30.舞台裏(2)
「さっきは逃げてごめんなさい」
恥ずかしかったからといって逃げるのは卑怯でした。
ようやく会えたのに。これでは、何のために頑張ったのか分からないわ。
「いや、私こそ本当にごめん。こんなに遅くなるつもりはなかったんだ」
「…やっぱり王女殿下に引き止められていたの?」
すると、兄様の眉間にシワシワが。
……これは怒ってる?
「あ──、何というかこれは、…恥ずかしい…いや、情けない、かな」
「え?」
「ずっと君を守っているつもりだったのに、こんなにも格好良く助けられてしまった」
「!」
これは……拗ねてる?
シルヴァン兄様のこんなお顔は初めてです。
「……格好良くはなかったですよ?子どもみたいに泣いちゃっただけですもの」
「どうして?公爵夫人を味方に付けて、ミュリエルとも仲良くなって。子どもの外見を武器に王女殿下から私を略奪してくれたのだろう?
少し会わないうちに凄く成長していて驚いたよ」
兄様に褒められて嬉しいです。でも、
「少しではありません。たくさん会えませんでしたわ」
「……うん、ごめんね」
それから兄様は王宮でのお話を聞かせてくれました。
「防護壁の調整?」
「お城を守る魔法具のひとつだよ。それを理由にされると拒否するわけにもいかなくて」
「でも、どうして兄様が?」
そういったものは専門の魔法具技師がいらっしゃると思いますのに。
「私が作った物だからね」
「え」
「まあ、今後はこんな呼び出しが無いように、しっかりと資料を作って王宮の担当者に指導もしてきたから大丈夫」
シルヴァン兄様は本当に凄いのね?お城を守る道具を作ってしまえるの?
「でも、あまりにもグダグダと日程を延ばされるから、いっそのこと城を壊してやろうかと思ったよ」
「……我慢できてよかったです」
作った人なら壊せちゃうと言うことですか。兄様がすごいということは分かりました。
「兄様は本当にグラティアなの?」
「公爵夫人に聞いてた?」
「…ごめんなさい」
「いいよ。格好を付けて皆の前で誓いも立てたし、そろそろ話そうと思っていたんだ。
それに、私も謝らなくてはいけないことがある」
「何ですか?」
「君の母君のことを調べたんだ」
お母様のこと?
「勝手にごめん」
「それは、私のためですよね?私も、兄様を救いたいからと勝手に動いて、お祖母様から色々と聞いてしまいましたもの。ふふっ、私達、同じことをしていたのですね」
「……そうだね」
そっか。兄様も私のために頑張ってくれていたんだ。
「私にも教えてくださいますか?」
「もちろん。ただ、できれば公爵夫人も一緒がいいだろう。正しい情報かどうかが私達では判別できないし」
「では、コンスタンス様は?」
「……どうかな。王太子妃殿下の親友として心を砕かれていたとは聞いているが、どこまで事実を知っているのか分からない。
だから、まずは夫人と話して、それからの方がいいんじゃないかな」
簡単に敵味方に分けられたら楽なのに。
「分かりました。では、殿下達が帰られてからになりますね」
「そうだな。騎士達の中には魔法を使える者も多い。用心するに越したことはないだろう。
あ、ここでの会話はちゃんと防音にしてあるから。もちろん、さっきの君と殿下の会話もね」
あら。そういえば不敬な発言を連発していましたわ。
「それは助かります。イチゴ王子がバレたら大変なことになる所でした」
「いちご?」
「ええ、真っ赤な瞳がイチゴみたいでしょう?」
「フフッ、凄いことを言うね」
「存外殿下が気に入ってしまいましたわ」
まさか外で言ったりしないわよね?恥をかくのはご自分ですもの。
「婚約回避を頑張ったのに仲良くなっちゃった?」
「……駄目でしたか?」
分かってはいるのです。本当は関わらないのが一番だって。でも、何だか放っておけなかったの。
「ヴィルジール殿下はいい子だよ。まあ、周りに問題はあるけどね。それを言い出すと誰とも友達になれないから。
王子だからって見ないふりをしなかったブランシュは間違ってはいないよ。
ただし。王家に取り込まれる覚悟が無いのなら、距離感を間違えないようにね」
「……はい、気を付けます」
やっぱりそうよね。頭ごなしに叱られなかっただけよかったのでしょう。でも、それでもと思ってしまう私が甘いのだ。
「せっかくできた友達を心から喜んであげられなくてごめんね」
「ううん、大丈夫です。ちゃんと言ってくれてありがとう」
人との関わりって難しいね。ただ仲良くなることがこんなにも難しい。でも、だからといって何もしないのは嫌だったから。
「そろそろ行こうか。お客様のお見送りがあるだろう?」
「そうでした!」
泣いた後にもう一度顔を出すのは恥ずかしいですが仕方がありません。
「レディー、お手をどうぞ」
「ふふ、ありがとう兄様」
身長が足りなくてあまり様にはならないけれど。
兄様のエスコートで会場に戻ると、何とも微笑ましそうに迎え入れられ、またちょっぴり泣きたくなりました。




