8.コルトー伯爵家(裏)
「さて、魔法使いくん。僕と少しお話をしようか」
突如表舞台に現れた魔法塔の秘蔵っ子。
彼は英雄の影武者であり、王家の犬だと思っていたのだが。
「怖いですね、ジュール殿」
「なぜブランシュに近付いたのかな、この物騒なわんちゃんは」
だが、彼がブランシュを見つめる瞳には優しさしかないから判断に困る。
「最初はただ興味があっただけです。ノディエ家は王太子殿下がずっと遠くから見守っていた家でしたから」
「……守っていてあれなのか」
「それはお互い様でしょう。あの家は行ってみて初めて分かりましたが、外からの干渉を一切阻害する魔法が掛けられていました。かなり複雑な魔法ですから内部で何が起きているのか把握することは無理ですよ。
どうせ王家とダンドリュー公爵家の約束ごとの一つでしょう。使用人も絶対にオレリー様に害を及ぼさない者達に替えられ、雇用契約には秘匿義務の魔法契約をさせるほどに徹底している。まあ、これは公爵が訪れたことによって解除されたようですが。
絶対に王家の、というか他からの手の者が入らず、オレリー様が心穏やかに過ごせるように配慮した結果が、まさかブランシュへの虐待を長引かせたとはデボラ様だって思いもしなかったはずだ。
あ、このあたりはまだブランシュに伝えきれていないので、まだ話さないでくださいね」
「では、本当に何も知らずに近づいたと?」
「魔法塔に依頼があり、私はそのとき暇だったから受けた。ただそれだけです」
……そんな偶然が本当に?
「では、なぜブランシュを公爵家へ? 管理人が決まるのを待ってもよかっただろう」
「今でこそ姉妹仲良くやっていますが、当時はなかなかに険悪でしたから。ミュリエル贔屓の使用人ばかりがいる中にはあの子を置きたくなかったですし、何よりもブランシュは外の世界に興味を持ちました。ようやく自由になったのです。彼女の好きにさせてあげたかった」
そう語る言葉に嘘は見えない。そこにいるのは正しく教育者であり、彼女の成長を見守る兄だ。
「君は王家の犬だと思っていたよ」
「魔法塔を通した正規の依頼しか受けていません」
「では戦争は?」
彼が後方支援というのは嘘だろう。噂が本当ならば、彼はグラティアだ。そんな彼を利用しないはずがない。
「ご存知でしょう。能力があるなら人のために、国のために使えというやつですよ。
それにすでに王女殿下が生まれていました。婚約者という名の首輪を嵌められ、いいようにこき使われたあげく種馬にされるのは我慢ならなかった。
まあ、戦場に行って後悔しましたけどね。私は人の死というものを正しく理解していなかった。だから、今のブランシュの気持ちはよく分かるんです」
大人だといっても、彼もまだ23歳。戦争に出たのはまだたったの12か13のころか。本当に酷い話だよな。だが、
「……やっぱり嘘じゃないか。いいのかい? 優しい嘘をつかないお兄さん?」
「だって言いたくないですよ。自分が大量殺人ができちゃう人間兵器だなんて。私はただの優しい先生でいたい。……もう少しのあいだだけ見逃してくれませんか、嘘吐きのジュール様」
「こら、誰が嘘吐きだって?」
「あなたの最愛はマリーズさんじゃないですよね」
可愛くない小僧だな!?
「……なぜそう思った」
「デボラ様を語るときはもう少し気をつけたほうがいい。過去を語る顔ではないですよ」
そんなものは仕方がないじゃないか。もう、40年以上ずっと大切に思っているんだ。
「……君も40年後には分かるよ。きっとどういう形であってもブランシュを大切にし続けるんだろう?」
もう認めるよ。こいつはブランシュの敵ではない。
「はい。私はあの子がどんなに素敵な悪女に成長するのか楽しみなのです」
「は? なんで悪女なんだ。あんなにいい子なのに」
「本当にね。でも、本人は真剣にそう思っているんですよ。ミュリエルの命を救ったのは、誰か外の人に自分の存在を気づいてもらうために行った悪事のつもりなんです。
自分の幸せな未来を略奪しようと頑張る、健気でいじらしい悪女。そんな子がいたら全力で応援したくなるでしょう?」
なんだ、もうメロメロじゃないか。グラティアを落とすだなんて大した悪女様だ。
「……マリーズは私の部下だよ。彼女は夫を早くに亡くしていてね、生涯彼以外は愛せないと言うから一緒になった。私もデボラ様以外を愛せそうになかったのでね。
お互いに何十年経っても愛が重くて消えない、困った者同士なんだ」
「おや、そんなに素直に告白していいのですか?」
「ブランシュのためにすべてをさらけ出してきたのは君の方だろう? それなら私だって同じことをするよ」
ブランシュが私を信じたいと言った。だから自分がその邪魔にならないよう、疑いを消すためだけにすべてを答えたのだろう。
こいつはタダのブランシュ馬鹿だ。
「これからよろしくな、魔法使いくん」
「こちらこそ。管理人殿」




