叔父と甥 前編
本編終了後直後に出張から帰ってきた優衣の父親と衛たちのお話。
優衣の母親である、亜由美が退院して数週間後。
優衣の父親の武が出張から帰ってくるということで、優衣と亜由美、それに衛の家族は空港にいた。
親戚同士とはいえ約18年ほど交流がないため、顔合わせとして食事をすることにしている。
武の到着を待っている中、まだ武に会ったことがない衛は少し緊張していた。
初めて亜由美に会ったときもそうだが、やはり彼女の親と会うのは緊張するものだ。
亜由美は優衣との交際を認め温かく見守ってくれている。武にも認めてもらいたい、そのためには第一印象が大切だ。
そんな衛を見て優衣が声を掛けてきた。
「衛先輩、もしかして緊張してます?」
「ったりまえだろ。叔父とはいえ彼女の父親に会うんだから。第一印象が大切だろ」
「衛先輩って…案外メンタル弱いですよね。お母さんと会うときも緊張してましたし」
「ん~?そんなこと言うのはこの口かなぁ~」
「いひゃい、いひゃい!」
衛が優衣の頬を引っ張ると、優衣は衛の腕をタップする。
衛が頬から手を離すと、優衣は頬をさする。
「…痛いじゃないですか。暴力はんたーい」
「生意気な口をきいたからお仕置きしただけだろ。そんな人聞きの悪いことを言われるとかこっちが傷つくわ」
「どこからどう見ても今のは衛先輩が悪いと思いますけど」
「ん~?もう一回されたいのかなぁ~?」
「いえ、私が悪かったです。ごめんなさい。もうしません」
衛がゆっくりと頬に近づけると、それよりも早く優衣が心が篭ってない謝罪の言葉を口にした。
それを聞いて衛はその手をおろす。
「分かればよろしい」
そんな二人のやり取りを見ていた大人三人はにこやかに見ていた。
が、亜由美がふと思い出したように衛に声を掛けた。
「あ、そうだ。まーくん、一つ忠告しておきたいんだけど」
衛は未だに亜由美からは『まーくん』と呼ばれている。
最初は呼び方を変えてほしいと願っていたが、今ではもう諦めている、
「忠告?なんですか?」
「お父さん…、優衣の父親の前ではあまり優衣を苛めないほうがいいわよ?」
「え?」
「うちのお父さん、恥ずかしながら娘命っていう人だから…。ね、優衣」
亜由美に振られた優衣の顔を衛が見ると、少し浮かない顔をしてうなずいた。
「優衣?そうなのか?」
「はい…」
「ふう~ん…。どんな人か気になるなぁ…、母さん達は叔父さんのこと知ってんの?」
衛が両親に聞くと、両親は顔を見合わせる。
「そりゃ、まだ亜由美が駆け落ちする前に会ったことはあるわよ。けど…もう18年も前だし…」
「僕もそうだね。そのときは母さんと結婚してたから、亜由美ちゃんも含めて4人で会ったりしてたけど、18年たつと人って変わるもんだからねぇ…」
「じゃ、会ってみないと分からないってことね」
それから数分して、武を乗せた飛行機が空港に到着したアナウンスが流れた。
到着ロビーに人が続々と流れ出てくると、少しして片手にアタッシュケースを引き、肩から少し小さめのボストンバックを掛けたスーツ姿の男性が一人こちらに近づいてきた。
近くにいた優衣に小さい声で尋ねる。
「あれが叔父さん?」
「はい」
やはり、あの男性が武のようだ。
傍から見ている限りは、落ち着いた普通の社会人のように見える。
本当に優衣や亜由美が言ったような娘命の人なのだろうか…。
武は亜由美たちの近くまで来るとアタッシュケースを止め、その上にボストンバックを乗せる。
「ただいま、母さん」
「おかりなさい」
なんだ、普通の人じゃないか…。
衛がそう思った瞬間、武は優衣を抱きしめた。
「優衣~、ただいま~」
「ちょ、ちょっとお父さん!」
優衣は困惑しているが、武はそんなこと気にせずに力いっぱい優衣を抱きしめている。
その光景に英雄、栄美、衛は呆気に取られている。
「もう、お父さん!私もう高校生なんだから離してよ。人に見られてるし恥ずかしいってば…」
「優衣はいつまでたってもお父さんの娘なんだからいいじゃないか」
「それに伯父さん達の前だから離してよ」
「伯父さん…?」
そのときになって、武は初めて亜由美たちから少し離れたところに立っている英雄たちに気づいたようだ。
とはいえ、いきなりのことで状況がつかめていないだろうと思い亜由美が武に説明する。
「ほら、私達が結婚する前に何度か会ったことあるでしょ?私の姉とその旦那さんよ」
「…あ、あ~、あ~あ!」
亜由美の言葉に武は最初はキョトンとしていたが、段々思い出してきたのか声が大きくなり頷きの動作も大きくなった。
「お久しぶりです。その節はご迷惑をおかけしました」
武は栄美達に近づくと頭を下げてきた。
栄美達も頭を下げて応対する。
「久しぶり。私達のほうこそ、あまり力になれなくてごめんなさいね」
「武君、頭を上げて。栄美の言うとおり、僕達がもっと力になれればよかったんだけどね」
「いえ、とんでもないです。…母さん、どうして帰る便を連絡したときに教えてくれなかったんだ?」
武が亜由美に聞くと亜由美は笑顔で一言。
「だってそのほうが面白いかと思って」
「あのねぇ…。ん?君は?」
武の視線に衛が入り、名前を尋ねてきた。
衛が名前を言う前に栄美が紹介してくれた。
「姉さん達の子供の衛君。優衣と同じ高校の3年生なの」
「はじめまして。衛です」
栄美の紹介の後に衛が自己紹介をして手を差し出す。
武も手を差し出して衛の手を取る。
「君がまだ赤ん坊だった頃に会ったことあるけど大きくなったねぇ…。これからも優衣のこと、よろしくね」
「…あ、はい」
一瞬交際のことを言っているのかと思い戸惑ってしまったが、従兄妹として言っていることに気づき返事をした。
その間に微妙な間が空いてしまったが、武は気にせずに衛に話しかける。
「学校の優衣はどうなの?いじめられてない?」
「いや、あの…学年が違うのであまり校内で優衣を見かけることもなくてですね…。でも、たまに見かけると友人と楽しそうにしてますよ」
「そう、よかった…」
衛の言葉に武は安心したようにつぶやく。
それを見て、亜由美が声をかける。
「とりあえずいつまでもここにいるのもあれだから移動しましょ」
「移動?」
「ええ。せっかくだから顔合わせも兼ねて食事に行こうと思って姉さん達にも声を掛けたの。お義兄さん、運転をお願いします」
「うん、任せといて。衛、武君の荷物持って上げなさい」
「へ~い」
「あ、ボストンバックは会社のパソコンとか入ってるから僕が持つよ」
「じゃあ、アタッシュケースを引きますね」
「うん。お言葉に甘えます」
「じゃあ、車まで行こうか」
荷物の分担も決まったところで、英雄を先頭に駐車場を目指す。
衛はアタッシュケースを引くということもあり、邪魔にならないように一番後ろから4人についていく。
少し歩くと、優衣が3人から少しはなれ衛の横に並んで歩き出す。
「第一印象よかったんじゃないですか?」
「どうだろうなぁ…。そういやまだ俺とお前が付き合ってること叔父さん知らないんだろ?」
「多分…。もし知ってたら、衛先輩に対する対応も違うと思いますし」
「だよなぁ。さっきは正直焦ったわ」
「さっき?」
衛がいう『さっき』がどのことを言ってるのか分からなかった優衣は首をかしげる。
「叔父さんに『優衣のことよろしくね』って言われたときだよ。」
「何でですか?」
「一瞬付き合ってることを知って言ってるのかと思った。でも、『従兄妹』としてよろしくって言ってるんだって気づいてなんとかやり過ごしたけど…」
「あ、なるほど…」
「ま、言うタイミングをどうするかだよなぁ…。俺殴られる覚悟してたほうがいいかなぁ」
「お母さんは味方ですから多分大丈夫だと思いますよ。それに…」
「それに、なんだよ?」
「私が好きになった人だから…、きっとお父さんも分かってくれます」
恥ずかしそうに優衣は言うと、前を歩く大人たちのほうに駆け足で追っていった。
残された衛は突然の優衣の告白を受け、驚き半分照れ半分といった表情で頭を少し掻くと足を速めて前を行く4人を追った。




