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63 地獄マラソン

63 地獄マラソン


 妙ないざこざはあったものの、『地獄(ヘル)マラソン』に参加する男子生徒たちは、1本のロープで等間隔に繫がれる。

 俺が「まるで囚人みたいだな」とひとりごちていると、俺の隣にはロープを結び付けたニックバッカ先生が仁王立ちしていた。


 目が合うなり、さっそく絡まれる。


「にくくくく! 『先生も参加するの!?』みたいな顔をしているな、有名人くん!」


「いえ、別に」


 俺は本当のことを言ったのだが、それがシャクにさわったようだ。

 ニックバッカ先生はずいと顔を寄せてくると、小声で凄んでくる。


「この前の体育では、よくも恥をかかせてくれたな……!

 あの時は手加減してやっただけなのだから、調子に乗るなよ……!

 自分は格闘だけでなく、持久走も得意なのだ……!

 軍隊仕込みのマラソンに、ついてこれるかなぁ……!?」


「まあ、がんばりますよ」


「そう余裕をかましていられるのも、今のうちだぞっ!」


 ニックバッカ先生は顔をあげ、校庭じゅうの生徒たちに向かって声を張り上げた。


「それでは、『地獄マラソン』を始める! この『地獄マラソン』にはコースなどない!

 この校庭を出て、最後のひとりがギブアップするまで、ひたすら北へ北へと走るのだ!

 なお、選手以外の生徒たちは自由行動とする!

 そして選手たちよ、準備運動はすんだかっ!? スタートラインに並べっ!」


 校庭の真ん中に引かれた白線の前に、ニックバッカ先生を中心として並ぶ。


「自分の合図のあとに、走りながら耳栓をするのだ!

 それではいくぞっ! 『地獄マラソン』スタートだっ!」


 その宣言が終わるより早く、不意討ち気味ドスドスと駆け出すニックバッカ先生。

 俺はそのあとに続きながら、耳栓をする。


 音が遮断される直前に、ヤジが飛んできた。


「あ~あ、あのゴミ野郎、マジで今度こそ、終わったわ……!」


「だよな、選抜されたメンバーって全員、中学のときは陸上部だったヤツだろ!?」


「ああ、あんなのと一緒のペースで走ったら、あっという間にバテて、引きずられるだろうぜ!」


「まさにゴミみたいにボロボロになるってわけか! コイツは楽しみだぜ! ぎゃはははは!」


 俺の鼓膜は下品な笑い声に汚染されかけたが、黄色い声援によって浄化された。


「がんばってください、レオくん!」「健闘をお祈りしております、お師匠様!」


 俺はふたりに手を振り返しつつ、そういえばと思いだし、準備を整える。


 『器用貧乏』の『器用な転職』スキルを発動、走るのが得意そうな職業に転職。

 さらに『器用な肉体』スキルを発動し、マラソンに必要なステータスを確保した。


-------------------------------------------------


レオピン


 職業 木工師(ウッドクラフター) ⇒ ニンジャ

 LV 16

 HP 2010 ⇒ 1010

 MP 2010 ⇒ 1010


 ステータス

  生命 201 ⇒ 101

  持久 201 ⇒ 1001

  強靱 201 ⇒ 101

  精神 201 ⇒ 101

  抵抗 201 ⇒ 101

  俊敏 201 ⇒ 1001

  集中 201 ⇒ 101

  筋力 201 ⇒ 101

  魔力 201 ⇒ 101

  法力 201 ⇒ 101

  知力 201 ⇒ 101

  教養 201 ⇒ 101

  五感 201 ⇒ 101

  六感 201 ⇒ 101

  魅力 1

  幸運 5

  器用 700 ⇒ 300


--------------------------------------------------


 とりあえず、『持久』と『俊敏』が1000もあればいいだろう。

 そして気付いたら先頭集団は学園の敷地を出ていて、俺はドベになっていた。


 目の前にはまるで犬ぞりの犬のように、俺をグイグイ引っ張る男たちの姿が。

 誰もがときおり振り返って、「見てろよ……!」みたいな、敵意でいっぱいの視線を俺に向けてきていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「おいおい、最初からそんなに飛ばして大丈夫か?」


 レオピンはそんな言葉を投げかけたが、みんな耳栓をしているので、その声は誰にも届かないはずである。

 先頭集団の生徒たちはこんな恨み節をブツブツと呟き、走るパワーに変えていた。


「くそっ、あのゴミ野郎……! そんな余裕をかましてられるのも、今のうちだ……!」


「よりにもよって、モナカ様とコトネ様をアシスタント扱いするだなんて……!」


「なんてうらやま……いや、けしからんっ……!」


「こうなったら、早い段階で、あの落ちこぼれのゴミを引きずりまくってやる……!」


「それで、徹底的にボロボロにした姿を、モナカ様とコトネ様に見せるんだ……!」


「そうしたら、ふたりとも愛想を尽かすに違いない……!」


「見てろよ、ゴミ野郎……! 俺は、走るのだけは得意なんだっ……!」


 レオピンはマラソンはあまり得意ではなかったが、他の参加選手は選抜されただけあって、いずれ劣らぬ俊足揃いであった。

 おかげで『地獄マラソン』は、のっけからかなりのハイペース。


 レオピンをダウンさせてやろうと一致団結し、ほとんど全力で疾走し続けていた。

 しかし草原を10キロほど走ったところで振り返っても、レオピンは涼しい顔。


 「クソっ……!」と意気込んで、さらにペースをあげる。

 しかし20キロ走っても、30キロ走っても、40キロ走っても……。


 レオピンは汗ひとつかかず、表情ひとつ変えずに黙々とついてきていた。

 かたや男子生徒たちは汗びっしょりで、誰もが苦悶の表情。


「はぁ、はぁ、はあっ……! も、もう、40キロは走ってるぞ!?」


「それなのになんで、平気な顔してるんだ……!?」


「ば、バケモンか、アイツ!?」


 先頭を走っていたニックバッカが、汗を迸らせながら振り返る。


「みっ……ミート! いいや、やせガマンしているだけだ! ヤツも相当辛いはずだっ!」


 彼らは耳栓をしているはずなのに、普通に会話で意思疎通をしていた。

 その理由は、もはや言うまでもないかもしれない。


「み、ミートっ! みんな、がんばるんだ! 50キロ地点には、例のものがあるっ!

 そしたら自分たちは天国で、ヤツは地獄行きだっ……!」


 そして『地獄マラソン』は50キロ地点に到達。

 そこには『休憩所』と看板のかかったテントがあった。


 テントの中ではエプロンをした教頭が、大声で手招きをしている。


「おつかれさまざます! ここで休憩するといいざます!」


 先頭集団の生徒たちは、日陰になっているテントに飛び込むと、折り重なるようにして倒れた。

 教頭は手にしていたハサミで、彼らとレオピンを繫いでいたロープをチョキンと切り離す。


 最後のレオピンも中に入ってひと息つこうとしたのだが、教頭に通せんぼをされてしまった。

 教頭がなにか言っていたので、レオピンは耳栓を外して聞いてみると、


「ここは、レオピンくんは立ち入り禁止ざます! ほぉら、ちゃんと書いてあるざます!」


 教頭が指し示したのは、『休憩所』の看板。

 下のほうに小さな文字で、『特別養成学級の生徒は利用不可』と書かれていた。


「さぁさぁ、あっちに行くざます! 優秀な生徒たちの休憩の邪魔ざます!

 落ちこぼれは炎天下で、ひとりぼっちで苦しむのがいい反省になるざます!」


 教頭はシッシッとレオピンを追い払う。

 その背後にいた生徒たちは、ウチワと水の入ったコップを手に、イヤミたっぷりに言った。


「あーっ、サイコー! この中はまるで天国だなぁ!

 ここに比べたら、外はまるで地獄だぜぇ!」


「あ~あ、こんな気持ちの良い場所に来られないだなんて、かわいそーぉ!」


「しょーがないよ、落ちこぼれなんだからさぁ!

 あのゴミ、あんな日差しの下にたら、燃えちゃうんじゃないか! ぎゃはははははは!」


 ……ドドドドド……。


 不意に背後から、なにかが迫り来る音がする。

 レオピンが振り返ってみると、それは1台の馬車だった。


 その馬車の御者席にはドマンナ先生がいて、「ハイヤー!」と手綱を打ち鳴らしている。

 レオピンの目の前まで突っ込んでくると、


「ドドーンっと、おまたせぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ……ズシャァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 馬車は横滑りしながら、横付けするように止まった。

 車体の側面に掲げられていた看板には、デカデカとこう書かれている。


『特別養成学級 専用休憩所』


「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔法があって、スキルがあって、モンスターがいて切った張ったするような世界で陸上部なんてあるのかね?笑
[気になる点] 筋力と強靭も必要では?
[一言] なる程、ドマンナ先生が助け舟を出したか。
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