9.小悪魔たちの悪巧み
「知っているかい? 妹とは存外、理不尽なモノなんだ」
帰りの馬車の中、リシャール兄様がとってもいい笑顔で語り始めました。
「まず、可愛らしい年下の少女というだけで叱りづらいだろう?」
いえ、あなたはベルティーユのことをしっかりと叱っていたじゃない。
「それに、泣かれてしまうと心が痛んでそれ以上、何も言えなくなる」
いえいえ、何度でも言うけどベルティーユは泣いても許されなかったあげく、その後にコンスタンス夫人にまで叱られたのを知っているわ。
「気持ちが分かるから、話してくれるまでは待つしかない、もどかしい兄の気持ちなんかきっと分からないのだろうなぁ」
ねえ。どうして窓の外を見て黄昏れちゃうの。これは怒っているのではなく、拗ねているのね?
「……ちゃんと伝わってるよ?」
ただ、リシャール兄様は少し伝えただけで全部分かってしまうから、このグチャグチャした気持ちを話すことが躊躇われてしまっただけ。
「……すまない。こんな気持ちは初めてなんだ」
「え?」
「ブランシュはまだ出会って間もない子のはずなのに、何故かすごく近しい存在に感じてしまって。
だから、エルフェ先生は仕方がないけど、ジュール様にまで負けたのが悔しかったんだ」
「リシャール兄様……」
「子どもなことが悔しいなんて、君のせいで初めて思ったよ」
どうしよう。こんなことを言ったら叱られるかもしれないけど、ちょっと嬉しいかも。
だってリシャール兄様は子ども達の中では一番しっかりしていて、いつも落ち着いている人なのに、今はこうして私が頼らなかったことを悔しいと言っているなんて。
「ふふっ、同じね。私も、力がない子どもの自分がすごく悔しかったの。でも、リシャール兄様に言ったら、この大人達への悔しさも恐怖も全部伝わってしまいそうで嫌だった。
兄様なら、私のほんの少しの言葉でも全部理解してくれるでしょう?」
私達はきっと半端なの。子どもらしくなんてできなくて、でも、姿も立場もただの子どもでしかなく。誰かの支配下には収まりたくないのに、そこから逃げる力がない。
「そんなふうに言われたら、もう怒れないじゃないか」
「……やっぱり怒ってた?」
「というより、もどかしかった」
それでも私が話すのをずっと待っていてくれたのね。
「あのね、聞いてくれる?」
「うん」
「……お母様達が行方不明なの」
「誰に聞いた?」
「シルヴァン兄様よ。でも、ジュール様もすでに知っていたわ」
「……だからジュール様に守られて心穏やかに暮らせって? ありえない」
やっぱりそう思うわよね? 得られなかった家族の情をジュール様から補えだなんて、頭がおかしいって思ってもいいはず。
「それで?」
「駄々をこねようかと思って」
だってここまで理不尽なこと続きなのよ? どうして⁉ と騒ぎ立てても許されると思う。
ジュール様は後悔のないように生きろと言ったわ。だったら、まずはこの怒りを叩きつけて差し上げましょう。
「だって傷ついたの。私が両親を死に追いやったのかと思ったらすごく怖かった」
「それはお祖父様だ。でも……そうだね。そろそろ僕も駄々をこねようかな」
「僕?」
「ブランシュの前ならいいだろう?」
なるほど、そっちが素なのね。
「もしかして、ジュール様とは似ているから嫌なの?」
「似てない。僕はあんな陽属性じゃないよ」
確かに。でも、影の支配者的な雰囲気は似ていると思うの。
「……お二人とも、そろそろ私も喋っていいかな?」
「おや、エルフェ先生はいつになったら話に参加するのだろうと思っていましたよ」
「リシャールくんが、今から兄妹喧嘩をするから黙って見守っていてほしいと言ったんだよね」
「ああ、悪女に誑かされて喧嘩にならなかったので忘れていました」
ちょっと、どうして私のせいなのですか。
「それで? 私の前で悪巧みをするということは、一枚噛めということなのかな。この小悪魔達は」
「まあ、酷いわ。私はただ、お願いしたいことがあるだけなのに」
「お願い?」
「はい。実は、私のお部屋が少々荒れておりますの」
「うん?」
「最近、気鬱が続いていたでしょう? 私なりに何とか発散しようと努力はしたのですが」
「……まさか」
ここまで言えばシルヴァン兄様なら分かるはず。お部屋の中に禍々しいものが溜まってきていることに。
「次からはもっと早くに相談すること!」
「ごめんなさい」
でもだって悩みの一つは兄様だったの。お母様達を死に追いやったかもしれないという恐怖を、戦場に行っていた兄様に伝えたくなかった。兄様だって絶対に当時は傷付いたはずだもの。
「エルフェ先生が言っていたじゃないか。言葉にできなくても、ただ辛い、悲しい。そんな気持ちを伝えるだけでよかったんだ。
もちろん、すべてを言う必要はないし、でも、すべてを隠す必要もない。ただ、辛いから慰めてほしいとか、怖いからそばにいてほしいとか。それだけでいいんだよ」
どうしよう。私では勝てない人がどんどん増えていく。
シルヴァン兄様だけでなく、リシャール兄様にも勝てないことが判明した。あとは、ジュールおじ様とお祖母様もかな。もちろん、ナタリーとマルクも。
でもね、お祖父様には負けてあげない。
「分かった、君の部屋掃除は手伝うよ。それに私も思うところがあるし」
「じゃあ、僕は父上と内緒話しようかな」
大丈夫かな。レイモン様の胃に穴が開かないといいけど。




