52 落ちぶれゆく賢者
52 落ちぶれゆく賢者
ヴァイスは保健室から解放されると、校舎の廊下をフラフラと歩いていた。
その途中には掲示板があり、生徒で多くの人だかりができている。
掲示板にはさっそく、1年20組への沙汰が貼り出されていた。
1年20組 D ⇒ D-
ちなみにではあるが、ブラックパンサー密輸の件が明らかになった場合、1ランクダウンでは済まなかったであろう。
でもこの件に関しては、闇から闇へと葬られていた。
なぜならば教育委員会が、ヴァイスの父親に忖度をしたから。
大賢者が息子のために、秘密裏に支援を行なったとわかれば、一大スキャンダルとなっていたからだ。
ヴァイスは掲示板を見ないように通り過ぎようとしたが、ざわめきは嫌でも耳に飛び込んでくる。
「おい、見ろよ! 1年20組、またランクダウンだってよ!」
「えっ、またぁ!? 今度はいったいなにをやらかしたっての!?」
「ヴァイスが、調教師の授業で自分のペットに襲われて負傷したらしい!」
「うわぁ、ダサっ! 調教師が自分のペットに襲われるだなんてありえるの!?」
「普通はありえねぇけど、あのダメ賢者なら不思議じゃなくない?」
「しかも噂によると、無職のゴミに助けられたんだってよ! でなきゃ殺されてたかもしれないって!」
「うわうわうわ、うっわぁ~! 無職のゴミに助けられるなんて、ダサすぎるでしょ!?」
「うん! 私だったら恥ずかしくて学園にいられないわ!」
「しかも次ランクダウンしたらEランク、下位グループ入りじゃん!」
「うん! 僕だったら恥ずかしくて死んじゃうね!」
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
たまらず駆け出すヴァイス。
その日、校舎や居住区の至るところで、叫びながら走り回る彼の姿が目撃された。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヴァイスが1年20組の家に戻ったのは、日もすっかり暮れた頃だった。
食堂ではクラスメイトが夕食を終えたところで、ヴァイスの上席には、すっかり冷えきったメニューが置かれていた。
ヴァイスは汚れた顔も拭わず、ボロボロの賢者のローブを脱ぎもせず、着席すらもせずに言った。
「これは、どういうことだ」
そばの席で寛いでいたモンスーンが、ふんぞり返ったまま問い返す。
「どういうことって、どういうことだよ?」
「食事は、僕の宣言で始まるという決まりだっただろう。
それなのになぜ、勝手に食事をした?」
「そんなの知るかよ。こっちはヴァイス以外、全員揃ってたんだ」
「ふざけるな。僕は、このクラスのリーダーだぞ」
「ふざけてるのはそっちだろう。リーダーらしいことをなにひとつしてねぇクセに」
「っていうかヴァイスのせいで、またランクダウンっしょ?」
モンスーンの対面にいたキャルルが、髪の毛をいじりながら言う。
「僕はレオピンを懲らしめるために戦っていたんだ。
ヤツはみんなが想像している以上に邪悪で、この学園を混乱に陥れようとしている。
僕らのクラスの開拓が遅れているのも、ぜんぶヤツのせいで……」
「いい加減にしやがれっ!」と食卓をひっくり返す勢いで立ち上がるモンスーン。
「俺様たちのクラスの開拓が遅れているのは、ぜんぶヴァイスのせいなんだ!
賢者サマは知らねぇようだから教えてやるが、瓦礫はどうやって撤去したと思う!?
この家は誰が建てたと思う!? そのメシは誰が用意したと思う!?」
モンスーンは手のひらをかざし、食卓に座っているクラスメイトたちを示した。
「ぜんぶ俺様たちだ! 俺様たちがスレイブチケットを使って買ったんだ!
ヴァイスだけだ、スレイブチケットを1枚も出していないのは!」
ヴァイスは他人に命令されるのが何よりも嫌だったので、何かと理由をつけてスレイブチケットを提供していなかった。
ヴァイスは眉根を寄せながら、さも不快そうに言う。
「それは当然のことだろう、僕は賢者だからな。汗水を流すのは、キミたちの仕事で……」
「だったら、賢者らしく俺様たちを導いてみせろ!
ヴァイスがやっているのは、俺様たちの足を引っ張ってるだけじゃねぇか!」
「これだったら、レオピンがいたほうがマシだったし」
キャルルのその一言に、クラスメイトたちが次々と賛同する。
「うん、キャルルの言うとおりかも」
「レオピンが作ったモナカ様とコトネ様の家って、すごかったよね」
「あ~あ、レオピンがいれば、今頃はあんな家に住めたかもしれないのに……」
「そういえばレオピンって、もうスイートポテトまで育ててるんだよねぇ」
「うん、少し食べさせてもらったけど、メチャクチャおいしかった!」
「あ~あ、レオピンがいれば、今頃は食べ物にも困らなかったのに……」
ヴァイスは「黙れっ!」と吠え、食卓をズダンと叩いた。
「取り消せ、キャルルっ! レオピンがいたほうが良かっただと!?
そんなことは絶対にありえない! キミは、どうかしているっ!」
キャルルは負けじと立ち上がる。
「どうかしているのはヴァイスのほうだし!
いい加減、わかりなよ! アンタよりも、レオピンのほうが何倍も優れてるってことを!」
「け、賢者の僕よりも、無職のゴミのほうが、優れている、だと……!?」
「そうだよ! それにレオピンのほうが、何倍も何倍もあーしらのことを想っててくれた!
高みの見物なんてしてなくて、誰よりもいちばんクラスのために働いてくれた!」
クラスメイトたちはキャルルの激昂ぶりに、すっかり気後れしていた。
「ど、どうしたでヤンスか!? キャルルの姐さん!?
今まで一度だって、レオピンのことを褒めたことなんてなかったのに……!」
「あっ、あーしが褒めてるわけじゃないし! みんなが思ってることを、かわりに言ってあげてるだけだし!」
ヴァイスはうつむいたまま、握り拳を固めていた。
「と……取り消せ……キャルル……! キミの言葉は、僕の次にクラスで影響力があるんだ……!」
「言ったっしょ!? もうあーしは、アンタの言うことは聞かないって!」
「ならば今度こそ、粛正だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ヴァイスは血走った目を剥きだしにして、キャルルに殴りかかろうとする。
しかしその横っ面は、岩のような拳で醜くひしゃげていた。
首がちぎれんばかりの勢いで吹っ飛ぶヴァイス。
勝手口の扉にぶつかったものの、その勢いは衰えない。
扉を突き破る勢いで外に放り出され、外のゴミ捨て場にグシャッと叩きつけられていた。
モンスーンが開いた扉を閉めながら、
「女を殴るヤツは許さねぇって言っただろう。今日はひと晩、そうやって頭を冷やせ。
俺様もキャルルと同じで、お前には愛想が尽きた」
バタン!
と断ち切るように閉じられた扉。
生ゴミのなかで蠢きながら、ヴァイスは血の涙を流す。
「ぐっ……ぐぎぎぎぎっ……! なぜ、なぜなんだっ……!
なぜこの僕から、奪っていくんだっ……!
クラスのランクも、僕の建てた家も、クラスメイトたちの気持ちも……!
キャルルやモンスーン、それどころか、ペットや父上まで……!」
かつてないほどの敗北感と屈辱感が、彼を押しつぶそうとしていた。
しかし彼の中にある瞳の炎は、消えてはいない。
「ぜ……絶対に、許さない……! 僕は絶対に、許さないぞっ……!」
むしろよりいっそう、メラメラと燃え上がる。
彼はその炎を口から吐き出すように、天に向かって吠えた。
「……レオピィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」














