25.視線
何かしら。ミュリエルから視線を感じる。
それもあまり種類の良くないものだわ。
「ブランシュお嬢様、しばらくは一人にならないでください」
マルクからも小声で忠告されました。
「……わかった」
こんな幼い子に何が、とは思うけど、お母様達を自滅させた私みたいな子だっているものね。
でも、お母様達は自滅だった。じゃあ私は?
ミュリエルが何を狙っているのかが分からないわ。
何となくバングルに触れてしまう。
だって私を守ってくれるものだから。
シルヴァン兄様は魔法塔に戻ってしまった。
双子が公爵家に行くことに変更になったから、一度戻って受け入れ期日の変更と経過報告が必要なのですって。
……私への対応とかも報告されていそう。
本当にこのまま伯爵家で兄妹として暮らしていけるのか、すでに不安しかありません。
養子のお話を断らなければよかったかな。
正直、シルヴァン兄様と本当に兄妹になれたら幸せになれるだろうなとは思う。私が初めて信用出来た外の世界の人だもの。
でも、どうして私が逃げなくてはいけないの?
この考えが消えてくれないのです。
だって私が何をしたというの。
ただお母様達に騙されて、9年も別館から出られなかっただけなのに。
お祖父様達と街まで出掛けて驚きました。
あんなにもたくさんの人がいるなんて!
人だけでなく、たくさんのお店が建ち並び、賑やかで楽しそうで。でも、あれはお祭りなどではなく普通の日なのですって。
私はそんな普通の世界すら触れることを禁じられていた。
外出着に晩餐用のドレス。昼と夜での装いにも違いがあるとか、そんなことも知らなかった。
一体あとどれくらい私は騙されて、隠され、奪われて来たの?
そう思えば、本来あるはずだったものを取り返したいと考えてしまうのは強欲なのか。
仕方がなかったのだと、これからは手に手を取って兄妹仲良く暮らせる努力をするべきなのか。
もしくは、伯爵家での暮らしを諦め、他所の家庭に幸せを求めるのか。
そんな、これ以上自分が我慢を強いられることが許せないと思うのは私が狭量な人間なの?
『幸せになりたいと願って何が悪いんだい?』
あの夜のシルヴァン兄様の言葉が私の心を宥めてくれる。
そうね。私は幸せになりたいわ。
これ以上搾取されることなく、我慢を強いられることなく真っ当に生きていきたい。
ミュリエルがもし、そんな私の幸せを邪魔しようとするなら私だって黙ってはいない。
「そこまで仲も良くないのだしね」
だって、ただ血が繋がっているだけだわ。
私はその大切さがよく分からないの。ごめんね?
「お嬢様、何か仰いました?」
「うん。ただ現状確認をしただけよ」
ここでナタリーに説明はできないわ。
ミュリエルと彼女の侍女のリサもいるし。
今夜はこの街に泊まって、明日には公爵家に着くそうです。
「お嬢様、あまりキョロキョロしているとスリに狙われますよ」
ゔっ、だってどうしても浮かれてしまうのよ。
「もしかして買い食いがしたいのですか?」
「あ!じゃあ私が買って来ます!」
「え?」
──買い食いって何?
しばらくすると、ナタリーが串焼きと果実水を買って来てくれました。
「立ったまま食べるの?」
「はい!焼き立てですので、温かいうちにどうぞ」
「……どうやって?」
「がぶっ!と齧り付くんですよ。串で口の中を傷付けないように気を付けてくださいね」
いいの?そんな食べ方をして?
思わずきょろりと周りを見ると、本当にがぶっと食べています。
「ナタリーは食べないの?」
「さすがに勤務中にはいただけません」
仲間がほしかったのに~~。
それでもせっかくなので、勇気を出して……
「ん!美味しい!」
少し濃いめの味付けですが、香ばしくてとっても美味です。果実水もスッキリとした味だわ。
「ナタリー、ありがと。今度お仕事がお休みの日に一緒に来て食べましょう?もちろんマルクもね」
美味しいけど一人で食べるのはちょっと寂しいもの。
「嬉しいです。これからはお嬢様と外出出来るんですね!」
そうよ。これからは自由なのだわ。
「いいな、お姉様」
ポツリとつぶやく声が聞こえて、慌てて振り向くとミュリエルが立っていました。
……いいなって何が?
「どうしたの、ミュリエル」
「うん」
?うんって何。教えて双子。ミュリエルの取扱説明書とかないの?
「リサ、何かあったの?」
仕方がないので侍女の方に声を掛けた。
「…ミュリエル様はお寂しいのかと」
「そう。それで?」
「姉君であるブランシュ様に甘えたいのだと思われます」
……意味が分からないわ。なぜ私?今までお世話してくれていたリサがいるのに。
「ミュリエル。私とあなたはほとんど話をしたこともない、出会ったばかりの関係よ。あなたが何を望んでいるのか、言葉にしてくれないと分からないの」
すると、ミュリエルの瞳が潤み始めました。
「……お姉様はそんなにも私がきらいなの?」




