73 オネスコの夢
73 オネスコの夢
回収したドロップアイテムをコートのポケットにしまいながら、俺はオネスコの元に戻った。
オネスコはずっとトムとじゃれあっていて、いつになく楽しそうにしていた。
いつもキツく吊り上げている目も、いくぶん穏やかになったように見える。
ふと、彼女がつぶやくように言った。
「……私、聖騎士になるのが夢なんだ。
私の家は騎士の家系で、代々、偉い人に仕えているの。
私も両親から、将来は騎士になるようにって言われてて……。
最初は、そんな決められた道を歩むのは嫌だと思っていたわ」
「でも」とトムをひっくり返し、背中の毛を撫でつけながら続ける。
「中学のときにモナカ様の同級生になってから、気持ちが変わったの。
モナカ様のやさしさと、深い慈愛に触れて……。
この方をお守りしたい、って強く思うようになったの。
でも聖女様を本当にお守りするためには、聖騎士にならないといけない……」
『聖騎士』というのは、騎士の上位職のひとつである。
聖女に仕えることは騎士でも可能だが、聖域などの神聖なる場所には同行することができない。
しかし聖騎士というのは神に認められた騎士なので、聖域に立ち入ることも許されている。
もしかして、と俺は思う。
「聖騎士になるために、その原石が必要だったのか?」
「ええ、そうよ。聖騎士になるためにはいくつかの試練があるんだけど……。
いちばん最初の試練は、騎士の初期装備である剣の柄に、赤と青と黄色、3つの宝石をはめ込まないといけないの」
オネスコはそう言って、腰に携えていた剣を鞘ごと抜いて、俺に見せる。
その柄にはたしかに、宝石をはめ込むための小さな窪みがあった。
「色違いの宝石を3つもか、そりゃ大変だな」
開拓系の学園において、宝石を手に入れるのはかなり困難なことだ。
「そうね。まず見つけるのがとっても大変なの。
まず鉱山を見つけないとダメなうえに、宝石はなかなか出てこないから」
俺はその言葉を引き継ぐ。
「運良く宝石を手に入れたとしても、原石のままじゃ宝石とは認められないから、加工をしなくちゃいけない。
『宝石職人』がいなくちゃダメなんだよな」
『宝石職人』は『石工師』の上位職である。
上位職が出てくるのは開拓末期なうえに、必ず宝石職人になる生徒がいるとはかぎらない。
全身をマッサージされて満たされたトムは、オネスコの手をするりと抜け、岩の上に飛び乗った。
オネスコは名残惜しそうに言う。
「しかも聖騎士の試練はそれだけじゃないの。
聖騎士を目指している生徒はこの学園に多くいるけど、もしかしたら1人もなれないかもしれない。
でも私はモナカ様のために、あきらめずにがんばってみるつもりよ」
俺はその決意表明を、ほとんど聞いていなかった。
なぜならば、岩の上のトムに注意を奪われていたからだ。
トムは岩にツメを立てて、バリバリと引っ掻いていた。
岩はまるでウエハースのように、ボロボロと引き裂かれていく。
オネスコは驚嘆していた。
「うわぁ、トムくんって岩でツメとぎするのね」
俺にとっては、それ自体は驚くようなことじゃなかった。
ブラックパンサーのツメは木では柔らかすぎるので、岩でツメとぎをするんだ。
その光景は、森の家にいるときにも何度か見かけたのだが……。
今日は新たなる発見があった。
トムはツメだけでなく、ときおり岩をベロンと舐めている。
その舌からは無数のトゲのようなものが飛び出し、ダイヤモンドのヤスリのごとく、岩の表面をこそぎ取っていた。
俺は不審に思う。
「『ペットバトル』でトムをテイミングしたときに、トムは俺に飛びかかって顔を舐めてくれた……。
でもその時のトムの舌は、ツルツルだった……」
もしやと思いつつ、トムに近づく。
「トム、ちょっと舌を見せてくれないか?」
俺の呼びかけに、トムは「?」と顔をあげる。
毛繕いのときに呼ぶと、トムはいつも舌をしまい忘れるのだが、その時と同じ表情をしていた。
キョトンとするトムの舌をあらためる。
舌の表面から出たり入ったりしているトゲを見て、俺は確信した。
「そうか、トムの舌はツメと同じで、トゲが自由に出し入れができるんだ……!
それも、岩をも削り取るほどのトゲを……!」
俺はオネスコに向かって手のひらを向けた。
「オネスコ、さっきやった原石をちょっと貸してくれ!」
「えっ、いったいなにをするつもりなの?」
「いいから早く!」
虚を突かれた様子で差し出された石を、俺は受け取る。
それを人さし指と親指でつまんで、診察する獣医のようにトムの口に近づけた。
「トム、トゲを出してくれるか?」
トムは「ひゅあ」とへんな声で鳴いたあと、ジャキン! と舌からトゲを思いっきり飛び出させた。
それが剣山ばりの長さだったので、俺は少しビックリする。
「トゲってそこまで伸びるのか、でも、そこまでじゃなくていい。先っちょが見えるくらいでいいんだ」
するとトムは小難しい顔をしつつも、要求に答えてくれる。
金色の瞳を寄り目にすると、まるで連動するかのようにトゲを引っ込んでいく。
目の粗いヤスリくらいになったところで、俺はストップをかけた。
「よし、その長さだ。その長さのまま止めておいてくれるか?」
「ひゅあ」
俺は念のため、『石工師』に転職。
トムの舌に原石をあてがい、こすりつけるように動かしてみる。
ザリッ! と音がして、原石は削り取られた。
その滑らかな表面を見て、俺の心臓は高鳴る。
「おおっ……!? 宝石の加工は、高レベルの道具がないとできないのに……!」
「ね、ねえレオピンくん、いったい何をしているの?」
背後からのオネスコの言葉どころではなく、俺は夢中になって宝石を削る。
その間、トムは嫌がる様子もなく、虫歯の治療を受けるように口を開けてじっとしていてくれた。
「よし、これで大まかに形は整った。次はもっと目を細かくしてくれるか?」
するとトムは目を細めて、ジト目になった。
「あ、いや、そういう意味じゃない。舌のトゲをもう少し引っ込めてほしいんだ」
「ひゅあ」
トムがギリギリまでトゲを引っ込めると、舌の表面はサンドペーパーのようになる。
「よぉし、いいぞ」と俺は宝石をさらにあてがって、表面を研磨した。
「よし、できた!」
「ねぇ、できたって、なにが?」
背後の声に、俺は振り向きながら「ほら、返すぜ」と宝石を投げた。
かつて原石だったそれは表面が曇っていたのだが、今は水面のように透き通っている。
幾何学的にカットされた表面は、陽光を受けるとキラキラと輝きを振りまいていた。
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ウォーターマリン
個数1
品質レベル24(素材レベル20+器用ボーナス4)
水の精霊の力が宿った宝石。
装備品に加工、装飾することにより、水の力を得ることができる。
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「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
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