49 テイミングレボリューション
49 テイミングレボリューション
破壊神のように、俺たちの前に現れたもの。
それは、その登場の迫力にも負けないほどの、大いなる存在であった。
調教師の卵たちはパニックに陥り、ワーキャーと逃げ惑う。
「うわああっ!? クマだっ!? クマだぁぁぁーーーーーっ!?」
「しかもあのクマ、森のヌシじゃねぇかっ!?」
「なっ、なんで野生のクマが入ってこれるざます!?
『忌避』の防護魔法は、校内ではまだ有効のはずざます!」
「ああ、それは俺のペットだからですよ」
俺の言葉は『つむじ声の薬』の効果のおかげで、騒乱のなかでも届いたようだ。
ほうほうのていで逃げだそうとしていた生徒たちが、ピタリと止まった。
「う……うそだろ……? クマを調教したってのか……?」
「しかも、森のヌシと呼ばれるほどの、狂暴なクマを……?」
「コイツは狂暴じゃない。やさしいクマだよ。おいで、マーク」
俺が手招きすると、マークは「くおん!」と犬のように鳴いて、丸いしっぽをぴこぴこさせながらリングイン。
直後、モナカとコトネが息を切らしながら現れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……! やっと見つけた、レオくん……!」
「お……お待たせいたしました、お師匠様……!」
普段は走ることなんてしないであろうふたりが、全力疾走してここまでやって来たようだ。
楚々としているふたりが、汗びっしょりになっている姿はなんだか新鮮だった。
「どうしたんだ、ふたりとも? なにかあったのか?」
「そ……それはこっちの言葉です! レオくんの声で『カモン!』って聞こえたから、わたしたちを呼んでると思って……!」
「授業を途中退出させていただいて、お師匠様をお探ししていたのでございます!」
「いや、呼んだのはお前たちじゃなくて……」
「す、すげぇ……!」と背後から声がする。
「クマだけじゃなく、モナカ様とコトネ様まで呼びつけるだなんて……!」
「あのふたりを呼びつけられるのって、王様だけだと思ってたのに……!」
「しかも、あのふたりが必死になって探すだなんて、よっぽどあのゴミのことが……!」
「フン!」と、さも面白くなさそうなヴァイスの声が、ヤジ馬たちの声をかき消す。
「僕にはわかっているぞ、レオピン! キミは口に出すのもはばかれるような卑劣な手段で、ふたりの弱みを握ったのだろう!」
横から「「ちがいます!」」と当人たちに即座に否定されていたが、ヴァイスは聞く耳を持たない。
「僕は最初から見抜いていたのだ! キミは目的のためなら手段を選ばない、とんでもない下衆な男であると!
だから追放したのだ! だからこそ今こうして、粛正しようとしているのだ!」
ドマンナ先生が「もしかして、因縁の対決だったり!? メラメラ燃えるぅ!」と指をパチンと鳴らす。
「それじゃ両者のペットがドドンって出揃ったみたいだから、このままズバーンってやっちゃおう!
『ペットバトル』! レディ、ゴーッ!」
ヴァイスが先手を取るように、腰に提げていたムチを構え、ピシャリと地面を打った。
「行けっ! ブラックパンサー! まずはあの汚いクマを食い殺すのだっ!」
俺は身構えた。
パワーは圧倒的にマークのほうが上だろうが、スピードでは間違いなく相手のほうが上手だ。
下手をすると、一撃で首筋を喰いちぎられてしまうかもしれない……!
と思ったのだが、それは杞憂のようだった。
ブラックパンサーは、ヴァイスの命令を無視。
飼い主の足元で寝そべって、くぁーとアクビをしている。
「なっ、なにをしている、ブラックパンサー!?
早く立って戦え! それでもこの僕のペットか!?」
しかしブラックパンサーは、完全にお寛ぎモードのまま。
しびれを切らしたヴァイスは、とうとうムチでブラックパンサーを打ち据えた。
するとブラックパンサーは「ギャン!?」とのけぞったあと、黄金の瞳をギラリと光らせ立ち上がる。
「ようやくやる気になったか! さあっ、食らいつけ、ブラックパンサー!」
「ガオウッ!」
「って、僕にじゃないっ! 敵はあっちだっ!
うわあああっ!? やめろっ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!?!?」
なんだか喜劇のようなやりとりだったが、笑って見ている場合じゃない。
ブラックパンサーにのしかかれたヴァイスは、ツメで顔面をバリバリ引っ掻かれ、いまにも喉笛を喰いちぎられそうだった。
俺は急いでヴァイスの元に向かう。
滑り込みながら、ブラックパンサーに向かって手をかざした。
「我がものとなれっ! 調教!」
しかし「それ、無理だよっ!」とドマンナ先生。
「他人のペットには、『調教』スキルは効かないんだよ!
だから今すぐ、ダーッて逃げて! ああっ、ダメっ!? きゃぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」
その警告は、途中から悲鳴に変わる。
なぜならば、ブラックパンサーが俺にとびかかってきたから。
教頭は、バンザイしたうえに飛び上がって大喜び。
「やったざますぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーっ!
ついにあのゴミをフンギャーと言わせることに、大成功したざますぅぅぅぅぅーーーーーーーっ!!」
しかし次の瞬間、「フンギャー!?」と叫んでいたのは教頭自身だった。
「あははっ、くすぐったいって! あははははっ!」
ブラックパンサーはじゃれる黒猫のように、俺の顔をペロペロと舐めていたから。
ネコ科の動物の舌というのはヤスリのようにザラザラで、舐められると痛い。
しかしブラックパンサーの舌はツルツルで、ぜんぜん痛くなかった。
ドマンナ先生は、「う……うそ……」とへたり込む。
それどころか、調教師の卵たちも腰を抜かして驚いていた。
「な……なんでだ!? なんで他人のペットを調教できるんだ!? それだけは、絶対不可能なはずなのに!?」
「や……やっぱりそうだ! アイツは一瞬とはいえ、俺たちのペットを奪った!
アイツは伝説の調教師の技を使ったんだ!」
「ま、まさかそれって……!?」
「そう、『脳破壊・テイミングレボリューション』!
伝説の調教師だけが使える、他人のペットを奪えるスキル……!」
「奪われた調教師は、その屈辱のあまり、廃人同然になるっていう……!?
う、ウソでしょ!? ただの学生が『NTR』の使い手だなんて!? う……ウソだと言ってぇ!」
調教師の卵たちは、本当に脳を破壊されてしまったかのように、頭を押えてイヤイヤと絶叫している。
……いや、これは『NTR』なんかじゃない。
俺が思うに、ブラックパンサーは調教されたペットじゃなくて、ただのペットだったんだろう。
だからヴァイスの命令を聞かなかったし、俺の『調教』スキルが効いたんだろう。
当のヴァイスは全身がボロボロになっていて、白目を剥いて気絶していた。














