2.コルトー伯爵家(1)
公爵家を出てしばらくすると、だんだん、のどかな景色になってきました。
「姉様。馬車も魔法で動いたらいいのにね」
「そうね。でも、そうしたらお馬さんや御者の仕事がなくなってしまうわよ?」
最近のミュリエルは魔法に興味津々です。
「じゃあね、行きたいところにピュンッ!て飛んで行けるのは?」
「あんまり早いと怖くないかしら?」
「う〜ん、むずかしいね」
「ふふっ、そうね」
前に馬車に乗ったのは公爵家に向かうときでした。
「でも、コルトー伯爵家はそんなにも遠くないよ」
「そうなんですか?……どんな人かな。先生は会ったことがありますか?」
「コルトー伯爵にはお会いしたことがあるよ。おおらかで優しいかただったから、弟君も似ているといいね」
「そうですね」
「…うん」
ジュール・コルトー様は52歳。奥様も同い年だと聞いています。
お祖母様達と近い年齢だから、親代わりというよりも新しい祖父母という感じみたい。
「でも、かなり早くに手を挙げてくれていたらしいから、間違っても押し付けられて嫌々引き受けたわけじゃないんだ」
「そうなんですか?」
「もちろん。それに、もしもどうしても合わないとか問題がありそうなら、私のほうからも意見を言わせてもらうから安心してほしい。
君たちが安心して暮らしていけるようにするからね」
「シルヴァン兄様、ありがとうございます」
「先生、ありがとうございます!」
ちょっとギクシャクしてしまったけれど、やっぱり兄様といると落ち着く。少しずつ落ち着いてきたみたい。
「まずは笑顔で御挨拶できるようにがんばろう」
「大丈夫です!パーティーでできるようになったもん」
「そうね、ミュリエルなら大丈夫。今回も一緒にがんばりましょう」
今まではナタリー達やシルヴァン兄様に守られてばかりいたけれど、ミュリエルは私が守る側なのだ。これが双子達が感じていた気持ちなのかしら。
でもそれなら、ミュリエルだって私と同じで守る側にもなりたいのかも。
「ミュリエルのこと、頼りにしてるね」
「うん!任せて!」
あ、やっぱり嬉しそうだわ。
ふと視線を感じて兄様のほうを見ると、すっごく優しいお顔で微笑まれてしまいました。
……ミュリエルの気持ちを考えたのは正解だったみたいだけど、何だか恥ずかしいです。
「姉様、何だかかわいいです」
「先生は仲良しな二人が可愛いかな」
やめて。そういうのは慣れていないんです!
それでも3時間くらいは馬車に乗っていたかしら。ミュリエルは飽きてしまったのか眠ってしまいました。
「綺麗な空色のドレスだね」
「…良いお天気だったから」
「鈴蘭が似合ってる」
「青と白は相性がいいんです」
兄様の意地悪。私がどうしてこのドレスを選んだのか分かっているくせに。
「シルヴァン兄様と仲直りしたかったの」
兄様とギクシャクしちゃうのが嫌だった。だって兄様は何も悪くないのに。
「君が傷付くのを分かっていたのに」
「でも、知りたがったのは私よ。知りたかったのに、思っていたことと違うって勝手に傷付いたの。兄様は私に怒っていいのよ。お前の覚悟が足りないんだって」
「怒るわけないよ。それでも嘘は吐きたくなかった」
「……うん」
魔法で過去に戻れたらいいのに。そうしたら……でも、どこから?それに、変えた先に今の私はきっといない。
「魔法に禁忌がある理由がよく分かるわ」
時間と空間、そして寿命。これらは絶対に人が手を加えてはいけないと言われています。
「どれだけ魔力があっても人は人だ。神様には決してなれないし、なってしまったら人の世界では生きられない」
「でも、人は……」
ガタンッ、と馬車がなりました。どうやらいつの間にか到着したみたいです。
「帰ってからゆっくり話をしよう」
「……うん、わかった」
そうね。今はまず、目の前のことに集中しなくちゃ。
「ミュリエル、起きて。もう着いたわ」
「…ん……あ、髪!くちゃくちゃ?」
「大丈夫よ。ちゃんと可愛いわ」
6歳でも立派に女の子よね。私よりおしゃれな気がします。
「お嬢様、開けてもよろしいですか?」
「ええ。マルク、お願い」




