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宴はお開き(1)

「さて、じゃあ我々は帰ろうか」

 ぎゃあぎゃあと暴れている見習い天使を華麗にスルーして、大天使はにっこりと笑った。

「は!? ちょっと待って、その前に俺を帰してくれよ!」

「おや、勇者。この私が貴方を戻せると思っているのか」

「違うのか?」

 まさかあの少女が嘘を、と目を丸くさせれば、「確かにできるが」と彼は人を食ったようなにやにや笑いを見せる。先程まで妹に向けていた笑顔は、幻だったのだろうか。


「でもまだ魔王“討伐”は終わってないだろう?」

「う……そ、それは、……でも別に、討たなくてよくね?」

 魔王は至ってまともだ。そう主張するが、規則だからなー、と返される。お前が言うな、という目で見習い天使が睨んでいる。


「それならば」

 ずい、と魔王本人が身体を乗り出した。ついでとばかりに、勇者の腕から村娘を攫っていく。恐ろしい程スマートである。

「俺は討たれたことにして、王位を宰相に継承するというのはどうか」

「な、なるほっ、……ど?」

 納得しかけて、これさっきと同じ話だな、と思う。背後から漂ってきた冷気に、『マズった。ここは頷いてはいけないところだったか』と心底後悔した。

 おそらく恐怖心が生んだ脳の錯覚だろうが、白い冷気が足から自分の身体を伝ってきているような気も……


「勇者殿、そのままだと凍死するぞ」

「マジか! これマジなやつか!」


 あっぶね! と叫びながら、身体を動かす。動けば纏わり付かれないようだ。

 その場で足踏みをしながら、えーじゃあどうしよう、と悩む。勇者はもうこの時点で魔王継承は諦めていた。帰れても殺されては意味が無い。しかし魔王は諦めていなかった。


「じゃあ早速継承の儀を執り行おう」


 後ほど話し合いの場を、ということになったはずだが、あえて無視するつもりのようだ。地面にガリガリと何かの印を書き始めた魔王を、魔女が冷たい目で見下ろしている。


 彼女はフン! と鼻息を荒くすると、俯いている宰相をギッと睨み付ける。彼は何かに堪えるように、拳を握り締めていた。

「あんたも……っ」

 直後、宰相の背中に鋭い蹴りが入った。

「自分の口で言え!」

「ぐっ」

 たたらを踏みながらもなんとか転ぶことは回避する。彼は、懐かしい物理的な喝を受け、背中を摩る。顔を上げると、驚愕している敬愛する主人。どういう顔をしていいか分からず、ヘラリと笑う。


「あー、えー、魔王様。あの、僕はですね、魔王様に認めて頂いていることは大変光栄と思っておりますが、しかし物事には準備が、主に僕の心の準備が──」

「長い! もっと簡潔に!」


 ばしんっ、と今度は足蹴りではなく平手で背中を叩かれた。「いっ」と悲鳴を上げながら背筋を伸ばす。


「ぼ、僕は! 僕が生きている間は、貴方様以外を魔王と呼ぶことなんてできません! 無理です!」

 一言言えば、あとは雪崩のように口から飛び出てくる。



 ──我慢、しようと思っていた。



 魔王が魔王になる前から、ずっと彼を見てきた。生まれてきた時から、諦めなければならないことが多かった彼を。

 その筆頭が、家族の愛だと知っていた。それを求める彼の邪魔をしてはいけないと。


 でも……。


「僕はあの時、貴方様の隣に立つと誓いました。僕が大量の書類を処理できるのは……真面目になれるのは、魔界のためじゃない。貴方様にお仕えしているからです」

「その俺が、お前に魔王になれと頼んでいるのだが」


 言葉に詰まる。背中に手が添えられた。その手から伝わってくるのは、「大丈夫だよ」という甘い言葉ではなく、「何を引っ込もうとしてる」というドスの効いた言葉だけれど。

 は、と息を吐いた。彼女らしい。

 くしゃりと顔を歪める。


「──でも、嫌です」


 しばしの沈黙の後、クッと笑う声が響いた。

「お前が我を通すのが、ここ(・・)か」

 困っているような、喜んでいるような、そんな声色。彼は、ふー、と長く息を吐くと、未だ足踏みを続ける勇者に向き直る。


「すまん、魔王退任は無しだ」

「ああうん、最初から諦めてたからいいよ……」

 それより話が纏まったなら、この冷たいの止めてくれねぇ? と床を指差す。忘れてたわ、と魔女がいい、勇者はようやく足踏み地獄から解放された。


「ああいうわけだから、俺は負けるわけにもいかん」

「俺も流石に見知った相手と殺し合いは嫌だよ」

 しかし、あっちを立てればこっちが立たず。じゃあ帰らなくていいです、とも到底思えず。



「あのう」



 鈴のような、綺麗な声がした。

 見れば、困った顔をした堕天使が、小さく手を挙げている。

「わたしは元天使なので、勇者様を元の世界へ送還できます。無断送還は罪ですが、既に堕天使ですし」

 勇者の脳がその言葉に反応するよりも早く、複数の人間が異を唱えた。


「だ、だだだだめですよ、歌姫様! 罪はひとつよりふたつの方が重いんですからあ!」

「ンな阿呆なこと考えてンなら、そこのガキを先に斬るぞ?」

「ちょ、剣士殿!? 俺ら仲間じゃん! 仲良しこよしじゃなかったけどさ、もう少し情は無いのかよ!」

「ハッ」

「鼻で笑った!?」


 仲間の命よりも、愛おしい人を迷うことなく取った。──そもそも、仲間としての情など最初(はな)から生まれていなかったか。

 それでもさすがに命を天秤に掛けた時に容赦なく切り捨てられると、沈む。なにしろ、そんなこととは無関係の日本で育ったのだ。ショックは大きい。


 がくりと項垂れる勇者を一瞥すると、大天使が堕天使の手を取った。片方は未だに剣士が掴んでいるので、掴まれていない左手だけ。

 (ただ)れたりはしない。ただ、微かに煙が出ている。大天使の力を持ってしても、堕天使の“毒”は完全には浄化できない。なにしろ元がただの天使ではなく、歌姫になる程の実力だ。

 それには頓着せず、大天使は真摯に妹を見つめた。


「妹よ、お前が罪を犯すくらいなら、私がその罪を背負いたい。私はお前を救ってやれなかった。だからせめて──犯罪の隠蔽くらいはさせておくれ」


 良い話が一気に崩れた。条件反射的にか、それとも自分の被害が一番大きいと直感的に悟ったのか、見習い天使が悲鳴を上げた。


「ちょおおおおお、い、隠蔽!? 何する気ですかあ!」

「大丈夫だ、安心しろ。そこの勇者を殺すか帰すかした上で、上層部を脅して黙らせる程度だ」

「ど……どこが大丈夫かああああ! それ僕が誓約書やら偽造書類やら用意するんでしょ!?」

「待ってそういう問題じゃない! 俺が死ぬルートがある! それ全然大丈夫じゃない!」


 というか、先程規則が大事と言った口が、今度は何を言っているのか。


 一人は偽造によって発生する膨大な仕事に悲鳴を上げ、もう一人は自分の命があまりに軽く扱われることに悲鳴を上げた。

 ぎゃあすぎゃあすと騒ぐ二人に、「うるせェよ」と剣士が文句を言った。




勇者殿、異世界強制召喚・強制任務の末の、この扱い!

世の中って理不尽……。

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