27.王宮にて(シルヴァン)
そろそろ城を壊したくなってきた。できなくはないから癇に障るな。
「どうしました?」
「最愛の妹のことを考えておりました」
「…まあ。妬けますね」
傷付いたのは恋心ではなく、王女としての矜持だろうに。
「何度でも言いますが、私はあなたの夫にはなりません。身の丈に合わない願いは捨てなさい」
「なぜ?シルヴァンさえ頷けば、大切な妹君を見逃すと言っているのに」
……この馬鹿王女め。一から教育し直したいが、そんなことを言ったら喜んで指導を求めてくるのが目に見えるのが苛立つ。なぜたかが王女にブランシュの決定権があると思うのか。
「それは契約に触れると言っているでしょう。それから、私のことは家名でお呼びくださいと再三申し上げておりますよ」
「抜け道などいくらでも」
「魔法使いとの契約に、本当に抜け道があると思っているのですか?」
魔力を望んでいるくせに、魔法を理解していない。
稚気あふれると言えば聞こえはいいが、この方は人の上に立てる器ではないな。
ヴィルジール殿下の双子の姉とはいえ、この方が王太女になるのは難しいだろう。だから私と結婚しようとは何と短絡的なのか。
そもそも陛下は健在。王太子殿下ですら、まだその地位を手に入れていないのに。
もしや、篩にかけるために私を利用しているのか?まあ、ついでに私が失態を演じて王家の手に入れば儲けものという感じかな。
たったそれだけのために、ブランシュを不安にさせているのかと思うと業腹だ。
「あら、今日も二人で仲良くしていたのですね」
「まさか。そのように誤解されるのであれば、今すぐお暇させていただかなければなりません」
「シルヴァン!」
「王女殿下。どうぞ家名でお呼びください」
王女よりも母親の方が面倒だ。
治癒魔法の使い手であり、国民には『聖女』として愛されている王太子妃ジョゼット。
ある意味、ブランシュを不幸にした最たるものだ。
美しい銀の髪。それはノディエ前伯爵夫人だけでなく、妃殿下の色だった。
それを忘れた哀れな女性。だが、忘れても、その感情までは消えなかったのだろう。
王宮に留め置かれたおかげで、昔の事件を調べることができたのは良かったが、流石にこれ以上は駄目だ。
「娘をあまりいじめないであげて?」
「当然のことを申したまでです。依頼のありました防護壁は修繕致しました。仕事としての報酬も頂いておりますので、これ以上の滞在は身に余ります」
グダグダと日程を延ばしやがって何を言ってものらりくらりと……本当に苛々する。
「謙虚ですね。そういえば、貴方は公爵家に向かうおつもりですか?」
「はい。実家にはもう顔を出しましたので」
「そう。でも、公爵家がパーティーを開くことはご存知かしら」
「……いえ。今初めて聞きました」
こんな時期にどうして。レイモン様からは何も聞いていない。ということは急遽決まったことなのだろう。
「公爵夫人が、レナエルにも招待状を送ってくださったのよ。あちらもお孫様達が参加されるのですって」
……では、まさかブランシュも?
主催者は公爵夫人なのか。あの方はずっと社交はコンスタンス夫人に任せていたはずなのに。
それに王家がブランシュを狙っていることに気付いているだろうにどうして──
「それでね?あなたにレナエルのエスコートをお願いしますわ」
どのあたりがそれでと繋がるんだ。
「身に余るとお伝えしたはずです」
「あら、あなたはレナエルの初恋なのよ?
公式の場ではないのです。一度だけでも夢を見させて上げてくださらないかしら」
「絶対に無理だと分かっている夢を見させるのは優しさとは言えませんよ」
「私は!それを優しさだと思いますっ!」
「私は思いません。失礼いたします」
あれでブランシュより4つも歳上なのだから本当に頭が痛い。
とりあえず、早く王宮を出ないと魔法の制限が多過ぎる。レイモン様に連絡………いや、公爵夫人が絡んでいるなら、いっそリシャール君の方がいいのかもしれないな。
一番周りが見えているのが11歳の子どもとは。
それにしても、いっそのこと極悪人がいてくれた方がさっさと解決できるものを。
王家が最良の駒を手に入れようとするのは間違いではない。鬱陶しいだけで、法に触れるほど強引なことはしていない。
ただ、人の感情を軽視しているのが頂けない。
国のためという大義名分がすべてを狂わす。
……いや、そういうものだと理解せず、王子に恋をしてしまったオレリー夫人が間違っていたとも言えるのか。いや、ひとえに時期が悪かったとも……
「……早く帰りたいな」
「どこにだい?」
「可愛い妹の所にですよ。ヴィルジール殿下」
王宮だからってちょっと歩くと王族に出会うっておかしくないか。
「そんなにも嫌そうな顔をされると傷付くのだが。俺はお前に求婚していないだろう?」
「ついでにブランシュにも手を出さないでくださったら笑顔で応対致しますよ」
「それが難しいことだとお前は分かっているはずだ。
公爵家の孫娘で治癒魔法が使えるギフテッド。
そのうえ母上と同じ銀の髪の美しい少女らしいじゃないか」
「幼女愛好家ですか?」
「何とでも」
ヴィルジール殿下が悪いわけではない。ただ、もっと温かで幸せな結婚をしてほしいと、どうしても願ってしまうだけだ。
「最初から一夫多妻の可能性を示唆するような男性に可愛い妹を嫁がせたくありませんね」
「ハハッ、確かに。俺も揉め事は嫌だからな。できれば妻は一人がいいと思うよ。確約はできないが」
「どこかでもっと強かで愛よりも権力を欲する女傑を見つけてきてくださいね」
「……おい。俺の幸せは?」
「ブランシュの方が大切です」
「お前が大切なものを手に入れられたのは喜ばしい。だが少し妬ましいな」
まだ骨格が細く、少年の域を出ていないのに、彼もブランシュと同じで、早くから子どもではいられなかった人だ。
王族だから仕方がないと笑える強さを持っている。だからこそ、精神的にも支え合える伴侶ができることを願ってはいるが。
「まずは私を倒せるようになってから言ってください」
「それは狡いだろう?!魔法だけでなく、剣まで扱えるくせに!!」
一人で守れる範囲はたかがれている。
残念ながら、殿下には国王陛下に王太子夫妻と双子の姉という、性格に難があることは別にして立派な家族がいる。
望んだものではないだろうが、王子という立場にいる君は私が手出しできるものではない。
「がんばれ、少年」
「雑だな?!」
13歳なら私が戦場にいた年頃だ。甘やかす必要はないだろう。




