67 仲間割れ勃発
67 仲間割れ勃発
夕日に向かって走り去っていくレオピン。
その小さくなっていくシルエットを、長く伸びていく影を、泥人形軍団は呆気に取られたまま見送っていた。
しかしハッと我に返ると、
「みっ、ミート!? しまった、逃げられた!?」
「ニックバッカ先生! もしかしてさっきの話を、あのゴミ野郎が盗み聞きしてたんじゃ!?」
「そんなことはない! ヤツは自分たちのいる所から、100メートルは離れていた!
その距離でヒソヒソ話しが聞こえるだなんて、地獄耳にも程があるだろう!」
「でも、どうするんですか!? ヤツに置き去りにされたんじゃ、俺たち……!」
「み……みんなで呼び戻すんだ!」
彼らは沈みゆく夕日に向かって叫んだ。
「おっ、おーいっ! 有名人くーんっ! いい子だから、戻っておいでーっ!」
「ゴミ野郎っ、戻ってこぉーいっ!
俺たちを見捨てるなんて、冗談だよなぁーっ!?」
「そうそうーっ! もし、本当に戻ってこないっていうつもりなら、こっちにも考えがあるぞーっ!」
「そうだそうだーっ! お前のことを、明日から徹底的にいじめてやるからなーっ!」
「俺たちを敵に回したら、タダじゃすまないのはわかってるよなぁーっ!?
わかったら、大人しく戻ってくるんだーっ!」
彼らはさっきまでレオピンに泣きすがっていたというのに、少し休んだらこの有様である。
なぜここまで傲慢に振る舞えるのかというと、彼らは幼少の頃からワガママ放題に育てられてきたから。
そのため自分の置かれた状況もわからずに、身勝手な立場を振りかざしていたが……。
一向に戻ってくる気配のないシルエットに、やがて慌てはじめた。
「みっ、ミート! やりすぎた! からかわれ過ぎて、いじけてしまったんだな!?
もう有名人くんなんて言わないから、戻ってこぉい!」
「ゴミ……じゃなかったレオピーンっ! 頼むから、戻ってきてくれぇーーっ!」
「俺たちは一緒に『地獄マラソン』を走りきった仲じゃないかーーっ!
もうズッ友だよなぁーーっ! いい加減、機嫌を直してくれよーっ!」
『今更遅い』という言葉が、これほど似合う状況もないだろう。
太陽とともに、レオピンの姿は地平に消えつつある。
どんどん暗くなっていく森の中で、彼らはついにあの声を聞いた。
人とも動物とも違う、悪鬼の雄叫びを。
「ギャッ、ギャッ、ギャーッ!」
それだけで、泥人形たちは思わず飛び上がってしまう。
「うわあっ!? あっ、あの声は、もしかして……!?」
茂みが激しく揺れ、緑色の肌をした生き物が飛び出してきた。
泥人形たちは恐怖に顔を歪め、絶叫した。
「ごっ、ゴブリィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!?」
舌なめずりするゴブリンの集団に、我先にと逃げだそうとする泥人形たち。
しかし足腰が立たないので、あっという間に取り囲まれてしまう。
泥人形たちは抱き合い、声をかぎりに叫んだ。
「たっ、助けて! 助けてぇ、レオピンくぅん! いや、レオピンさまぁ!」
「友達、いや、親友の俺たちが、ゴブリンに襲われてるよぉーーーーっ!」
「やだっ、やだぁ! 来るなっ、来るなぁぁぁぁぁぁーーーーっ!
いや、レオピンくんは来てっ! 来てぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーっ!!」
「はっ、早く! レオピンくん! 早く早く早くっ!
でないと死んじゃう死んじゃう死んじゃう! 死んじゃうぅぅぅぅーーーーっ!!」
こういう窮地の場合、こんな風に叫んでいれば、普通はヒーローが駆けつけてくれるものである。
しかし彼らはもはや、何もかもが遅すぎた。
ゴブリンは泥人形たちが疲労困憊であることをいいことに、いたぶるように足蹴にしてきた。
よってたかってゲシゲシと蹴られ、泥人形たちはみっともなく泣き叫ぶ。
「いだいいだい、いだぁぁぁぁぁぁーーーーーーいっ!?」
「助けて、助けてぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!」
「お願いおねがい、許してください! 許してくださぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーいっ!!」
ふと、ある泥生徒が気付いた。
「そ、そうだ、ニックバッカ先生! 救難信号! 救難信号を打ち上げてくださいっ!」
「みっ、ミート! それはできない! だってアイツが、名前を書き換えたって言っていただろう!?」
「そんなの、ハッタリに決まってます! 仕掛け花火の文字が書き換えられるのは、『花火職人』だけです!」
「そうそう、あのゴミは無職なんですよ!? 俺たちにだってできないようなことを、あのゴミにできるわけが……!」
普通に考えればそうであろう。
しかしニックバッカには、あの一言がどうしても引っかかってしまう。
「あの状況で、ヤツがハッタリを言う意味が、どこにあるというのだ……!?
それにヤツは、まるで悪魔のような走りっぷりで、自分たちを追いつめた……!
もしかしたら……!」
そして、ついに真相のシッポは掴まれる。
それは、レオピンの超絶ぶりを目の当たりにしただけでなく……。
三度も身を持って受けた彼だからこそ、たどり着けた極地であった。
「ヤツなら、レオピンなら……!
仕掛け花火を書き換えるくらい、やってのける……!」
しかしそのシッポは、ブツリと音をたてて切れてしまう。
「おい、いつまでウダウダ抜かしてんだよ、この筋肉ダルマ!
俺がかわりに打ち上げてやるから、救難信号をよこせっ!」
「ミートっ!? 教師に向かってなんたる口のきき方だっ!? 性根を叩き直してやるっ!」
「この状況で、先生も生徒もあるかっ! おいみんな、この脳筋から救難信号を奪うんだっ!」
彼らはとうとう仲間割れをはじめる。
「くそっ、この脳筋野郎、とんでもねぇバカ力だ!」
「いでえっ、押すな! てめぇ! 俺を外に出そうとするんじゃねぇよ!?」
「てめぇのせいで、ゴミ野郎に逃げられたんだ! 責任とって盾になれよっ!」
泥人形たちがくんずほぐれつ、ボカスカと殴り合い。
ゴブリンたちは「コイツらなにしてんだ?」と呆気に取られ、蹴るのをやめてしまった。
あるゴブリンの足元に、赤い筒がコロコロと転がっていく。
ゴブリンは不思議そうな顔でそれを拾いあげ、あれこれいじりだした。
ニックバッカは残ったすべての力を振り絞るようにして、止めようとする。
「やっ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
しかし、遅かった。
彼らはもはや、万事において置いてきぼりであったのだ。
赤い筒が、シュバッ! と火を吹いた。
ニックバッカは「あっ、ああーっ!?」と、天に昇る光弾に手を伸ばす。
その表情はさながら、深い谷底に落ちていくかのようであった。
……ドドォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
轟音と無数の火花が、空で爆ぜた。
すでに暗くなった空を、花が咲いたような光が照らす。
浮かび上がった文字は、この国のどこにいても読めるのではないかと思えるくらいに、空いっぱいに煌々と輝いていた。
おねがいだから タスケテ! きょうとうセンセイに したがったボクがバカでした!
もうガクエンをやめますから タスケテくださいっ! ニックバッカ














