59 スレイブチケット発動
59 スレイブチケット発動
教頭はキャンディーを吐き捨てると、喉を押えてのたうち回り始めた。
「ぐえっ! ぐえっ! ぐえっ! ぐえぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
キャンディー販売に群がっていた生徒たちが、潮が引いたように逃げていく。
完全なる営業妨害であった。
クルミはおろおろするばかり。
「どっ……どどっ、どうしたんですか、教頭先生っ!?」
助け起こそうとしゃがみこんだクルミの肩を、教頭はガッと掴む。
そして、地獄の淵から這い上がるように立ち上がった。
「よっ、よくもゴミを食べさせたざますね……!」
クルミはすっかり怯えて逃げようとしたが、教頭は肩を掴んで逃がさない。
土埃にまみれた顔を、覆いかぶせるように近づけると、そっと囁きかけた。
「いますぐ、このキャンディーの名前を変えるざます……!
『イエスマン・ゲッコウ・キャンディー』に……!
そうしたら、キミには多くの幸せが訪れるざます……!」
クルミは「し……幸せ?」と震え声で聞き返す。
教頭は急に、猫なで声になった。
「そうざます……! わたくしめから、賞金をあげるざます……!
そして支援者の中に、超一流の菓子職人がいるざます……!
その人物に、わたくしめから推薦してあげるざます……!」
「ちょっ、超一流の菓子職人に、すすっ、推薦……!?」
「そうざます……! そうなれば、将来は自分の店も持てて、名誉もお金もガッポガッポざます……!
キミの未来は、一気にバラ色になるざます……!」
「え、、えっと、その……」
クルミは一瞬考えるような間をおいたが、そうではなかった。
ただ単純に、教頭の態度が急変したのが怖かっただけだった。
「おおっ、お断り、します……。
こっ、このキャンディは、レオ……きゃっ!?」
肩を握りしめられ、クルミの言葉は痛みによって遮られる。
教頭の声色が一変、脅すような響きを持ち始めた。
「もし断るというのであれば、多くの不幸が訪れるざます……!
先生からは叱られ、テストは落第、クラスメイトからは無視されて、推薦は得られず……!
やっと出した店のケーキはカビて、オバケが棲み着いて、借金まみれに……!
キミの未来は真っ黒けっけになるざます……!」
クルミは気弱な女生徒なので、脅せば丸め込めると教頭は思っていた。
それを証拠に、クルミの震えは止まらなくなっている。
そのとき空は曇っていて、少女は冬山に放り出されたように身を縮こませていた。
しかし雲間から光が差し込んで、販売カウンターに並んでいた『RPGキャンディー』が輝きはじめる。
その輝きは少年の作ったキャンディーを彷彿とさせる。
その光こそが、少女にとっては太陽であった。
クルミはパッと顔をあげると、キッパリと言い切る。
「お……お断りします!
このキャンディは、レオピンシェフから教えてもらった、大切なレシピなんです!
私にとっては超一流の菓子職人よりも、レオピンシェフのほうが、ずっと偉大……!
もちろん、教頭先生よりも……!
それに私にとっては、誰よりも大切な人なんです!」
「きっ……きぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
『レオピン』の名を言い切った途端、教頭は心臓に杭を打ち付けられた吸血鬼のように絶叫した。
あれほど力強く掴んでいたクルミの肩を離し、身悶えするように後ずさる。
血を吸うのに失敗したような吸血教頭。
何事かと集まってくるヤジ馬たち。
「ぐっ……ぎぎぎっ……! ぐぎぎぎぎっ……! こっ……こうなったら、最後の手段ざますっ……!」
教頭は、タキシードの懐に手を突っ込むと、あるものを取りだす。
……バッ!
とクルミに突きつけたそれは、2枚のチケットであった。
額面はどちらも『1,000』。
前髪を垂らした少女が、自信なさげなうつむき加減で肖像画として描かれている。
「そ、それは……!」とクルミ。
「そうざます! キミが購買部で砂糖を買ったときに、支払ったチケットざます!
この手だけは、使いたくなかったざますが……。
このチケットを使って、キミに命令するざますっ!」
「ざわっ!」と周囲がざわめいた。
「お、おい、教頭がチケットで命令するみたいだぞ!」
「あれって、教師も使っていいものだったのかよ!?」
「いったい、なんの命令をするつもりなんだ……!?」
教頭はニタリと顔を歪め、ここぞとばかりに喧伝する。
「みんなも、しっかりと見ているがいいざます! ゴミに騙された生徒が、目覚める瞬間を!
わたくしめの、正義の力によって!」
チケットの1枚を、シュバッ! と天に掲げる。
「『スレイブチケット』の効果発動! 1年16組のクルミさんに命じるざます!」
あいたほうの手で、ビシッ! クルミを貫くように指さした。
「『特殊養成学級』のレオピンくんに近づくことを、今後一切禁止とするざます!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ヤジ馬が沸きに沸いた。
「れ……レオピン禁止令だ!」
「それって、一生レオピンに近づいちゃダメってことか!?
そんなの別に、痛くも痒くもないんじゃ……!?」
「そうでもないみたいだぜ! 見ろよ、クルミって子の顔!
この世が地獄になったみたいな、絶望的な顔してるぜ!」
立ち尽くすクルミの顔は、紙のよう。
教頭吸血鬼に吸い尽くされたかのように、すっかり血の気を失っていた。
クルミとヤジ馬の反応に、すっかり気を良くした教頭。
調子にのって、余計な一言を付け加えた。
「もしこの禁を破った場合、クルミさんは『追放』とするざます!」
教頭の掲げたチケットが、シャボン玉のように泡となって消失する。
これは、命令が有効になったという印である。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ヤジ馬がまた沸騰した。
「やべぇ、レオピンに近づいたら『追放』だってよ!」
「それって、すげぇヤバくないか? アイツが来たら逃げなくちゃいけないんだろ!?」
「どうやらそうみたいだぜ! 見ろよ、クルミって子の顔!
この世が天国になったみたいな顔を……あ、あれ?」
あたりがしん、としずまり返る。
渦中の少女は、なおも震えていた。
しかしその震えは、恐怖や哀しみから来るものではない。
思いがけぬ幸せに気付かせてくれた、感謝と喜びのわななきであった……!
「あ……ありがとうございます! 教頭先生!」
少女は身体がふたつに折れるくらい、頭を下げた。
教頭は「へっ?」と間抜けな声をあげる。
少女の頬は血の気を取り戻すどころか、バラ色に染まっていた。
「私、ずっと悩んでいたんです!
クラスメイトのみんなは、私を必要としてくれるようになりました!
それは、とても嬉しかったんですけど……。
心の中ではずっと、レオピンシェフのもとで、もっとお菓子作りの修行をしたいって思ってました!
教頭先生は、私の背中を押してくださったんですよね!? 夢を叶えるために、はばたきなさい、って……!」
少女は初めて飛び立つ雛鳥のように両手を広げ、颯爽と宣言する。
「私、いますぐにレオピンシェフの元に行きます! そして『追放』されます!
『特別養成学級』に入って、卒業までレオピンシェフのそばで……! ううん、ずっと一緒に……!」
「きっ……きぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
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