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86 非常事態宣言発令

86 非常事態宣言発令


 それは、3日ほど前のこと。

 朝礼のときに、教頭先生がこんな連絡をした。


「イエス! みなさんも知ってのとおり、この学園の周囲には『不渇』という、水を飲まなくてもへっちゃらな範囲魔法が掛けられているざます!

 この魔法の整備のため、今日から3日ほど外部の業者が出入りするざます!

 居住区とか森とかで作業を行なうざますから、邪魔しないようにするざます!」


 俺はまだ知らない。

 これが俺にとって、この学園においての最初の試練ともいえる、『炎の七日間』。


 その、予兆。

 校長と教頭からの、最後の宣戦布告であることに……。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 『炎の七日間』、初日。


 俺はいつもよりだいぶ早く目覚めたので、資材の整理や、自分自身のステータスの再確認をした。

 いまのレベルは17なのだが、過去に増えた職業を見返していると、新しいスキルがけっこう増えていることがわかった。


「新しいスキルは、なかなか良さそうだな。今日の授業で使ってみるとするか」


 そろそろ時間かと思い、登校しようと外に出る。

 森を歩いていると、校舎である城のほうからけたたましい警報が鳴り渡った。


『うぉっほん! 我輩は『王立開拓学園』の校長、ネコドランである!

 我輩の名において、非常事態宣言を発令するのである!

 これより7日間のあいだ、授業と開拓は一切禁止!

 生徒の諸君は、居住区からの外出を一切禁止するのである!』


 『非常事態宣言』……!?

 それは開拓系の学園に、のっぴきならない危機が迫っているときに、学園の最高責任者が発令できるもの。


 たとえば近隣に、ドラゴンなどの危険なモンスターが確認されたり、先住民族との紛争が起こったり、疫病などが蔓延した場合だ。


 俺は何が起こったのか確認するため、急いで居住区へと向かう。

 しかし居住区の周囲には重武装の警備兵が配置されていて、鉄の壁のような盾が俺を阻んだ。


 しかもよく見ると、その兵士たちは同級生だった。

 盾の隙間から俺を見るなり、ニヤリと笑う。


「へへ、驚いたか、ゴミ野郎。

 俺たちは今回の非常事態宣言にあたり、親衛隊として動員されたんだ。

 お役目をうまく果たせば、校長が近衛兵として推薦してくれるんだぜぇ」


「親衛隊はかなりの権限を委譲されてる。

 お前が居住区に入ろうとした罪として、ブチ殺したっていいんだぜぇ」


 今回ばかりは俺も分が悪いかもしれない。

 相手が10人もいるうえに、完全武装ときている。


 それにコイツらをのして居住区に入ったところで、本物の警備兵が駆けつけてくるだけだ。

 ここは大人しく引き下がるしかないか……。


 すると居住区のほうから、ふたりの女生徒が押し寄せてくるのが見えた。

 それはやっぱりというか何というか、例のコンビ。


「レオくぅぅぅ~~~んっ!」「お師匠様ぁぁぁ~~~っ!」


 ふたりは非常事態宣言を受け、真っ先に俺のことが心配になったらしい。

 しかし親衛隊に通せんぼされていた。俺よりもだいぶ丁寧な扱いで。


「いけません! モナカ様、コトネ様、お戻り下さい!

 非常事態宣言中は、特に我々の指示に従っていただかないと困ります!

 指示違反は、ランクダウンにも繋がりますよ!」


 しかし、そんな脅しが効く相手ではない。


「ではランクダウンを受け入れたら、レオくんのお家に行ってもよろしいですか!?」「そういうことでしたら、いくらでも……」


 「チッ!」と舌打ちする親衛隊。

 その中のひとりがふと、こんなことを言った。


「そうだ……。俺たちゃ今、生徒よりも上の立場なんだよなぁ?

 それに、生徒に命令できる権力を与えられてるんだよなぁ……?」


「そうか! だったらこの2人を好き放題できるじゃねぇか!

 俺たちがしたことはぜんぶ、こっちのゴミにおっ被せちまえばいいんだし!」


「あったまいい! 俺たちはスッキリできて、ゴミもスッキリ片付けられる……! 一石二鳥じゃねぇか!」


 俺は舌を巻いた。

 ここまで瞬時にゲスなことを考えられるとは、ある種の才能といっていいかもしれない。


「げへへへへへ! 親衛隊の名において命じる! モナカ様とコトネ様に、身体検査だぁーーーーっ!」


 鉄製のガントレットが、ふたりの手に伸びる。

 ふたりは身体を寄せ合って叫んでいた。


「いやっ! やめてください! 何をなさるんですか!?」


「おやめください! わたくしたちの素肌を見てよいのは、お師匠様だけなのでございますっ!」


「……なんで俺が見ていいのか、よくわからんが……」


 俺はそうつぶやきながら、コートから取りだしていた石斧を一閃させる。


 ……ずどがっ、しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!!


 モナカとコトネに襲いかかろうとしていた鎧のデカブツが、横薙ぎに吹っ飛んでいった。

 その場にいた者たちの視線が、ハッ!? と俺に集中する。


「レオくん!?」「お師匠様!?」


 しかし少女たちの姿は、すぐさま鉄の門が閉じられるように、横から飛び出してきた親衛隊によって覆い隠された。


「テメェ、やりやがったな! 弱ぇクセに、いきがりやがって!」


「おい、コイツ見てみろよ! 石斧なんて持ってるぞ!」


 石斧を片手に佇む俺を見て、ゲタゲタ笑う親衛隊たち。


「ぎゃはははは! 俺たちの装備に、石で立ち向かおうってのかよ!」


「いひひひひひ! そんなのじゃ、俺たちの鋼鉄の盾に傷ひとつ付けられねぇっての!」


「ひゃはははは! 親衛隊に手ぇ出したらどうなるか、たっぷり思い知らせてやろうぜぇ!」


 俺はうつむいたまま、静かに言う。


「そっちこそ、思い知らせてやるよ……」


 顔をあげ、ギンと睨みを効かせて。


「モナカとコトネに手ぇ出したら、どうなるかってのを……!」


 腹の底から、マグマのような怒りが湧き上がるのを感じる。

 俺自身はどんな扱いを受けてもかまわないが、モナカとコトネに手を出すヤツは許せねぇ。


 俺に睨み付けられた親衛隊たちは、「ううっ……!」と気後れしたように後退する。

 しかし、そのうちのひとりが兜に覆われた頭を、ぶるんと振ると、


「無職のゴミにビビってんじゃねぇ! 俺たちはフル装備なんだぞ!

 石斧だけの原始人みてぇなヤツにナメられて、たまるかよぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!」


 盾を投げ捨て、背中に担いだ鋼鉄の戦斧を引き抜きながら、俺に挑みかかってくる。

 しかし次の瞬間、ヤツは戦いの雄叫びと断末魔を同時に響かせていた。


「死ねぎゅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 カウンターの一撃を受け、弾け飛ぶ兜に、ひしゃげる顔。

 親衛隊は巨人による拳の一撃を受けたかのように、地面にうつぶせに叩きつけられる。


 周囲にいた親衛隊たちが、まるで高所から落ちてきた人を避けるみたいに「うわあっ!?」と後ずさった。


「う、ウソだろ!? 石斧で兜を割りやがった!?」


「そんなことができるのは、俺たち戦斧使い(アックスバトラー)だけだぞ!?

 それも、かなりの高レベルの!」


「いや、どんなにレベルが高くたって、石で鋼鉄が割れるかよ!?」


 俺は、すっかり怖れおののいているヤツらに向かって言う。


「奇遇だなぁ、俺も今ちょうど、戦斧使い(アックスバトラー)気分(●●)なんだ……!」


--------------------------------------------------


レオピン


 職業 戦斧使い(アックスバトラー)


 職業スキル

  武器破壊(アクティブ)

   対象の武器を一時的、または永続的に使えなくする


  NEW! 兜割り(アクティブ)

   対象の頭部装備を一時的、または永続的に使えなくする

   クリティカル時、脳しんとうを引き起こし、しばらくのあいだ行動不能にする


--------------------------------------------------


「きっ、気分!? 気分でこんなヤベェことをやってのけたってのかよ!?」


「やっ、ヤベェ……! コイツ、ヤバすぎるっ! ばけもんだっ!」


「にっ……逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 親衛隊たちは職務をほったらかし、ガシャガシャと鎧を鳴らして逃げようとする。

 しかし重い鎧を着慣れていないせいか、すぐに躓いて転び、まるでひっくり返った亀みたいにジタバタもがいていた。


「たっ……たすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 親衛隊 誰を守るんだろう? 校長か? 治安維持名目なら憲兵隊のほうがしっくりくる [一言] 炎の7日間 つまりレオピンが、きたねえ花火を打ち上げ続ける7日間か
[良い点] レオピンがコトネとモナカに手を出そうとした生徒にブチ切れ守った事。 [気になる点] 炎の7日間とはいったい何なのか気になります。 この時点で嫌な予感がします。 [一言] 石斧が鋼鉄を割った…
[一言] いや、聖女や巫女を守るために忍者とか騎士とかが付きっきりな設定なはずなのに、ちょくちょく何かしらに巻き込まれてる気がするのは気のせいかな? 設備仕事しろ!
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