38.期間延長
コンスタンス夫人はすぐに見つかりました。
レイモン様と並んで何やら話していたけれど、私に気が付くと優しく微笑みました。
「お疲れ様、ブランシュ」
「コンスタンス夫人こそお疲れ様でございました」
突然パーティーをすると言われたのですもの。本当に大変だったと思います。
「フフッ、お義母様の主催でこのように盛大なパーティーを開けて嬉しかったわ」
そう言って微笑んだ顔は嘘には見えません。嬉しそうな、どこか誇らしそうなそんな顔。
やはり、お二方は完全な不仲ではないのでしょうか。
「それで?何か話があるのかしら?」
「はい。昨日、伝えそびれたことがあります」
「……まあ、何かしら」
仕方がないけれど警戒されていますね。でも、それは覚悟の上です。
静かに呼吸を整える。正しく気持ちを伝えるために。
「レイモン様、コンスタンス夫人。私達兄妹を助けてくださったことに改めてお礼を言わせてください」
コンスタンス夫人の考えには共感できないこともある。
レイモン様の考えはそもそもまったく分からないし。
それでも、夫人があのとき私達の受け入れを許してくださらなければ得られなかったものがたくさんあるわ。
「悪評のある親を持つ私達を蔑むことなく受け入れてくださって嬉しかったです。不安もあったでしょうに、リシャール様達と仲良くすることをお許しいただけて本当に感謝しています」
マルクの言うとおりだ。コンスタンス夫人は真の敵ではない。本当に敵なら、大切な子ども達とこんなにも親しくさせるはずがないもの。
「……あなた達とオレリー様は別の人間でしょう。当然のことをしたまでです」
「そうだよ。それにオレリーは……それでも私のたった一人の妹なんだ」
レイモン様がお母様を妹だと言うとは思いませんでした。
「ずっと言えなくてすまなかった。妹が君に愚かな真似をする前に止めてやれなくて本当に申し訳なかった」
初めてレイモン様のお母様に対する気持ちを聞いた気がします。
「それはいつか、お母様に言ってあげてください」
たぶん、私が聞くべきことではない。でも、レイモン様はそれ以上は何も語らない。そうしたいとも、それはできないとも。
そして公爵家と伯爵家の交流がなかった理由を誰も語らない。
それはただお母様がすべてを忘れて幸福に生きるためだった?それとも、お母様を忘れて、みんなが幸せに生きるためだったのか。
どちらにしても忘却という祝福は、人の祈り程度では叶わない願いだったのだろう。
「ブランシュ、君はどうしたい?このまま伯爵家に戻るのか、それともこのまま双子達が戻ってくるまでここにいるか」
「……それは私が決めていいのですか?」
「ああ。さっきそのことをコンスタンスと相談していたんだ。もう1ヶ月を過ぎているがね」
お二人でどんなことを語っていたのかは分からない。でも、私の気持ちは決まっているわ。
「では、お許しいただけるのであれば、このままこちらにいさせてください」
せっかく公爵家の教育が受けられるのに逃す手はないし、何よりも伯爵家に篭ってしまえば何も見えなくなってしまう。
お祖母様やリシャール様達と離れるのも寂しい。
それに……私はお母様達の本当のことを知りたいと思う。他人の秘事を暴きたいだなんて、やはり私は悪女にふさわしいと思うわ。
「ここに留まるなら、我が家の子ども達と同じに扱うことになるがいいんだね?」
「光栄なことですわ」
1年。その間にどれだけのことをモノにできるかしら。ちょっと楽しみです。
「……君は強いな」
「あら。考えなしの子どもなだけです」
「自分を子どもだと評価する子どもは少ないと思うが」
「いろんな子どもがいるものですよ」
「……いや、絶対に君はリシャールと同じタイプだ」
「仲良しですから」
こうして話していると、コンスタンス夫人はちゃんとレイモン様を立てているみたい。そして、レイモン様は善良な方のように感じる。……言えないこともあるみたいだけどそれは仕方がありません。私はまだ出会ったばかりで、私はただの子どもですから。
「では、今後ともよろしくお願いいたします」
「お手柔らかに頼むよ」
なぜか疲れたお顔で言われてしまいました。
変ね。ミュリエルを見習って可愛く素直を目指して話していたはずなのに。
「ああ、そろそろ伯爵家の管理人が決まりそうだ。いずれこちらにも挨拶に来るだろう」
「…そうですか」
来年には一緒に生活することになるのよね。それは少し……いえ、かなり不安です。
「君でも人見知りをするんだな。ようやく子どもらしい姿を見られた気がするよ」
「……だって大人は怖いです。レイモン様も巨人族に囲まれてみれば分かりますよ。体の大きさも力も何もかもが敵わないんですから。
本気を出されたらぷちりと潰されてしまうんですよ?」
さらに大人は権力も持っているし、魔法だって使うことが許されています。脆弱な子どもには太刀打ちできないのだから業腹ですわ。
だからこそ、ここで少しでも力をつけたい。
知識は武器だ。それにあと一年で魔法も使えるようになるわ。その下準備も怠りたくはないし、何よりも、コンスタンス夫人やお祖母様の女性としての戦い方を学びたい。
「なるほどなぁ、私達は巨人族かい?そんな感覚はすっかり忘れてしまったな」
「じゃあ、私がいろいろと思い出せるようにお手伝いして差し上げますね」
「!」
私の言わんとすることが分かったのだろう。レイモン様が胃のあたりを押さえた。板挟みで大変だというのは本当のようだ。
「……………本当にお手柔らかに頼む」
「善処いたします」
私とレイモン様の会話を黙って聞いていたコンスタンス夫人の眉がピクリと顰められる。
「ブランシュ、我が子と同じに扱ってよいなら手加減はしませんよ」
「はーい、コンスタンスお母様!」
ニッコリと満面の笑みで言ってみる。
私がそんなことを言うとは思わなかったのでしょう。お二人の動きがピタリと止まりました。
「では、私はシルヴァン兄様のところに行きますね」
よし。可愛く言えたわ。
「ナタリー、マルク、いきましょう?」
二人を見るとなぜか呆れ顔です。
ミュリエルの真似っ子はなかなかに難しいみたい。
それでも、ここに残ることを確約したし、まあ概ね良好でしょう。
さて、兄様に会ったらこれまでのことをたくさん話したいわ。そしてもちろん、これからのことも。
「シルヴァン兄様!」
「ブランシュ、何かいいことがあった?」
「はい、聞いてくださる?」
「もちろん」
「あのね───」




