3.コルトー伯爵家(2)
ジュール・コルトー様の第一印象は穏やかの一言でした。
私達をとても懐かしそうに見つめ、
「よく来てくれた。馬車での移動は大変じゃなかったかい?」
と、掛けてくれた言葉はありきたりだけれど、その声音には会えた喜びと私達への気遣いが溢れているように感じました。
でも、どうしてここまで歓迎してくれるのかしら。
逆に警戒してしまう私はやはり可愛げが足りないのかもしれません。
「はじめまして、ブランシュ・ノディエです」
「ミュリエル・ノディエです!本日はおまねきくださりありがとうございます!」
ミュリエルはジュール様が優しそうで安心したらしい。満面の笑みでご挨拶している。
「丁寧にありがとう。私がジュール、こちらが妻のマリーズだ。そうだな、ジュール爺さんとマリーズ婆さんとでも呼んでおくれ」
「まあ、あなたはよくても私は婆さん呼ばわりは嫌ですよ。私はマリーズさんがいいわね」
なんともほのぼのとした挨拶に毒気を抜かれてしまいます。
「おい、ジュール。お前がデレデレし過ぎなせいで、お嬢さんが困っているぞ。それに公爵家の皆様もいらっしゃるんだ、シャキッとしないか」
見かねたコルトー伯爵があいだに入ってくれました。
……ごめんなさい、そんなに分かりやすいくらい不審者を見るような顔をしていましたか?
「コルトー伯爵、ブランシュ・ノディエです。本日はこのような場を設けてくださり感謝申し上げます」
「いや、弟が情けない姿を晒して申し訳ないな。我が家は畏まるほどの家ではありません。どうぞのんびりとお寛ぎください」
公爵家の皆様と言っても子ども達しか来ていません。本来ならばレイモン様かコンスタンス夫人が付き添うのが当然ですが、コルトー伯爵から、保護者のいない自然な姿が見たいと手紙に書かれていたのです。
同じことをやったことのあるコンスタンス夫人は断ることもできず、シルヴァン兄様が同行することと護衛騎士を増員することでお許しがでました。
屋敷の中に通されると、そこには美しい麦畑の絵が飾られていました。
「とても綺麗ですね。こちらは伯爵領を描いたのですか?」
「ええ!麦の収穫の頃には、麦畑がまるで黄金の海原のようなんですよ。実物は絵よりも何十倍も壮大で美しいのです」
「すごいですね、見てみたいなぁ」
「どうぞ、またその頃にも遊びに来てくださいね」
麦畑の絵は素朴で温かみがあって。まるで伯爵様達のようです。
皆さんがとても気さくでお優しいため、あっという間に緊張が解れ、皆が和気藹々と話しながらの昼食となりました。
もう何というか、本当に誠実そうな方々で、何の裏もなく人柄で選ばれたのでは?と思えるほどね。
昼食をごちそうになり、その後はみんなでカードゲームをしたり、大人まで参加の宝探しをしたりと、私達を楽しませようといろいろなことが準備されていて──
「ブランシュ、どうぞ」
休憩しようとベンチに腰掛けると、リシャール兄様が果実水を持ってきてくれました。
「とても良い方達だね」
「……そうね、本当に優しくて温かくて」
「そのわりに浮かない顔だ」
「うん。だってあまりにも出来過ぎで、逆に目が覚めてしまったわ」
だってここは、まるで夢の国に紛れたみたいに理想的な家庭だわ。
物語に出てくるような、キラキラとした、寂しかった子どもが憧れるであろう愛情にあふれた世界。
「伯爵を選んだのはきっとお祖父様ね」
「だろうね。君たちを取り込むことができなかったから、それならノディエ家で優しい夢に包んでしまいたいんじゃない?」
「……リシャール兄様、怒ってるの?」
「うん。だってそんなのブランシュ達を馬鹿にしているだろう」
私が自分自身で答えを出せるまで見守ってくれているナタリーやシルヴァン兄様。私のために怒ってくれているリシャール兄様。それに───
「ブランシュ見ーつけた!」
「ずるい!ミリのほうが早かったもん!」
「あら、私が一番に気付いたのよ?」
気付けば子ども達が集まってしまいました。
「みんなでこっちに来てしまったらジュール様達が困ってしまうわよ」
おもてなしが手厚過ぎて、誰かが欠けるとすぐに心配してくださるのだもの。
「姉様、今日はたのしい?元気出た?」
「え?」
「あ、ミュリエル!そっとしとこうって言っただろ?」
「……ロラン兄様が言っちゃってるじゃない」
やだ。もしかして、ずっと気を遣わせていたの?
「だって姉様、ずっと元気がなかったもん…。先生もしょんぼりしてたよ?」
「あ~~、うん。まあ、ミュリエルが心配してたんだ。その…、もう大丈夫か?」
「ロラン兄様が格好つけてるわ」
「ずるい!ミリだけじゃないのに!ロラン兄様だって、どうしようベルティーユって言ってたじゃない!」
三人が集まるとどうしてこうも賑やかで……こんなにも心が温かくなるのかしら。
リシャール兄様も三人が心配していたことに気が付いていたのね?だって優しいお兄さんのお顔になっているわ。
「……ありがとう、元気出た」
「ほんと?」
「ブランシュは全然愚痴とか悩みを言わないからな。もっと何でも言っていいんだぞ?そりゃあ、兄上やブランシュみたいに頭は良くないけど、話を聞くくらいできるから」
「…うん。これからはもっとみんなに相談するわ」
言えないことは多いけど、それでも、一人で思い悩むのはもう止めなきゃ。
「おや、姿が見えないと思ったらみんなで休憩かな?」
ジュール様が探しに来てくれたみたい。額に汗を浮かべて、それでも嫌な顔ひとつ見せずに微笑んでいる。
どれだけ疑ってみても彼の誠実さは本物にしか見えない。それに、自分を守るためだけに疑って傷付けるような真似はしたくない。
「ジュール様、聞いてもいいですか?」
「うん?もちろんだとも」
私は、自分が世間知らずの子どもだともう分かっているから。ただ、疑って決めつけるのではなく、分かり合えるように努力しなくちゃ。
「ジュール様はなぜ私達に優しくしてくださるのですか?」




