12.真心を込めて(マルク)
「だから! 私があのとき気付いていたら、何かが変わっていたかもしれないんですよぉ!」
ナタリーが泣くと困る。いつもの明るい笑顔の方が似合うのに。
「無理だろ。真相を聞いた今だからなんとなく気付いただけだ。そもそも、止めるべきだったのは夫である伯爵だし、銀髪の前伯爵夫人がいる家に嫁がせた公爵様がそもそもおかしいんだ。違うか?」
ナタリーがなんとなく暗いからと、話を聞き出すためにお酒を飲ませたのは失敗だったか。いや、彼女も吐き出した方がいい。ずっと、何年も別館でブランシュ様を守ってきたんだ。たぶん、無自覚だろうが鬱憤が溜まっていたのだろう。
「ううっ、マルクの優しさが泣けちゃいますぅ!」
「よく頑張ったな。お嬢様がいい子なのは、エマさんだけじゃなく、ナタリーが居てくれたおかげだ。お疲れ様」
「ひ~~んっ! それ、涙が止まらなくなるやつ!」
どうしよう。女性の慰め方が分からん。とりあえず、勝手に触れるのは駄目だろうから、ひたすら話を聞けばいいのか?
「違うんですよぅ、お嬢様は昔から本当に可愛くて可愛くて賢くて綺麗で可愛くて」
「そうか」
とりあえず、ひたすら可愛いんだな?
「ワガママなんか全然言ってくれなくて」
「……そうか」
「エマさんのことだって、聞いてきたのは本当に少しだけなんです。まだたったの3歳だったのに!」
「ああ」
それはどっちも辛かったな。
「質問なんて些細なものばかりで……。どんぐりはポトンと落ちるのに葉っぱはヒラヒラ落ちるのはどうして? とか」
「うん?」
「水の中に手を入れると小さく見えるのはどうして? とか、可愛らしい質問ばかり」
「……それは可愛い質問か?ずいぶんと難しい質問だと思うが。それにはなんて答えたんだ?」
「えっと? 葉っぱさんは踊るのが大好きで、風とダンスをしているんですよ~とか?」
「それで?」
「なるほどって納得されてたと……あ、ナタリーは文学的ねと褒められました!」
……怖い三歳児だな。いや、さすがにもう少し大きくなってからか? だが、ナタリーの考えも何となく合ってる……いや、だめか。
でもきっと、お嬢様にはそんなナタリーの言葉の方が必要だったのだろう。本では知ることのできない、想像力に溢れた、楽しくて優しいぬくもりのある世界だから。
「ナタリーは面白いな」
「そうですか? 普通ですよ?」
「普通でいられるのは案外むずかしい」
「マルクでも?」
「やはり女性と比べると優しさが足りないだろうし、自分のように剣を振るえる人間というやつは、大切なものを守るためならいつかは誰かを殺せるということだ。実際、殺したことはまだないが、傷つけたことはあるし」
人を殺せるかどうかというのは、大事な線引きだと思う。この仕事を選んだことに後悔は無いが、それとこれは別だろう。
「マルクは馬鹿ですねぇ。か弱い令嬢の言葉だけでも人を殺せますよ? 大切なのは、傷つけてやろうという悪意があるかどうかじゃないんですか?」
ああ、ブランシュ様がナタリーを慕うのはこういうところなのだろうな。
「じゃあ、ナタリーはやっぱり悪くない。そうだろう?」
「……うん、ありがと。マルクもこうして私の愚痴を聞いてくれているから、優しい男に認定してあげますよ!」
ナタリーはやっぱり満面の笑顔が一番似合っている。
「じゃあ、乾杯でもするか」
「いいですね! 厳しいことをはっきり言えちゃうマルクと真心のナタリーでこれからもずっとずっとず~~~っと! 大好きなブランシュ様を支えるぞぉ! そんな、みんなの明るい未来に!」
「「乾杯!」」
それからは、なるべく水を勧めながら杯を重ねた。
だが、さっき自分で言った言葉にいまさら引っかかった。
ブランシュ様に出会ってからというもの、色々なことがあり過ぎて、おかしいと思うことが多過ぎて見逃していた事実。
公爵は娘であるオレリー様をどう考えても大切にしていないことだ。
そこには悪意があるといってもいいように思える。
ブランシュ様はきっと何かに気付いたのだろう。だから、手紙を書き直した。
「──調べてみるか」
ブランシュ様は仲間が増えた。でも、まだ頼るのが下手くそだから。
「頼られるのを待つばかりでは情けないからな」
自分は護衛騎士だ。ブランシュ様を守る存在であって、守られる存在ではない。それを分かっていただくためには、守る必要がないのだと行動で示すべきなのだろう。




