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58 RPGキャンディ

58 RPGキャンディ


 俺は気絶したクルミを介抱する。

 クルミは意識を取り戻すと、亀のように縮こまって頭を下げた。


「ご……ごめんなさい、れっ、レオピンさん!

 おっ、お砂糖とお水だけで、おっお菓子なんてできるわけがない、なっ、なんて言ったりして……!

 わわっ、私が間違っていました!」


「そんなこと、別に気にしなくていいから顔をあげろ」


 すると、クルミはご機嫌を伺うような様子で、チラッと顔をあげた。


「あっ……あのあの、そのっ……。おっ……お願いがあるんですけど……。

 『ゲッコウ・キャンディ』の作り方を、おおっ、教えてもらえませんか……?」


「作り方もなにも、見てただろう。砂糖水を作って、煮詰めるだけだ」


「でっ、でもでも、私はすっ、すごく不器用なので……。

 たたっ、たぶん、教えてもらわないと、つっ、作れないと思います……」


「そうかぁ? じゃあ、試しに作ってみろよ」


 そう思って、クルミに家の調理場を貸して作らせてみたのだが……。


--------------------------------------------------


 ひどいゲッコウ・キャンディ

  個数1

  品質レベルマイナス12(素材レベル4+職業ペナルティ6+失敗ペナルティ10)


  砂糖と水を煮詰めて作った粗悪なキャンディ。

  調理に失敗しており、やたらとべたつく。

  焦げ臭くて苦く、食べるとイライラする。


--------------------------------------------------


 俺はいろんな意味で衝撃を受けてしまう。


「『ひどい』なんて付いたアイテム、久しぶりに見た」


 クラフトで完成したアイテムの、品質のレベルが低いと『粗悪な』というのが頭につく。

 しかしあまりにも酷い出来だと、頭にそのまま『ひどい』が付いてしまうんだ。


 たしかこれと同じく『ひどい』と付いたチョコレートを、だいぶ前に見たような気がするんだが……。


 いや、そんな昔の話はどうでもいい。

 今はこっちの『ひどい』をなんとかしなきゃな。


 俺は、自作のキャンディを味見し、絶望に打ちひしがれているクルミに言った。


「これは、相当な特訓が必要だな。お前に、覚悟はあるか?」


 するとクルミは、ハッと顔を上げる。


「は……はいっ! もっ、もちろんです! わっ、私にお菓子作を教えてくださいっ! レオピンシェフ!」


 それから俺たちは、夕方まで『ゲッコウ・キャンディ』作りをした。

 途中、砂糖が足りなくなって、クルミが購買部に買いに走る。


 しかしそれでもクルミの作る『ゲッコウ・キャンディ』はひどいままだった。


「こ……こうなったら、徹夜で特訓だ! クルミ!」


「はいっ、レオピンシェフ!」


 クルミは、おどおどビクビクしている女の子だった。

 でもお菓子にかける情熱はひと一倍あるようで、俺の厳しい指導にも泣き言ひとつ言わずについてくる。


 何度も繰り返し作っていくうちに、『ひどいゲッコウ・キャンディ』は『粗悪なゲッコウ・キャンディ』にランクアップ。

 そして夜が明ける頃に、ついに……。


--------------------------------------------------


 ゲッコウ・キャンディ

  個数1

  品質レベル1(素材レベル4+失敗ペナルティ3)


  砂糖と水を煮詰めて作ったキャンディ。

  甘い。


--------------------------------------------------


 素っ気ない説明文ではあるものの、ついに『普通のゲッコウ・キャンディ』が完成したんだ……!


「「やっ……やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!」」


 この時ばかりはふたり揃って歓喜の雄叫びをあげ、ひしっ! と抱き合ってしまった。

 俺の胸のなかで、震えながら上目遣いを向けてくるクルミ。


 すだれのような前髪の向こうから、わずかに覗く瞳は、キラキラと輝いていた。


「ややっ、や、やりました! レオピンシェフ! つつっ、ついに私、お菓子が作れました!」


「ああ、よくやったぞ」


 俺が頭を撫でてやると、クルミは「えへへ……」と嬉しそうにしている。

 しかし急に我に返ったのか、ボンッ! と爆発するように赤くなり、俺の腕から離れていった。


「ごごっ、ごめんなさい! わわっ、私ったらつい、嬉しくって……!」


 残像が残るくらい高速に、ぺこぺこ頭を下げるクルミ。

 俺は彼女に、フライパンと木型を差し出した。


「初めて成功したお祝いだ。こいつをもってけ」


「えっ……? いっ、いいん、ですか……? そそっ、そんな、すごいものを……」


「ああ。俺はいつでも作れるからな。これでもっと修行しろ」


 するとクルミは、チワワみたいにプルプルと震えだした。


「あっ……ああっ……ありがとう、ござい、ますっ……!

 わっ……私……なにをやっても、ドジ、ノロマで……!

 みみっ、みんなから、嫌われてたんです……!」


 すだれのような前髪からは、はらはらと涙が。


「でっ、でもでも、レオピンシェフは……!

 こんな失敗ばかりのわわっ、私にも、良くしてくれて……!

 ……うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 離れたはずのクルミが、再び俺の腕に飛び込んできた。

 俺の胸に顔を埋め、幼子のようにわぁわぁと泣いている。


 俺は彼女が落ち着くまで、頭を撫でてやった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その日、夢見る少女は、初めて自分のメニューをクラスメイトに披露する。

 品質レベルがもうひとつ上がったそれは、クラスメイトたちにも好評であった。


 すぐさま、食堂の販売品のひとつとして加えられる。

 『ゲッコウ・キャンディー』は『RPGキャンディー』と名づけられ、小瓶に詰めて店先に並べられた。


 それは、開拓と学業に忙しい生徒たちに大好評。

 持ち運びやすいうえに、疲れて甘い物がほしいときに、簡単に食べられるからだ。


 『RPGキャンディー』は開拓地の新しい名物のひとつになった。

 その売れ行きを、功績に餓えた大人たちが見逃すはずもない。


「イエス! これでようやく、マトモな生徒に賞があげられるざます!」


 群れからはぐれた子鹿を見つけたハイエナのように、真っ先に飛んできたのはイエスマン教頭。

 食堂の前で売り子をやっているクルミに、満面の笑顔で話しかけた。


「えーっと、たしかキミはクルミさんだったざますね!

 わたくしめはキミの才能を、ずっと前から見抜いていたざます!」


 入学式の『能力開花の儀式』で、クルミが『菓子職人(パティシエ)』になったとわかると、イエスマンはあからさまに彼女のことを無視していた。

 しかし今や揉み手をしながら、ハエのように彼女に擦り寄る始末。


「キミの作ったお菓子には、支援者の方々も注目しているざます!

 キミのような生徒がいてくれて、このわたくしめも鼻が高いざます!

 未来のスーパー菓子職人の記念すべき最初の作品を、わたくしめも味わってみたいざます!」


「はっ、はぁ……。でっ、でしたら、並んで……」


 教頭はクルミが口下手なのをいいことに、彼女の言葉を無視。

 売り物のキャンディの瓶を取って、勝手に開けて食べていた。


「イエス! デリ~シャスざます! ほっぺが落ちちゃうざます!

 この素晴らしいキャンディーは、なんというざますか?」


「はっ、はぁ……。あっ、『RPGキャンディー』でっ、です……。

 わっ、わわっ、私がいちばん尊敬する人の、なっ、名前を取って付けました……」


「なるほどなるほどぉ! 味だけでなく、名前までデリシャスざますねぇ!

 キャンディーを作ったクルミさんだけでなく、クルミさんが尊敬するという人の、人柄まで滲み出ているようざます!」


 教頭はベタ褒めしながら、頭の中でこんな考えを巡らせていた。



 ――『R』から始まる名前で、ここまで尊敬される生徒といえば……。

 1年11組の、あのお方に違いないざます!


 ムホホホホホ!

 得点を稼ぐ、またとないチャンスが転がり込んできたざます!



 彼の舌の調べは止まらない。


「イエス! わたくしめは、とっても感銘を受けたざます!

 クルミさんの1年16組は、1ランクアップとするざます!」


 1年16組 C- ⇒ C


「さらに賞金もあげちゃうざます!

 しかもクルミさんだけでなく、尊敬するその人にも賞金をあげたいと思うざます!

 『RPGキャンディー』というのは、なんの略なんざますか?

 尊敬する人に恩返しする意味でも、ぜひ教えてほしいざます!」


「はっ、はい……! 『レオ()ピン()ゲッコウ()・キャンディー』のことで……」


「ぐっ……ぐえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 毒を飲まされたかのようにブッ倒れる教頭。

 その隣では、クルミのクラスメイトがツッコミを入れていた。


「クルミ、レオピンだったら『LPGキャンディー』じゃない?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ツッコミどころが多いところ [気になる点] だいぶ前にひどいとついたチョコレートを見たっていうのはどういうこと?鑑定スキルなくても見られるのかな。
[一言] 介抱が介錯にみえた
[良い点] 展開が予想できるのに関わらず、教頭のリアクション(ぐっ……ぐえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?)で声を出して笑っちゃいました。 格ゲーで例えたら…
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