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悪女のレシピ〜略奪愛を添えて〜  作者: ましろ
第三章

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11.真心を込めて(ナタリー)


「そろそろジョイのお散歩に行かなきゃ」

「では、帽子と手袋を準備します。あと、靴も履き替えましょうか」

「うん、お願い」


 ジョイのお散歩と言っても抱っこ散歩です。まだ、新しい環境に慣れていないので、お嬢様が抱っこして散策中。なのですが。


「……ジョイ、重いわ」


 生後2ヶ月半のジョイの体重は4kg。体力のないブランシュ様ではすぐにバテてしまうのが難点です。


「交代しましょうか」

「……もう少し、あそこのベンチまでは頑張る」


 ブランシュ様? これではすっかりお犬様ですよ。飼い主に労働させるのは正解なのでしょうか?


「ジョイ。あなた、本当はもうこの家に慣れているでしょう」


 そう文句を言いながらも、愛おしそうに撫でてあげていたらなんの説得力もないんですけど。でも、最近は暗い表情が多かったから、幸せそうにされると言いづらいんですぅ!


「お嬢様は少々甘やかしすぎですね」

「うっ」


 うわ、マルクが言ってのけた。

 ジョイはマルクの言うことにはピシッと反応するのだ。


「ジョイをワガママなお犬様にするか、賢い忠犬にするかはお嬢様次第ですよ」


 こんな台詞を真顔で言えてしまうマルクのことを、本当はちょっと尊敬している。私はどうしても甘くなっちゃうから。



 私がお嬢様と出会って、もう6年にもなるのね。

 まだたったの3歳だったブランシュ様は本当に可愛らしくて。そして、本当に可哀想だった。


 私が働き始めたのは15歳の誕生日を迎えた頃。


「ナタリー。家のために嫁ぐのと、自分のために働きに出るのとどっちを選ぶ?」


 こんな二択を用意してくれる父親は珍しいと思う。普通なら家のために嫁がせるものだと思うんだけど。


「選んでいいなら働きます!」


 お父さんは私のことをよく分かってくれていました。

 私が好きでもない人との結婚を望んでいないこと。そして、料理やお裁縫よりも仕事がしてみたかったこと。


 本当は商会の仕事を手伝いたかったけれど、それはいずれ跡を継ぐ兄さんの役目で、そのサポートは義姉さんが。いつかは弟もそこに加わるはずで、そうすると残念ながら私の居場所はない。それならば外に働きに出るしかなかったのです。


「いいか。しっかりと真心を持ってお仕えするんだよ。それがいずれはお前のためになるんだからな」


 これは父様の口癖だった。


『お客様には真心をもって接しなさい』


 これは、流れ作業の部品になるなという意味だと教えてもらったけれど、その頃は意味が分かりませんでした。


 最初の一年は父さんの知り合いのお屋敷で働かせてもらいました。

 しばらくすると、部品になるなという意味がなんとなく分かってきたの。

 使用人は基本的に主人の前に姿を見せず、無駄口を叩かない。ただ、静かに与えられた仕事を熟す裏方作業。

 だからたぶん、誰かひとり入れ替わっても気にしない、気にならない、そんな存在。確かに、流れ作業の部品のひとつみたい。


「ナタリーはせっかく良いところのお嬢さんなんだから、お嫁に行けばよかったのに」

「良いところといっても平民の中流階級よ?」


 メイド仲間のリタは同じ平民学校に通っていた友達です。


「でもさぁ、こうやって働いてると、自分はただのメイドその1、その2って気分にならない?」

「う~ん、確かに」

「貴族のお屋敷に勤められたら、素敵な人と巡り合えるかも! って、期待したけど、メイドその2と恋に落ちる王子様なんていないんだって思い知った~!」


 それはそうだと思う。素敵な王子様には綺麗なお姫様が。紳士には淑女が相手だって決まってるもん。

 でも、私はべつに素敵な男性探しに来たわけでもないし。


「でも、ちゃんと真心を込めて働いたら、メイドその1からメイドのナタリーになれると思わない?」


 父様が言っていたのはこういうことかなって自分なりに考えた答えがこれでした。

 世の中にはたくさんの人がいて、さらにみんなが同じ制服を着てしまったら本当にその1、その2、その3という感じだもん。

 そんな中から『ナタリー』を認識してもらおうと思ったら、それは死ぬほど優秀になるか、とっても落ちこぼれで目立つしかなくて。

 まず、落ちこぼれはクビまっしぐらだから却下でしょ? でも、優秀さで目立てるほどの才覚がない場合は?

 それがきっと真心を込めて仕えることなのだろうと思いました。だって、これならば心がけひとつでできるし、どうせお仕えするなら、私を(ナタリー)として見てくれる人のほうが嬉しい。そうしたら私はもっともっと真心を込めてお仕事をしたくなるだろう。


「ホント、お父さんの言うとおりだわ」


 そうして、自分なりに真心を持って働いていたある日、奥様から呼び出されたのです。


「私が伯爵家へですか?」

「そうなの。そちらにはまだ幼いお嬢さんがいらっしゃるから、できれば年が近くて明るくて優しい女性を探しているそうなの。ナタリーさんならピッタリかと思って。どうかしら、お給金も上がるわよ?」


 明るくて優しいという評価が嬉しくて、にやけてしまいそうになるのをグッと我慢する。


「私でよければ喜んで行かせていただきます」


 それが一生大切にしたい方との出会いになるとはまったく思わずに決めていました。




「はじめまちて、ぶらんちゅでしゅ」


 可愛い! え、天使ですか⁈ どうしよう‼ ……あれ? 年が近い子を希望って……うん、いいわ。こんなに可愛い天使様のお世話ができるなんて最高だもの!


 3歳のブランシュ様は本当に可愛らしかった。サラサラの銀髪に、パッチリ二重の空色の瞳が本当に綺麗で。


「ナタリーと申します。今日から身の回りのお世話をさせていただきます。よろしくお願いいたします!」


 私の勤務先はノディエ伯爵家の()()。さすがは伯爵家といいましょうか。雇用契約書がとっても細かくて驚いたけれど。

 ……ううん。一番驚いたのは、こんなに幼い子どもが親と離れて暮らしていること。

 そんな同情もあってここで働く決心をしてしまったのは、本当は失礼なことだったかもしれない。でも、どうしても見過ごせなかったの。


 別館での暮らしは思っていたより、とても落ち着いていました。そして、ブランシュ様が泣いたのもエマさんが本館に移動になった時だけ。

 そう。あれ以来、お嬢様は心を開いてはくださらない。私たち別館の使用人とは仲良くしてくださるけれど、どうしても壁があるの。たぶん、また失うことが怖いから大切なものを作らないようにしているみたいで。


 メイドの私にできることは真心をもってお仕えすることだけ。それ以上何もできないことが悔しい。でも、お嬢様のそばに居続けるためには危険なことはできませんでした。 


 それでも、一度だけ奥様とお話したことがあります。


「奥様はどうしてお嬢様を別館に住まわせ続けるのですか?」


 今考えると勇気があったな私、と呆れてしまうけど、あの時は本当に腹が立っていたんです。


「……どうして。……そうね、どうしてなのかしら」

「奥様?」

「分からないと言ったらあなたは怒る? それとも笑う? ……ああ、呆れるのかもしれないわね」


 その時の奥様は、いつもと何かが違っていた。夕日の差し込む廊下で、奥様の表情があまり見えなくて。


「ただ、こわいの」


 ぽつりとつぶやかれた言葉がなぜかとっても恐ろしかった。

 そう、あのとき奥様の異常さに気がついていれば。




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