しかしながら、圧倒的な体格を持つ男に力負けしたコルネリアは、抱えたパルマーと一緒に数メートルほど弾き飛ばされた。
「おおー!こんな道を進軍するとかどこの馬鹿貴族だと思ったら、我が弟ではないか。
大きくなったなあァ!」
馬に乗って現れた、コルネリアを弾き飛ばした大男は、パルマーを見て弟だと言う。その言葉でコルネリアは、相対しているのがボルグハルト王国の王、アルフレートだと悟った。
「ぜってえ分かってて攻撃しただろ。性格の悪さは相変わらずだな」
コルネリアと一緒に弾き飛ばされたパルマーは、汚れた服を払いながらアルフレートを睨みつける。それと同時に、アルフレートの周囲にいた女性達がパルマーとコルネリアを囲むように移動した。
「アルフレート様をそのような眼で見るな!」
そしてパルマーに一番近いメイドの服装をした女性が、いの一番に飛び掛かる。その速度を見てコルネリアは強敵だと判断するが、それに対してパルマーは、黒い弾を投げた。
その黒い弾を避けようとしたアルフレートのメイドは、それでも肩に当たってしまう。直後、その黒い弾は爆発を起こし、メイドは地に伏した。
一気に空気が緊迫し、警戒が一層強められたところで、パルマーは二つ目の黒い弾をアルフレートに向かって投げる。当然、アルフレートと傍にいたメイド服の女は即座に後ろへ飛んだ。さきほど、爆発した光景を見たからだ。しかし二つ目の黒い弾は、地面を転がるだけで爆発しなかった。
「あーっはっはっは!ちょー笑える。ねえねえ何で後ろに飛んだの?それ偽爆弾だよ?騙されてやんのー」
黒い弾に対し、後ろに飛んだアルフレートを散々に馬鹿にするパルマーだったが、アルフレートはすぐに挑発だと見抜いた。アルフレート自身は、挑発だと見抜けたが……周囲のメイド部隊は挑発に乗る。そしてアルフレートと一緒に後ろに飛んだメイドが、一番頭に来ていた。
「コイツ!」
毒が塗られた短剣を持ち、一気に距離を詰めるアルフレートの傍にいたメイドは、真っ直ぐパルマーの元へと駆ける。その道中、足元が爆発し、彼女は片足を失った。
「また騙されてやんの。偽爆弾なわけないじゃん。
つーわけで、プレゼントだ」
彼女の足元が爆発した理由は、二つ目の黒い弾が爆発したからだった。そしてパルマーは、周囲に黒い弾をばら撒く。先ほどよりかは小型ではあるものの、爆弾というものの効力をよく知った周囲の人間は一気にパルマーから距離を取る。
そしてメイド部隊は一気に攻め寄せたり滲みよったりと攻撃の手を色々と変えるが、その度に足元にある爆弾が爆発して近づけない。攻め手に欠け、硬直状態に陥った頃、パルマーの奴隷兵部隊が接近してくるのをアルフレートは確認した。
それを見て、このまま戦闘を続けることは出来ないと悟ったアルフレートは、パルマーに聞く。
「透明な鞭、か?」
それに対するパルマーの答えは、沈黙だった。見え辛い鞭を用意し、散布した爆弾を叩いて爆破する。その戦術を少し見ただけで見破ったことに、パルマーは心の中で称賛を送った。
「それなら!」
アルフレートから答えを聞いたメイド部隊は、鞭で打たれないよう同時に黒い弾を回収しに行く。剣や槍で見えない鞭を牽制しながら、メイド部隊が幾つか黒い弾を拾ったその時。パルマーはコルネリアを庇うように抱きしめ、地面に伏せる。
「な!
下がれ!」
アルフレートがパルマーの行動の意図にすぐさま気付き、下がるよう指示を出すが遅かった。パルマーが地面に伏したその瞬間、周囲に散布していた残りの黒い弾が一斉に爆発し、メイド部隊を壊滅させる。
「撤退だ!急げ!」
想定していたより手痛い反撃を食らったと思ったアルフレートは、即座に撤退の指示を出す。一斉に爆発したことにより、砂煙も立ち込め、パルマーの姿は確認し辛い。幸い、重傷者こそ多いものの、死者は少ないと察知したため、極力怪我人を回収してアルフレートは撤退戦に切り替える。
やがて砂煙が晴れた頃、パルマーは既にその場におらず、代わりに眼下に迫るパルマーの奴隷兵を確認したことで、アルフレートは改めてパルマーはちょっかいをかけるべき相手ではなかったなと反省した。
一方でアルフレートから命からがら逃げ延びることが出来たと思っていたコルネリアは、傍にいるパルマーに話しかける。
「あれ、お兄さんなのよね?もっとこう、兄弟で仲良くとか出来ないの?兄弟であんな命のやり取りをするなんて……」
「は?向こうは魔法使ってなかったし、こっちは奥の手を何も使ってないぞ。今回はただ、向こうがメイド使ってちょっかい出して来ただけだろうし、ちょっと痛い目を見てもらっただけだ。それ以上でも以下でもない」
それは兄弟で命懸けの戦いをしたことに対する悲観的な感情の言葉だったが、パルマーには大して響かなかった。




