54 開拓のはじまり
54 開拓のはじまり
俺は午後からは、居住区に遊びに行ってみることにした。
復旧作業と建築作業が一段落したので、いよいよ本格始動を始めるらしい。
「手ぶらで行くのもアレだから、お土産でも作って持っていくかな」
マークはハチミツの入ったツボを抱え、嬉しそうに踊っていた。
トムも起きだしたようなので、俺はふたりに留守を任せて出掛ける。
居住区は、隅っこにある下位ランクのクラスの敷地には、まだ瓦礫が残っていた。
でも大通りに位置する中位以上のクラスの敷地には、多くの家が建ち並んでいる。
どれも簡素な木造ではあるものの、生産職の生徒たちの工房や、商人を目指す生徒たちの店ができていた。
レストランまであって、テラス席ではノンビリとランチを楽しむ生徒たちで賑わっている。
大通りはどこも活気と賑やかさがあって、まさに開拓のはじまりという様相を呈していた。
見ていると、こっちまで元気になってくる。
「うーん、いいなぁ!
いくつも小さなエネルギーが集まって、何倍もの大きなエネルギーを生み出している、この感じ!
俺はこれを味わいたくて、開拓系の学園に入ったんだ! どれどれ……」
興味本位で、目についた店を覗いてみようかと思ったのだが……。
入口のところには、『特別養成学級の生徒、おことわり』の張り紙が。
見回すと、すべての店が、俺をお断りする張り紙が貼ってあった。
どれも同じ見た目だったので、誰かがまとめて作って配ったのだろう。
「やれやれ、俺は店で買い物することもできないのか」
と思ったのだが、1軒だけ張り紙が貼ってない店があった。
看板には『アケミのポーション屋』とあり、多くの男子生徒たちが長い行列を作っている。
「並ぶのは苦手なんだが……開店したら遊びに行くってアケミと約束したしな」
仕方なく列の最後尾についくと、看板を持っていた女生徒が「あっ」と声をあげた。
「レオピンくんは並ばなくていいですよ。
アケミ様から、レオピンくんが来たらすぐにお通しするように言われていますので。こちらへどうぞ」
俺は女生徒から先導され、まるでVIPのように行列をスルー。
並んでいるヤツらから、やっかみの声を浴びせられた。
「くそっ、無職のクセに並ばなくていいなんて……!」
「普通は勇者様とか賢者様とかの、上位職だけの特権だろ……!」
「アケミ様は、なんであんなゴミをひいきしてるんだろう……!?」
開けっぱなしの入口をくぐった先の店内は、多くの客でごったがえしていた。
棚には小瓶に詰められたポーションが並べられていて、陽の光に照らされて神秘的な光を落としている。
会計カウンターの女生徒が大声で案内していた。
「はい! ポーションを買った人は、隣の部屋に5分だけ入れますよ!
5分たったら外に出て、また並んでくださいね~!」
俺は何も買っていないのに、女生徒に導かれて隣の部屋に案内された。
そこは男子生徒たちの熱気でムンムンで、こぞって部屋の壁にある窓を覗き込んでる。
奥は錬金術の工房のようだった。
カーテンを閉め切った暗い部屋で、ロウソクの明かりだけで作業しているアケミがいる。
それはなんとも神秘的で、蠱惑的な姿。
漂ってくる香りは甘ったるく、男子生徒たちは食虫植物に吸い寄せられるハエのようだった。
「なるほど、買い物をしたら5分間、アケミが作業しているところが見られるってわけか。
そんなのを見て、いったいどうするってんだ?」
それでも、アケミファンにとってはたまらないようだった。
アケミがほんの少し、窓に向かって顔を傾けるだけで、「あっ、俺を見てくださった!」「いや、俺を見たんだよ!」と大はしゃぎ。
俺が入れるのもここまでなのかと思ったのだが、当然のように工房の中まで案内された。
窓の向こうのやっかみが、いちだんと酷くなる。
「なっ、なんで工房の中に野郎がいるんだ!?」
「アケミさんの工房は、『秘密の花園』と呼ばれているくらいのトップシークレットなんだぞ!」
「すべての男の憧れなのにっ!? それなのに、それなのに、うらやましぃぃぃ~~~っ!」
殺意がギッシリ詰まった、多くの視線がチクチク刺さる。
ものすごい居心地の悪さだったので、挨拶だけしてさっさと帰ろうと決意した。
「よぉ、アケミ。大繁盛のようだな」
「んふっ、そうみたいね」
「開店祝いだ、これをやるよ」
俺は世間話もそこそこに、コートのポケットから取りだした陶器を、アケミに差し出す。
「これは、乳鉢……?」
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グラニット粘土の乳鉢
個数1
品質レベル42(素材レベル22+器用ボーナス6+職業ボーナス14)
グラニット粘土を焼き上げたもの。
釉薬を使い、外側に花の模様があしらえられている。
各種ボーナスにより、通常の乳鉢よりも短時間で均一に、粉砕や混合が可能。
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「そうだ。さいきん陶芸を始めたんだ。乳鉢なら、錬金術の作業に使うと思って作ってみたんだ」
アケミは乳鉢の外側にある模様を見た途端、ピタッと固まった。
「あんっ、これは、もしかして……」
「そうだ、『ブラック・パープル』の花だ。釉薬に花そのものを混ぜてみたから、ソックリの色合いだろ?」
「どうして私が、この花が好きだと……?」
「どうしてもなにも、外の看板にも描いてあったじゃないか」
俺は以前、テントで作業していたアケミと会ったときに、店の看板を目にしていた。
『アケミのポーション屋』の文字といっしょに、黒紫の花が描いてあったのを覚えていたんだ。
アケミは「あはんっ……驚いたわ……」と驚嘆の溜息をもらす。
「男の人で、『ブラック・パープル』の花がわかる人が、いるだなんて……」
これも、『魔農夫』の職業スキルのおかげだ。
ロウソクの光に照らされたアケミの瞳が、水面のように反射していた。。
光沢ある唇が動き、しっとりとした言葉を紡ぐ。
「……私、ずっと心に決めていたことがあったの」
「なにを?」
「あんまり大きな声じゃ言えないから、ちょっとこっちに来て。もっと顔を近づけて、ねっ」
言われた通りにすると、アケミも顔を近づけてきて、耳に息を吹きかけるように囁きかけてきた。
「んふっ……! この花を最初にくれた男の人を、一生離さないって……!」
次の瞬間、アケミは獲物に襲いかかるクモのように、
……がばっ……!
と俺を抱きすくめてきた。
「何を!?」と思う間もなく、俺の身体はやわらかな感触に包まれる。
……チュッ、チュッ、チュッ……!
そして頬には、吸い付かれるような感触。
窓の向こうからは、爆音のような大絶叫が流れ込んできた。
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」














