26.公爵夫人(4)
どうして私は子供なのかしら。
あまりにも力が無さ過ぎて、自分のことすらままならなくて歯がゆい。でも、嘆いていても何も変わらないことを知っているわ。
小さくて無力な子供。でも、子供だからできることもあるはずよ。
「大きく出ましたね、ブランシュ。手を組むと言うことは、あなたも私に差し出せるものがあるということですね?」
お祖母様の目が怖いわ。でも、ここで怯んでは駄目。
「──私はお祖母様を赦します」
力の無い、何も持たない私ができることはこれしか思いつきませんでした。
ですが、お祖母様はジッと私を見つめたまま……
どうしよう。駄目だった?
「…フフッ、まあ見事ですね。公爵夫人になって久しいですが、そんなことを言われたのは初めてではないかしら。
そう……。あなたは私を赦してくれるのですか」
「はい」
「私は善人ではありません。それでも?」
「私だって善人ではありませんわ。なんなら悪女だと思っています。
それでも。どうか、シルヴァン兄様に会えるように力を貸してください」
「……分かりました。手を組みましょう」
よかったっ!ふぅ…、心臓がバクバクしている。
お祖母様ったらやっぱり怖いわ。リシャール兄様は絶対にお祖母様似よ。
「私のできうる限りの手助けをしましょう。まずは何が望みですか?」
やった……いいえ、まだ気を抜いては駄目よ。ここからなのだから。
「なるべく多くの人が集まる場で、シルヴァン兄様に会いたいです。可能でしょうか」
「簡単なことです。公爵家主催でパーティーを開きましょう。王家とエルフェ家にも招待状を送れば良いのかしら」
「はい、お願いできますか?」
「そうですね、重大な発表があるらしいと噂を広めておきましょうか。期日は10日後で」
えっ?!早過ぎませんか。
「そんなに急で来てくださるでしょうか?」
「急だからこそ来るのですよ。だって気になるでしょう?」
「……はあ」
そういうものなの?人の心理って難しいわ。
「となると、あなたの準備も必要ですね」
「私は別に」
「公爵家のパーティーを利用するつもりなら、それに見合った衣装じゃないと、ただの頭がおかしい子になるだけです」
「……う゛っ、申し訳ありません」
「あなた達は当日までこちらで過ごしなさい」
「え」
あなた達?
そろっとナタリーを見ると、首が捥げそうな勢いで横に振りまくっています。
「本当に駄目な子ですね。10日間、しっかりと侍女教育を受けるように。これは命令です」
「侍女…ですか?」
「ええ。あとそちらの護衛は、せっかく魔法が使えるのですから、その能力も伸ばした方がよいでしょう。
私の護衛で諜報活動が得意な者達が面白い魔法を使うわ。一度習ってご覧なさい。
あと、あなたとミュリエルはマナーをおさらいしましょう」
やだ、お祖母様がとっても頼もしいです。というか、ミュリエルまで頭数に入っていますが。
「ここに留まる名目はあなた達二人の監督不行届にしましょう。
預かると勝手に決めたくせに、速攻で消えたあの男が悪いのですよ。できもしないくせに安請け合いをするのだから本当に仕様もない」
お祖母様が苛ついていらっしゃるわ。でもそうね。お祖父様は一週間ほどで王都に行ってしまいましたからフォローはできません。
「レイモンでは難しいと分かっているでしょうに」
「どうしてですか?」
リシャール兄様といいお祖母様といい、どうしてレイモン様に手厳しいの?
「コンスタンスは王太子妃の親友です。実の妹と妻、そして不仲な両親。それぞれの事情を理解しているあの子は何とかバランスを取るので精一杯なのです。
それに今回は王族やエルフェ殿に加えあなた達まで絡んでいますから。そろそろ胃に穴が空くかもしれませんね」
「えぇ?」
それは何だか可哀想過ぎる気がします。
「お祖母様はコンスタンス様のことをどうお思いなのですか?」
「そうですね。あの子は情に厚く、貴族には珍しく裏表の少ない実直な人だと思っています。
きっとあの子の見る世界は美しいのでしょうね」
あのコンスタンス夫人もお祖母様にかかるとあの子呼ばわりなのだから驚きです。
「ただ、懐に入れた人間を信じ過ぎるところがあるかしら。
人は多面性のある生き物。王族などその最たるものでしょうけど、それを理解しているのかどうか」
う~ん、聞きたくなかったわ。やっぱり王族ってそんな感じなの?
「幻滅しましたか?」
「いえ。王族は大変そうだなと思っただけです」
「王子妃に魅力を感じませんか」
「全く感じませんねぇ。そもそもお会いしたこともありませんし」
会ったこともない方と婚約とか、貴族には間々ある話だとは聞きますが、私は自分の目で見て信頼できると判断したお相手を希望するわ。
「10日後には嫌でも会えます。きっとあなたの婚約者候補が来るのではないかしらね」
「受け付けてなどおりません」
「まずは自分を俯瞰で捉えられるようになさい。常に自分がどう思うかだけでなく、周りにどう見られているのかを計算するのですよ」
「……人間関係が初心者なのですが」
「では、王家のお腹に収まりますか?」
「………善処致します」
まだ、外に出てひと月くらいのお子様なのに、お祖母様は厳しいわ。
「それから、私を信じ過ぎては駄目ですよ。
そうですね。あなた風に言えば、私は稀代の悪女ですから」
何だか何もしていないのに負けた気がするわ。でも、どうしてお祖母様が稀代の悪女なのかしら。
「分かりませんか?私は未だに英雄である夫を冷遇し、公爵家を牛耳る悪妻であり、王太子妃を傷付けようとしたオレリーの母親なのです。
ですから、あなた達は私に言われて仕方がなくここに留まるのですよ」
「……なぜそのような噂をそのままにしておくのですか」
「ふふっ、ブランシュはやはりまだ子供ですね」
結局、お祖母様は答えてくださいませんでした。
お話をしてみて、お祖母様の印象が真逆に近いほど変わりました。
でも、信じてはいけないとも言われて。
……これならば、魔法書や医学書のほうが余程簡単だと思うわ。
お祖母様はお祖父様をどうしたいのかしら。
お別れしたいのか、分かり合いたいのか。それとも、ずっとこのまま他人のような家族で居続けるのかしら。
それでも、二人の子供を授かっていて。
でも、お祖父様は戦で別の方と繁殖行動をしていたかもしれなくて。
夫婦って何かしら。
シルヴァン兄様。毎日の報告がどんどん溜まっていくわ。
会えたら、勝手に兄様のことを知ってしまったことを謝らなきゃ。
ねえ兄様、ちゃんと眠れてる?
「あと少しで会えるから」
待ってるから。ちゃんと元気でいてね。




