第33話 エニュレ伯爵家
前話に地図を追加しました。
何だかんだで先延ばしにされたカーラさんとジェレミアス伯爵との会合の日。どんな子なんだろうと思ったら、外見は普通そうな女の子だった。茶髪の平均的な身長と平均的な体格の女の子。うん、普通(当社比)だ。
ただ彼女が口を開いた瞬間に、もしかしたらまともな女の子かもという期待は淡くも崩れ去る。
「……預言書に記されし咎人の魂は浄化の炎によって赦され、安らぎの地へ導かれん。常夜の闇にぶえっぷ」
「すまん、手が滑った」
彼女の言葉を聞いた瞬間、背筋がゾワっとしたから彼女の口を手で抑えて、喋れなくする。カーラの横に座るジェレミアス伯爵という名の婆は、そんな行動を取った俺に怒ることもなく、ぷいっと横を向いた。おう、自覚あるなら矯正させろや。
「その馬鹿そうな喋り方を辞めないなら、本当の馬鹿だと判断してディール伯爵領に攻め込むけど?ディール伯爵のカーラさん?」
「むー!?んー!」
「それぐらいにしておいておくれ。恐れ知らずの狂人よ」
「そっちも喧嘩売ってんのか!?」
そしてジェレミアス伯爵自身もそういう風な言い回しは好んでいるようだった。手紙も何か格式高かったし、こりゃそういう一族だと思うしかねえ。
現時点で、既にカーラはディール伯爵だ。伯爵が伯爵と封臣契約は結べないので、カーラは既に皇帝の封臣。祖母に当たるジェレミアスの言うことを聞く必要性はない。俺との結婚が嫌なら、この話し合いの場に参加しなくても良かった。
……まあジェレミアス伯爵の言うことを聞かなかった瞬間にジェレミアス伯爵と俺とヨアヒムが一斉にディール伯爵を狙い始めるから独立してやっていくのはムリゲーだけど。
「ぷふぁ、はぁ、はぁ……。
あ、あり得ないだろう。いきなり初対面の人の口を押えるとは」
「何だ。ただの意気地なしの無神論者か」
「……あのまま貫き通すほど、私は馬鹿ではないのさ」
「無神論者を否定しない時点でただの馬鹿だけどな」
貴族同士、直接会うということは少ない。それこそ同盟直前の相手とかじゃないと、暗殺のリスクは常に付きまとう。ぶっちゃけこの場で、話すことは少ない。もう既にカーラとの結婚の話は日にちを決める段階に来ており、同盟後の動きも粗方定まっている。
「お二方、お初にお目にかかります。シュルト公爵家三女、ブルクリンデ・シュルトですわ。
カーラさん、よろしくお願いいたしますわね?」
「ああ、話は聞いている。よろしく頼むよ」
コルネリアをいきなり投げ飛ばした実績のあるリンデさんは、特にカーラを投げ飛ばすというような行動はしない。本当に顔を見に来ただけなのか、軽く会話をして握手をした後は、窓から出ていくリンデさん。あの、ここ屋敷の3階なんですけど。
そう思っていたら、屋敷の外に止めてある馬車から大量の銀を背負って出て来て、再度3階の窓から入って来るリンデさん。背負っている銀の量は、およそ150㎏ぐらいかな。この屋敷の床が頑丈で良かった。下手したら床が抜けて、3階から1階まで綺麗な吹き抜けが出来るところだった。
どうやらリンデさん、側室相手には力を見せつけていくスタイルらしい。普通の人が背負えないような量の銀を背負って、3階までの垂直跳びを披露するリンデさんをカーラは怖がっていた。そこでマウントを取りにいくのかと困惑するけど、まあまだ11歳だし、11歳らしいところでもあるか。
大量に持ち込んだ銀を売り、結構なお金を得たリンデさんは上機嫌だ。何でお金を貯めているのか、わざわざ本人に聞くという野暮なことはしない。密偵頭のティエリーによると、俺の公爵の称号に必要なお金の貯金をしているらしいので、そのうちプレゼントしてくれるだろう。
……あのおっさん、普通に有能なので将来的には伯爵になるかも。うちの領土、人材不足が続いているから指示通りに行動出来るというだけでも男爵にはするよ。俺が公爵になり、複数の伯爵領を管理するようになると、必然的に手が足りなくなるから一部の伯爵領は家臣に与える必要が出て来る。まあでも、実際に分け与えるようになるのは伯爵領が10を超えてからになるかな。
「ところで、息子さんはどちらに?」
「……ミランダのことならエニュレ伯爵領に引き籠っております」
「ああ、結局来なかったのか……」
ジェレミアス伯爵の長男ミランダは、無性愛者です。だからか息子がおらず、長女と次女カーラの2人しか子供がいない。むしろよく無性愛者が子供を作れたなという感じ。人間不信のようだし、自分の未来に関わる会合にすら参加しないとなるとわりとどうしようもない人間では?
ジェレミアス伯爵はミランダの性格や無性愛者について嘆いていたけど、たぶんこのジェレミアス伯爵自身の教育もダメだったのでは。ミランダがカーラの無神論者を矯正出来なかったこととか、その辺が関係してそう。というか将来的には、カーラの姉がジュレミアス伯爵の領土を引き継ぐ可能性は高いのか。
となると、カーラの継承順位は決して低いものではない。エニュレ家に不幸があれば、ポワチエ公爵の座が俺の手元に転がり込んでくるかも。いや、カーラの姉の結婚相手先にもよるか。カーラの姉のことに関しては、ちゃんと調べておこう。
会談は既に決定していることの確認だけで終わり、来週には結婚式を決行するのでカーラは俺の側室となる。それと同時に俺は4伯爵領を持つ伯爵となり、ディール公爵になる権利も得る。ここまで来るのにも結構苦労したけど、ここから先は敵が更に強大になっていくから休む間もない。でも今だけは、公爵になれそうなことを喜んでおこう。




