36.ライバル宣言
殿下達の見送りのために玄関ホールに向かう。
私とミュリエルはなぜかリシャール兄様とロランに挟まれています。
「対応は大人に任せて私達は後ろに控えていようね」
「分かりました」
「あと、ブランシュは喧嘩を買わないように」
「私は好戦的なわけではありませんよ?」
「でも阿らないでしょ」
「……必要?」
「時と場合。まあ、9歳なら無邪気に質問するのはありかも」
なるほど?王女殿下はどうしてそんなにも意地悪なのですか?とか?
「やっぱり駄目。君が言うと煽ることになりそうだ」
「リシャール兄様は失礼だわ」
しばらくすると、殿下達が降りてきました。
でも、せっかく目を伏せていたのに、王女殿下の足が私の前で止まりました。
仕方がなく顔を上げれば、王女殿下の目元が少しだけ赤くなっています。
もしかして、昨夜は泣いたのかしら。
ただ、利用価値が高いからシルヴァン兄様を手に入れようとしているのかと思っていたけど、そうではなくて、本当に恋をしていたの?
「……あなた、これで私に勝ったと思わないで。
私は王女よ。落ち目の伯爵家の娘とは格が違うの。次に会うときにはちゃんと身の程を弁えられるようにしておきなさい。分かったかしら」
数秒前の私。彼女に同情は必要ないみたい。
でも、分かったかと聞いてきたのだから、返事が必要なのよね?
「王女殿下。分かりきっていることを敢えて言葉にされた意図をお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「…なんですって?」
「王女殿下と伯爵家の娘では格が違う。確かにその通りです。でもそんな幼児でも分かることを態々口にする。それはきっと私などでは理解できない深い意味が隠されているのでしょう?どうか、理解することができない愚かな私めにお教えくださいませんか?」
どう?ちゃんと下手に出たわよ。9歳らしく質問形にもしました。
「~っ、そういうところよっ!」
「……難しいですね?」
なぜすぐに怒るのでしょうか。イライラを抑えるツボでも教えて差し上げた方がいいかしら。
「…勝ったと思わないで。私は諦めないんだから」
やだ。まさかまだ兄様を狙っているの?
「しつこいと嫌われますよ?」
「視界に入らないと何も始まらないでしょ!」
……ああ。彼女なりに本気なのだ。それなら。
「私の大切な兄様ですから。兄様が本気で王女殿下に心を奪われない限り、横暴な真似は許さないわ。
本当に兄様が好きなら、ちゃんとその心を手に入れなさい。兄様の気持ちを蔑ろにしたら……」
これ以上は言っては駄目よね。仕方がないので、お祖母様を真似て微笑んでみました。
「ちょっと!そこで黙らないでよ!怖いでしょう?!」
うん。私の意気込みは伝わったようです。
「姉上、そろそろ行きましょう。予定より少し遅れている」
見兼ねたのか、ヴィルジール王子殿下が声を掛けてくれました。
「……分かってるわよ。またね、ブランシュ。次は負けないから」
それだけ言うと、もう振り返ることなく、王女殿下は歩き出しました。ヴィルジール王子も申し訳なさそうな顔で笑ってほんの少しだけ頭を下げてから王女の後に続いていく。
いつもああやって姉の尻拭いをしているのかしら。それはかなりの問題児よね。聖女様と呼ばれる方の娘なのに。
国をどうこう言うわりに、ご自分の子供がかなりお粗末ですよ。遠くばかり見ていないで、身近なものをもっと大切にしなきゃ駄目だと思う。
こうして、小さな嵐のようだった二人の殿下達は公爵家を去り、これでようやく日常が戻って──
「……ブランシュ?煽るなと言ったよね?」
「え」
やだこわい。リシャール兄様が笑顔で怒っています。
「どうしてライバル宣言しちゃうかな」
「好敵手?」
あれが?……ちょっと嫌かも。
「もう少し質の良い相手を希望します」
「ブランシュ、分かってないだろ。兄上が言っているのは恋のライバルだよ?」
まさかのロランの口から恋……。
「……恋って誰が?」
「ブランシュが」
「…………誰に?」
「エルフェ先生に」
いつからそんなことになったのかしら。でも、23歳と9歳の恋は犯罪では?
「シルヴァン兄様は変態じゃないわ」
「君が疑われるような発言をしたのが原因だよね?」
「してないもん」
「可愛く言ってもダメ」
おかしいわ。やっと平和が訪れると思っていたのに、なぜこうして叱られているのか。
「でもお祖母様は私と……」
ちょっと待ちなさい、私。リシャール兄様との婚約はただの冗談だと思うし、火のないところに煙を立ててはいけないでしょう?
「君と?」
「……後でお話をする約束だったのを思い出しました!行ってくるね!」
あぶないあぶない。リシャール兄様は打てば響くというか、すぐに話を理解してくれるから話しやすいせいで、ついポロッと洩らてしまいそうになる。
……それにしても、どうして恋のライバル?
「ブランシュお嬢様、どちらへ?」
「……ナタリー、緊急事態よ」
「え?!何があったんです?!」
何が……。なぜか王女殿下のライバルになったこと?彼女がまだシルヴァン兄様を諦めていないこと?でも、王女殿下だってまだ13歳よね?ということは……
「シルヴァン兄様が変態にされそうなの」
「はい?!」
「お嬢様、だいぶ端折りましたね?」
「あら、マルク。でも結果はそれだもの」
「……王女殿下のことを仰っているのでしたら、エルフェ様ははっきりと断っていらっしゃいますし、お嬢様のことを言っておられるのでしたら兄妹愛ですので問題はないのでは?」
あ。そうか、そうね?つい動揺して騒ぎ立ててしまうところでした。
「マルクありがとう」
「いえ」
「え?え?!全く理解できないんですけど?!」
「ごめんなさい、ナタリー。勘違いだったみたい」
「え~~?」
恋のお話に敏感なナタリーはどこか不服そうですが、これ以上広げていい内容ではありませんので、あしからずご容赦くださいませ。




