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56 菓子職人クルミ

56 菓子職人クルミ


 マークとトムとひとしきりじゃれあった後、土いじりでもしようかと畑に向かったのだが、


「ひぃやぁぁぁぁ~!」


 門のほうから、絹の糸がほどけるような悲鳴がする。

 何事かと戻ってみると、ひとりの女生徒がブッ倒れていた。


 マークとトムが近くに寄って、フンフンとニオイを嗅いでいる。


「ああ、マークとトムにビックリしたのか。そりゃ無理もないか。なにせクマと黒豹だもんな」


 倒れている女生徒は、セミロングの頭に小さなコック帽のようなものを乗せており、前髪が目が隠れるほどにやたらと長く伸ばしていた。

 服装は、この学園の標準の制服だったが、スカートはやぼったいほどに長い。


 そして紙袋のようなものを持っており、まるで我が子のようにしっかりと抱きかかえたまま気絶している。

 俺は彼女に近づいてしゃがみこみ、助け起こした。


「おい、大丈夫か、しっかりしろ」


 ガクガク揺さぶってやると、女生徒は「うぅ……」と唸りながら目を覚ます。

 スダレのような前髪のせいでどこを見ているのかわからないが、たぶん俺と目が合ったのであろう、ビクッ! と怯えるように肩をすくめていた。


 彼女は口をぱくぱくさせながら言う。


「あっ、あのあのっ、そのっ……。くくっ、く、クマさんと、黒いライオンさんが……」


「ライオンじゃなくて豹だな。どっちも俺のペットだから安心しろ」


 マークとトムは、俺たちから少し離れたところでお座りしていて、「くぉん!」「ぴゃあ!」と鳴き返す

 それでも彼女はおっかなびっくりだった。


「あっ……あのあのあのっ、その……」


「なんだ、俺に用があって来たのか? それとも、ただ通りがかっただけなのか?」


 彼女はこくこく頷くばかりだったので、いまいち要領を得ない。


「とりあえず、中に入って水でも飲んでけよ」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 女生徒を家に招き入れ、木のコップで水を出してやる。

 彼女は紙袋は手放さず、手だけをおそるおそる伸ばしてコップを持つと、こくこく喉を鳴らして飲み干していた。


「少しは落ち着いたか?」


 声を掛けただけで、彼女はビクンと椅子から跳ねる。


「は、はいっ! あっ、あのあのあの、ありがとうございます!」


 うーん、最初はマークとトムに怯えてたから、あんなしどろもどろな口調だと思っていたんだが……。

 どうやら、これが彼女の素らしい。


「俺はレオピンだ。お前は?」


「は、はいっ! 1年16組の、クルミといいます!」


「1年16組はたしか、料理人が多くいるクラスだったな。格好からするに、お前もそうみたいだな」


 するとクルミと名乗った少女は、しゅんと肩を落とす。


「は、はい……。でもでも、わっ、私は……『菓子職人(パティシエ)』に、なってしまったんです……」


 クルミはうつむいたまま、ボソボソと語る。


「ぱっ、菓子職人(パティシエ)なんて……こっ、この学園では……誰からも、ひひっ、必要とされていません……。

 わっ、私はもうすぐ、クラスから『追放』されちゃうと、おもっ、思います……。

 つっ、つつっ、追放されちゃったら、私はもう……」


 言葉の途中、クルミは何かに気付いてハッと顔を上げる。

 髪が渦を巻くくらい、顔をぶるんぶるん左右に振った。


「あわわわっ、ごごっ、ごめんなさい! れっ、レオピンさんのことを、わわっ、悪く言ったわけでは……!」


「気にするな。それで、『特殊養成学級』の下見に来たってわけか」


「あっ、そっ、それもあるんですけど……。れっ、レオピンさんに、お願いがあって……」


 「なんだ?」と問い返すと、クルミは後生大事に抱えていた紙袋を、さらにぎゅっと胸に抱く。

 そして勇気を振り絞るように顔をあげると、


「お……おおっ、お願いします! すっ……スイートポテトを分けてほしいんです!

 つつっ、追放される前に、みっ、みんなに、甘い物を食べてほしくって……!」


 クルミは急に、夢見るような表情になった。


「……以前、レオピンさんの『焼きスイートポテト』を食べさせてもらったとき……。

 とっても、とってもおいしかったんです……。

 ひと口食べたとたん、お口のなかが黄金郷みたいになって……。

 あのときだけは、役立たずな私でも、クラスメイトと笑い合えることができたんです……。

 あのおいしさを、またみんなといっしょに味わえるなら、もう悔いはないと思って……」


 甘い物を語るときのクルミの舌は滑らかで、どもりも消えていた。


「お前、甘い物が好きなんだな」


「どっ、どどっ、どうしてわかるんですか……?」


「そりゃわかるよ。そんだけ熱く語られたらな」


 クルミは恥ずかしそうにうつむいてしまう。


「じっ……じじっ、実は、そうなんです……!

 でもでも私のお家は、げっ、激辛料理の専門店で、家族もみんな辛いもの好きで……!

 わわっ、私が甘い物が好きで、そっ、それに菓子職人だとバレたら、たたっ、大変なことに……!」


「お前の家の事情はともかくとして、スイートポテトが欲しいのならやるよ。

 でもスイートポテトを焼いただけなんて、お菓子とは言えんだろう?

 せっかく与えられたスキルなんだから、それを使って、お菓子を作ってみたらどうなんだ?」


「そそっ、それは……何度も、かっ、考えてみました……。

 おっ、お砂糖も、購買部で買ってみたんです……」


 クルミはもじもじしながら、胸に抱いた紙袋を見せてくる。

 紙袋には手書きの字で『おさとう』と書かれていた。


「ほっ、ほかにお菓子作りに使えそうな材料は、うっ、売ってなくって……。

 調理器具は、たたっ、高くて買えませんでした……。

 くっ、クラスメイトに貸してもらおうとしたんですけど、お菓子作りをすると言ったら、かっ、貸してくれなくって……。

 どっ、どどっ……道具も、材料もない状態で……。

 お砂糖だけじゃ、おっ、お菓子なんて作れませんから……」


 俺は「そうか? 俺はそうは思わないが」と即答する。

 まさか反論されるとは思わなかったのか、クルミはキョトンとしていた。


「まぁ、砂糖だけじゃさすがに厳しいが、あとは水でもあれば作れるだろう」


「そっ、それは……。『砂糖水』といって、おっ、お菓子じゃありません……。

 ごっ、ごめんなさい、生意気言って……。

 でも、でもでも、お砂糖とお水だけでつっ、作れるお菓子なんて、あるわけが……」


「ちょっと、ついてこい」


 俺はそれだけ言って立ち上がり、家を出る。

 クルミは「えっ?」と驚いた様子で、ぱたぱたと後からついてきた。


 庭の調理場に向かうと、俺はまず『石工師(ストーンクラフター)』に転職。

 コートのポケットから取りだした、ふたつの岩を見比べる。


「『グラニット石』のほうが頑丈なんだが、熱伝導率が悪いな……。

 『大王石』がベストなんだが、今は無いからしょうがない。『森林石』で作るとするか」


 素材を『森林石』に決め、以前作った『森林石のノミ』と『ギスの木槌』を使って削る。

 大きくて深めの皿のような形に加工する。


 さらに『ギスの木材』を棒状に削って、くっつけ合わせれば……。


--------------------------------------------------


 森林石とギスのフライパン

  個数1

  品質レベル34(素材レベル13+器用ボーナス6+職業ボーナス15)


  森林石とギスの木で作られたフライパン。

  加熱しても木の取っ手があるので、鍋つかみを使わなくても持つことができる。

  各種ボーナスにより、鉄のフライパンよりも軽量で、食材によく火が通る。


--------------------------------------------------


「よしできた、っと」


 ふとクルミのほうを見ると、目が点になっていた。


「えっ……ええっ……? う、うそ……?

 ふ……フライパンを、ああっ、あっという間に作っちゃうだなんて……。

 それに……ここっ、購買部で売っているのより、ずっ、ずっと立派なものを……」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 絹の糸がほどけるような悲鳴 また妙な表現を(笑)
[一言] フライパンを手作りするって・・・石器時代には、考えられない事だよな・・・。 鉄より軽く、丈夫なら、料理にも適してるし・・・。 というか、鍋つかみがないと、料理出来ないって少しおかしいような…
[一言] お菓子作りは化学です!化学です! 大事な事なので!特に大量に作る時は材料の計量と作る順番を遵守しないと美味しくはなりません! 砂糖だけじゃなく、小麦粉、卵、生乳、スパイス、果実と総合力を試…
感想一覧
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