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91 激突

91 激突


 俺はレンジャーのサバイバル知識を活かし、濾過(ろか)装置を作りあげた。

 普通この手の装置は、水を得るのに途方もない時間がかかる。


 しかし品質レベル30越えの濾過装置は、まるで湧き水のごとき速さで水を浄化してくれた。

 受け止めるコップいっぱいになった水を、幼い動物たちに飲ませる。


 我先にコップに顔を突っ込もうとするので、俺は言葉と手で制した。


「待て待て、小さい子から順番だ。ここは泥ならたくさんあるから、水をいくらでも作ってやるから慌てるな」


 すると、動物たちはかわりばんこに水を飲みはじめた。

 「よしよし、偉いぞ」と頭を撫でてやる。


 今までどおりに水が得られるようになったら、俺はこの動物たちを狩って食べたり、開拓のための道具として利用する。

 いずれ殺すかもしれないのに、水を与えて生きながらえさせてやるだなんて、なんだかヘンテコな気もするが……。


 でも、それでいいんだ。

 校長や教頭が俺を苦しめるために、遊び半分で巻き込まれた動物たちが死ぬのは見たくない。


 同じ死ぬなら、誰の役にも立たずにのたれ死ぬよりも、狩られて誰かの血肉になって死ぬことを望むはずだ。

 同じ殺す行為に変わりはないし、偽善かもしれないが、俺はそう思っている。


 気付くと、動物たちが列をなして水飲みの順番待ちをしていた。


 俺は彼らを調教(テイミング)してないし、『魅力』のパラメーターも1だってのに……。


「やれやれ、水場探しの旅をしているうちに、ずいぶん懐かれちまったみたいだな」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 レオピンのしている動物への水やりは、格好の嘲りの的となっていた。


「ムホホホホ! 自分が喉カラカラなのに、なんの役にも立たない動物たちに貴重な水をあげるだなんて……!」


「ばはははは! バカを通り越して、大バカなのである! かしこい我輩なら、水を独り占めするのである!

 乾いていく動物たちの、無様な姿を見ながら飲む水は、きっと格別なのである!」


「あ~あ、やっぱりあのゴミは『特別養成学級』に入れられるだけの落ちこぼれだな!」


「そうそう! 開拓で水はとっても貴重なものなのに、動物なんかにあげちゃうだなんて!」


 その場にいた大半の者たちが冷笑していた。

 しかし一部の女性陣たちは、泣いていた。


「うっ……レ、レオくぅん……なんて、おやさしいのでしょう……!」


「ご自分のことよりも、森の動物たちのことを気づかうだなんて……!」


 今までレオピンのことを認めていたのは、両手の指で数えられるくらいの、ほんのわずかな者たちでしかなかった。

 しかしここに来て、変化が訪れる。


「見て……! レオピンくんが、動物にお水をあげてる……!」


「自分も喉が渇いてるはずなのに、動物を優先するだなんて……!」


「今ならレオピンくんが、俺たちの動物や、ヴァイスのブラックパンサーに懐かれていた理由が、わかる気がする……!」


 レオピンの行動に、深く感銘を受けていたのは……。

 そう、調教師の卵たちであった。


 彼らは口々に賞賛する。


「レオピンくんは、調教師(テイマー)の鑑ね……!」


「俺……レオピンのこと、誤解してた……!」


「私、授業のときにレオピンくんに酷いこと言っちゃった……。

 今度会ったら、あやまらなくちゃ……!」


「レオピンくん、許してくれるかな……?」


 それは、彼らの心に空けられた、小さな小さな風穴。

 今は針の穴ほどの大きさしかないが、いちど空いてしまったそれは、二度と塞がることはない。


 そう……!

 レオピンの行動が、はっきりと同級生たちの心に、根付いた瞬間であった……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 動物たちに水の配給を終えた俺は、服がすっかり泥だらけになってしまった。

 手で泥を払い落としながら、干上がった川沿いを進んでいく。


 しばらく進むと、大きな谷が横たわっていた。

 崖の土は湿っていて、底から吹き上げてくる風はひんやりと冷たい。


 俺は直感する。


「ここだ……! ここが本流だ! この先にきっと、せき止められた場所があるはずだ!

 みんな、下に降りて進むぞっ!」


 俺は動物たちとともに、急斜面の崖を滑り降りる。

 底のほうは例によってぬかるみになっていて、勢いあまってゴロゴロと転がった。


 俺と動物たちはとうとう、全身泥まみれになってしまう。

 しかし、ここからがさらに大変だった。


 身体のあちこちから泥をしたたらせつつも、川上を目指して出発したのだが……。

 俺たちのいる谷底は、遠くに見える山の頂きへと続いていて、険しい傾斜となっていた。


 しかもぬかるんだ地面に足を取られてしまうので、思うように進めない。

 俺はともかく、動物たちはもう限界に来ているようだった。


 しかし瞳の光は、誰も失っていない。

 誰もが最後の気力を振り絞り、この先にある水源を信じて泥の山を踏みしめていた。


 大きな動物の背中に小動物が乗り、大きな動物の足がぬかるみにはまって抜けなくなったら、小動物が降りて掘り起こす。

 もはや種の垣根を超え、肉食動物も草食動物も、お互いが助け合って進み続ける。


 そんな俺たちをあざ笑うかのような空耳が、耳をつんざいた。


『ばはははは! バカめ! 罠に嵌まったとも知らず、ノコノコと進んでいるのである!

 これが、我輩の本当の狙いだったのである!


『ついに、ついに最後の瞬間がやってきたざます!

 待ち構えている、罠師(トラッパー)のプロたちが、最大最強の罠を発動するざます!』


 ……ゴゴゴゴゴゴゴ……!


 空耳をかき消すかのような地響きがおこる。

 それはだんだん大きくなり、立っていられないほどの揺れとなっていく。


「あ……あれはっ!?」


 その振動の正体を知ったとき、俺は掠れた声を漏らしていた。

 振り返り、カラカラに干からびた喉を振り絞る。


「大岩が転がってくるぞっ! みんな逃げろっ! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」


 なんと谷底を埋め尽くすような巨大な大岩が、山の上から転がってきていたのだ。

 しかも岩の向こうからは大水が押し寄せてきているので、あの岩で川をせき止めていたのだろう。


 そしておそらくだが、岩は何らかの仕掛けによって射出されたのだろう。

 洪水すらも置いてきぼりにするほどの、猛烈なスピードで迫ってきている。


『ばはははは! お前がその本流にたどり着いたときに、岩を押えていたストッパーを外させたのである!

 その深い谷底で、その勢いで転がってくる岩から逃げることは不可能なのは、計算済みなのである!』


『ムホホホホ! 岩にノシイカにされてペチャンコになったあとに、水をあげるざます!

 死ぬほど欲しがっていた水が、死んだあとにたくさん手に入るなんて……!

 ゴミにふさわしい、なんて皮肉で、哀れな最期ざましょ!』


 耳障りな空耳が、俺の焦りをさらに加速させる。


 今からニンジャに転職し、俊敏に極振りすれば、あの岩から逃げることはできるだろう。

 しかし俺についてきてくれた動物たちは、全滅してしまう。


「俺と動物たちの命、どちらも守るためには、どうすればいいんだっ!?」


 戦闘職に転職、筋力に極振りして、あの岩をブッ壊すか……!?

 でもうまくいく保証はどこにもないうえに、タイミングが狂ったら全滅だ。


 俺のできることは、ふたつにひとつ。

 確実な逃走か、不確実な攻撃か……!


『にっ……逃げてぇ! 逃げてください、レオくうん!』


『まさか、あの岩に立ち向かうおつもりですか!? そんなことは、自殺行為なのでございます!』


 清らかな悲鳴に混ざって、俺はノイズのようなヤジを聞いた。


『へっ、いい気味だぜ! アイツ、泥だらけのまま死んでいくんだ!』


『俺たちを引きずり回して泥まみれしたヤツには、当然の報いだぜ!』


『ニックバッカみてぇに、情けなく泣き喚きながらブッ飛べっ! ぎゃはははははは!』


 俺はいちかばちかの大勝負に出る。

 選んだのは確実な逃走でも、不確実な攻撃でもない。


 バカげた大穴に、命を賭け(ベット)たんだ。

 俺はついに、目前に迫った岩に、アリンコのように轢き潰され……。


 ……ドッ……!!


 ることはなかった。


 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!


 爆音とともに、粉々に砕け散る大岩。

 その衝撃波で、俺の身体にまとわりついていた泥が弾けて剥がれた。


 猛吹雪のように俺を通り過ぎていく砂埃。

 破砕片が(ひょう)のように、俺の身体にバラバラと当たる。


 あたりは、台風一過のような有様。

 でも俺はなおも、そこに立っていた。


 微動だに、せずに……!


『え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』

そろそろ、モチベーションが落ちつつあります……。


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― 新着の感想 ―
[一言] モチベが下がってるとの事なので応援しときます ガンバ!!!!o(・ω・´o)(o`・ω・)oガンバ!!!!
[一言] どうせなら岩を砕くのではなく、校長と教頭を打倒するレオピンの石像に作り変えればいいじゃないか。折角の素材を砕くなんてもったいない
[気になる点] テイマー諸君!あんたらにもの申す!…このあとレオピンは間違いなく生きて帰ってくるだろう!レオピンに謝罪するのは勝手だが、レオピンがオメェらを許す許さないは別だ!そこんとこはき違えないよ…
感想一覧
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