エピローグ~ずっと見守っていた者~
理不尽に虐げられ苦しんだライザ嬢と圧倒的に不利な条件で戦わされたマリウスが苦難を乗り越えて結ばれた。
闘技場の舞台上で互いを支え合う二人を大勢の観客が拍手を贈り祝福している。
そんな中でイノラス王一人だけが撫然としているのは笑える光景だ。そのように感じる僕はやはりマリウスやライザ嬢と違い意地が悪いのだろうか。
だが、ライザ嬢は過ちを苦難で以て贖い、マリウスが彼女に代わって命を賭した決闘で罪を祓った。ミカエルは死を以て己の罪を償い、リーンには過酷な未来が待っている。
今回の関係者で唯一イノラス王だけが何も代償を払っていない。
彼はミカエルを教導せず、寧ろその悪虐を黙認し増長させてきたのだ。求心力を失った王座で苦労するぐらいの試練は乗り越えてもらわねば他の者達と比べてあまりに割が合わない。
さて、無事にマリウスとライザは結ばれて大団円と相成った。
これでおおよそ全ては解決したと考えて差し支えはないだろう。
「もう僕の役目も終わりかな」
これ以上の助けはマリウスとライザ嬢に必要ないだろう。
闘技場の中へ多数送り込んだ僕の耳目となっている間諜に帰還するよう指示を念じた。
バサバサ……
チチチチチッ……
まずは翼を持つ者達が――
キキキッ……
ニャァアー……
キュッキュッ……
続いて様々な大きさの尻尾と毛皮に覆われた者達が闘技場の中から僕の下に集まって来た。
鳥、鼠、猫、リスなど――ゆうに100は越える小さき者達が僕を取り囲む。これらは全て僕が魔術で使役しているのだ。
僕は彼らの目を通して闘技場の内部の出来事を見て、彼らの耳を使って闘技場の音を拾っていた。
そのお陰で外にいながらにして闘技場で何が起きているかを知る事ができたのだ。
使役された動物達は大人しく従順で、足元で僕を見上げながら次の指示を待っている。一匹一匹は可愛いのだけど、さすがにこれだけ多数いると小動物であっても少し怖い。
「とは言え使役したままってわけにもいかないからね」
十分に働いてくれた彼らを使役状態から解放してあげなければならない。
一匹ずつ報酬を与えながら使役を解いていく。術を解除すると動物達は一度じっと僕を見上げてからささっと走り去って行った。
「この数を一匹ずつ術を解くのはなかなか大変だね」
無報酬で一遍に解除する事もできなくはないが、僕の為に働いてくれた彼らに僅かながら報いたいと思うのはエゴだろうか?
「まあ、これが僕に課せられた試練なのかもしれないね」
考えてみればイノラス王だけではなく、僕もまた何の代償も払っていなかった。
「マリウス達に比べればささやかな苦難ではあるけれど」
「これだけの数を使役できるとはさすが大魔術師アーロンだ」
どうやら時間を掛け過ぎたようだ。
「主役がこんな所にいていいのかい?」
振り向けばマリウスとライザ嬢が並んで立っていた。
「凄い……優秀な魔術師でも使役は同時に数体が限度ですのに、これだけの数を使役なさっているのですか?」
「ははは、まあ取り柄の一つですよ」
「さすが大魔術師と名高いアーロン様」
ライザ嬢が目を丸くして驚くのも無理はない。この使役術は誰にも真似できない僕の能力の一つだから。
「マリウス様はアーロン様と知己なのですか?」
「俺とこいつは幼い頃からの腐れ縁なのです」
「まあ、悪友と言うヤツですよ」
体躯に優れたマリウスと魔術に秀でた僕は性格も大きく違うが、何故か馬が合って子供時代から何をするにも一緒だった。
先の戦争も同じ戦線で肩を並べて戦ったものである。
「いつから王都に戻っていたんだ?」
「実はライザ嬢が婚約破棄された現場にもいたんだ」
「やはり、お前だったんだな」
「はて、何のことだい?」
僕がすっとぼければマリウスは苦笑した。
「最初におかしいと思ったのはダールから開始直後に魔術を食らった時だ……」
「ふーん、彼の業火を耐えた時かい?」
「いかな俺でもあれをまともに受けては無事では済まない」
「もともと数十人を焼き殺す規模の魔術だからね」
道を踏み外していてもダールが優秀な魔術師である事実は変わらない。
「それなのに火傷は負ったが軽いものだった」
「マリウス様、あの火傷は決して軽傷ではございません」
深傷を負ったマリウスに自分を労るよう心配するライザ嬢はやはり本来とても優しい女性なのだろう。
ただ、図体の大きなマリウスがひたすら頭を下げて謝る姿を見ていると、既にライザ嬢の尻に敷かれているのだなと少しおかしくなる。
「あの炎に包まれ俺は死を覚悟したが、不思議な力に守られて焼け死ぬには至らなかった」
「ふふふ、神が君を守ってくれたのかもしれないね」
「それだけではない。思い返してみればザックの時も変であった。いくらなんでも身体強化魔術の持続時間が長過ぎたように思える」
「きっと、神が君に力を貸したのさ」
あくまでしらを切る僕に対してマリウスは大きなため息を吐いた。
「俺個人の面倒事にお前を巻き込んでしまい申し訳ないと思っている」
「それが本当なら私のせいでアーロン様には危険な橋を渡らせてしまったのでは?」
神前決闘は神に捧げる戦い。信仰の篤いエンシア王国において外部から不正を働く者には神罰が下ると信じられている。
この国の神に信仰心を持っていない僕には関係がない。
「全てはきっと神の御心のまま……だと思いますよ」
まあ、それを馬鹿正直に告白するつもりは当然ないが。
「アーロン、王太子を直撃したあの雷はお前の仕業だったんだろ?」
「見てごらんよ」
僕が指を向けた天を見上げれば、闘技場から外れた上空にどんよりと昏く厚い雲に覆われていた。
「あの雲から発生した雷は偶然にも王太子の上に落ちてしまったのさ」
「……俺は戦場でお前が雷雲を操って敵陣に電撃を落としているのを知っているんだがな」
しつこい男だ。
マリウスはきっと僕のお陰で勝てた、だから勝利の功績は自分には無いと考えているのだろう。真面目で一本気なのはマリウスの美徳だが、相変わらずどうにも融通が利かない男だ。
「いいや、自然現象さ。それが偶然にも王太子の上に落ちた。そこに神意を感じないかい?」
「あれが天罰だったと言いたいのか?」
「なあ、マリウス」
僕はくすっと笑うと親友に嘯いた――
「僕がこんな力を持っているのも、僕が君の友人になったのも、君が彼女の為に決闘を挑んだのも、王子の頭上に雷が落ちたのも、そして、君達が結ばれて幸せになるのも……みんなみんな神がお導きになった必然だったんだ」
――だから全ては神の思し召しさ、と……




