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03 意外なる伏兵

03 意外なる伏兵


 新任初日から追いつめられてしまったカケルクン。

 彼はいまにも爆発しそうだったが、その寸前、脇で控えていた教頭が高らかに叫んだ。


「らーっ! 静かにするら! この取引はすべて無効! なぜなら、ルールに反するからですら!」


 彼女の声はよく通り、校庭じゅうに轟いた。生徒たちもピタリと口を閉ざす。

 その静寂を利用して発表されたルールは、意外なるものであった。


「そもそも『乾杯ゲーム』では、乾杯を拒否したのが4クラス以下だった場合は、全校生徒が乾杯をしなくちゃいけないルールがありますら!」


 すぐさまカケルクンが乗っかる。


「あっ、そうそう! そういうルールがあるのを、僕もいま思いだした!

 さすが教頭! 僕のたのもしいディーラーだよね! ねっ!」


 「なっ!?」と驚愕が走る。


 「「そんな!? それは酷すぎます!」」とモナカとコトネ。

 オネスコがふたりを庇うように歩み出た。


「校長先生! それは拒否したのが私たち4クラスだったから、今そう決めたのでしょう!?」


「えーっ、だって前もって言ったじゃーんっ!

 『このゲームにはルールがいくつか(●●●●)ある』って!

 忘れてたルールを、いま思いだしただけなんだよぉ!

 それなのに僕がインチキしたみたいに言って!

 このゲームが無効になったら、せっかくあげた1億も台無しになるのにぃ! ひどいよねぇ、みんな!」


 1億をフイにされてはたまらないと、ステージ下の生徒たちは「そ……そうだそうだ!」と賛同する。


「こんな茶番、付き合ってはおれぬ! まいりましょう、コトネ様!」


 トモエは斬り捨てるように言って、コトネを促す。

 しかし校長はすかさず、カニのようなカサカサとした横移動で回り込んだ。


「おおっと! 逃げるなんてダメダメ! 最初に言ったよね、ゲームの途中離脱は許さないって!

 それにこれは校長の僕が立案し、教育委員会にも承認された、れっきとした教育カリキュラムなんだ!

 それを破ったら、ランクダウンさせられても文句は言えないねぇ! ねぇねぇ!」


「ぐっ……! 卑怯な……!」


 歯噛みをするトモエに、ニタリと笑い返すカケルクン。



 ――逃がすもんか……!

 このゲームは、レオピン活躍の記憶を消して、ヤツを再び落ちぶれさせるために考えたんだよっ!


 他のクソガキどもはともかくとして、モナカとコトネが乾杯しなきゃ意味ないんだ!


 ヤツの記憶を、ヤツ以外からすべて抹消するっ……!

 そうすればヤツは誰からも認められない、悲しきヒーローとなるんだ……!



 不意に、ステージ下の女生徒から手が挙がった。


「校長センセー、しつもーん」


「なにかな? かな?」


 声のした方角に視線を移すカケルクン。

 女生徒は大柄な生徒たちが前にいるせいで、手しか見えなかった。


「そのルールはセンセーが忘れてただけで、後から付け足したわけじゃないんですよね?

 一度言ったことは、後から変えたりはしないんですよね?

 たとえば後から、やっぱり1億じゃなくて1(エンダー)だったから、返せなんてふうに」


「うん! それは当然だよぉ!

 だってそれをしちゃ、親の僕が絶対に勝っちゃうし、損することもなくなっちゃうよね!

 そんなのはもう、ゲームとはいえないよぉ!

 忘れてることはあっても、いちど言ったことは絶対に変えたりしないから安心してね! ねっ!」


 女生徒は「そっすか」と言いながら、前の生徒たちを押しのけて前に出る。

 巻き毛にギャルメイクの少女は、魔導女のローブのポケットに手を突っ込んだまま、わざとダルそうにしながら言った。


『んじゃ、あーしのクラスも乾杯やめるし。

 あーしもレオピンのこと忘れるのヤダし』


『はっ……はっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?』



 キャルルの脳内シミュレーションは完璧であった。

 新校長と新生徒会長が右往左往し、すでにレオピンに抱きしめられるところまで妄想は膨らんでいる。



 ――うんっ! あーしのクラスが乾杯を拒否したら、5クラスになる……!

 そしたらあーしも、レオピンの活躍を忘れずにすむ……!


 それに、コトネみたいにバシッと決めれば、レオピンもまたあーしに振り向いてくれるかも……!



 キャルルはゴクリと喉を鳴すと、校長に向かって、綿密なる思いを言葉として紡いだ。


「んじゃ、あ……あーしの乾……クラス……やめ……。

 だってレオ……忘れ……ピン……ヤダし……」


 しかしそれは、彼女がかつて編んだマフラーのようにボロボロ。

 いつもはハキハキで、何事もズケズケと言うのに、レオピンに対しての本音だけはモゴモゴ。


 少女の見せ場は、5秒もなかった。

 舞台袖にいたヴァイスは、突如のクラスメイトの反乱にヒヤリとしていたが、肩をすくめて前に出る。


「やれやれ、キャルルはレオピンのことを、一刻も早く忘れたくて仕方がないようだ。

 校長先生、こうなってしまっては仕方がありません。

 もう全校で乾杯するのは決まったのですから、残ったクラスで一斉に行なうというのはいかがでしょう?」


「う……うん! そうだね!

 へんな邪魔が入らないうちに、さっさとこのゲームを終わらせちゃおう! おうおう!」


 しかし、そうは問屋が卸さなかった。

 かわりに、思わぬ伏兵が名乗りを上げる。


「校長先生! 私たち1年3組も、乾杯を拒否します!

 偉大なる調教師(テイマー)のレオピンくんに、敬意を表して!」


「はっ……はっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」


 1年3組の生徒たちは、みな肩に鳥や小動物などを乗せている。

 そう、調教師(テイマー)たちのクラスが、ついに蜂起したのだ。


 レオピンとの思い出を、守るために……!


 当のレオピンは、蚊帳の外どころか対岸の火事ほども離れた場所で、ステージに背を向けて座り込んでいた。

 自分は『乾杯ゲーム』に参加できないとわかり、見物も飽きて校庭のアリンコに調教(テイミング)を試している。


「うーん、うまくいかない。

 アリンコは動物じゃないから、『調教』スキルは効かないのかな……?

 『魅力』を上げて試してみたいんだけど、この前みたいになったら嫌だし……。

 校長がみんなと親睦を深めるためにやってるゲームが、俺のせいで台無しになったら悪いもんな」


 彼は知らない。

 彼はいっさい手を出さなくても、もはや彼の存在だけでゲームはメチャクチャになりつつあることに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どうせだし、もう飲んだクラスもやっぱりやめるとか言って2億3億、十億くらい要求すれば本当にハッサーン。
[一言] レオピンが昆虫や魔物を調教する事に成功したらとんでもない事になる。 ・蟻 シロアリなら腐った木材を腐らせる事ができ居住区や校舎の木材を腐らせて倒壊する事が可能、ファイアアントによる蟻で噛ま…
[良い点] キャルルのここぞという時にやりきれない感じ良く出来てると思います [気になる点] ここ一ヶ月のことキャルルたちが忘れたらただの器用な仲のいい関係に戻ってしまうのでは? [一言] 特になし
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