47 調教師の授業
47 調教師の授業
次の日の朝。
居住区の復旧作業の目処がたったので、授業が再開するという連絡を受けた俺は、学園へと向かう。
出掛けるときに『マークの家』を覗き込んだら、マークは丸くなってグッスリ眠っていた。
起こしたらかわいそうかなと思い、声をかけずに森を出る。
居住区はプロの業者の手が入っていて、どんどん整備が進んでいるところだった。
作業の邪魔をしないように、俺は居住区の外側を通るようにする。
そこではいくつも仮設テントが張られていて、生徒たちがなにやら作業していた。
錬金術師のアケミが、テントをひとりで借り切って、大きな鍋をかき回している。
近寄ろうとすると、取り巻きの男たちが立ちはだかった。
しかしアケミが気付いて、「んっ、いいのよ、彼は」という鶴の一声で、男たちは悔しそうに道を開ける。
アケミに近づいて「錬金術か?」と俺が問うと、「ええ」と短い答えが返ってきた。
「あはっ、もうじき居住区にお店ができるから、今はその開店準備をしているの」
錬金術師の商売といえばひとつしかない。
テントの傍らには、黒紫の花のロゴがあしらえられた『アケミのポーション屋』という看板が置いてある。
気付くと、アケミがネイルの指先を俺に伸ばしてきて、コートの肩についていたものをそっと取っていた。
「獣の毛ね」
マークのだ、と俺は思う。
「んふふ、ちょっと待ってて」
アケミは色っぽい吐息でささやくと、つまんだ毛を、そばで煮たっていた小さな鍋に落とした。
その鍋に、スイートポテトの根っこと、『ハラノボリダケ』というキノコを加えている。
かき混ぜながら、なにやら呪文のようなものをゴニョゴニョつぶやくと、
……ポンッ! と白い煙があった。
小鍋の底にはほんの僅かな赤い液体だけが残っていて、アケミはそれを慎重に小瓶に移す。
「これ、あげるわ」
「なんだこれ?」
「『つむじ声の薬』よ。口にすると、声が風に乗って遠くまで届くようになるの。
声が届く距離は、素材となった獣の咆哮の強さにもよるんだけど……。
その薬が1滴あれば、少なくとも50メートル先の相手とヒソヒソ話ができるようになるわ。
もっともその声は、50メートル四方のみんなにも聞こえちゃうけどね」
「使いようによっちゃ便利だな。いくらだ?」
「あはんっ、お代は結構よ。使った材料はぜんぶあなたから貰ったものだしね。
そのかわりというわけじゃないけど、お店が開店したら遊びに来て、ネッ」
アケミは長い睫毛を揺らし、フェロモンが漏れ出したようなウインクをする。
俺はオマケまでもらった気分になって、ありがたく薬を頂戴した。
アケミと分かれ、校舎へと向かう。
今日の午前中の授業は、『選択科目』。
校門をくぐりながら、何の授業を受けようかと考えていたら……。
俺を見つけた教頭が、ハエのように飛んできた。
「レオピンくん! わたくしめに付いてくるざます! キミが受けるべき授業の教室へと、連れていってあげるざます!」
「受けるべき授業の教室?」
「そうざます! 『特別養成学級』の生徒は未熟で、自分に合った授業もわからない、おバカさんざます!
ですから教師から授業を指示された場合は、それを受けなくてはいけない決まりがあるざます!」
「はぁ、そうなんですか? そういうことならわかりました。なんの授業なんですか?」
「それはまだナイショざます! ついてくればわかるざます!」
俺がつれて行かれたのは、学校の外れにある屋外教室だった。
まわりに厩舎や飼育小屋があったので、俺はピンと来たが、黙ってついていく。
教室は大きなテントのようなところで、すでに生徒たちが着席している。
生徒たちはみな、小動物を机の上に置いてあやしていた。
俺はいちばん後ろのすみっこの席に座らされる。
しばらくして、踊り子のような派手な衣装で、やたらとセクシーな女性が宙返りしながらやってきて、教壇に飛び乗った。
「ハァイ、私はドマンナ! 『調教師科』の先生よ! 私はペットも生徒も同列に扱うの!
良い子はナデナデ、悪い子はビシビシやっちゃうから、ヨロシクねっ!
今日はみんなの腕前を見る意味で、さっそく『ペットバトル』をドーンとやっちゃおっか!」
『ペットバトル』……調教したペットどうしを戦わせること。
調教師の実力の図るテストとしては、『ペット競走』と同じくらいポピュラーのものだ。
ドマンナ先生は生徒たちを見回しながら続ける。
「えーっと、ペットを忘れちゃったとか、まだペットを持ってないっていう、ズガーンってザンネンな子はいるかな?」
俺は素直に手を挙げた。ペットを持ってはいるが、家で寝ている。
手を挙げたのが俺だけだったので、クラスじゅうから失笑が起こった。
ドマンナ先生は「はいはい」と皆を鎮めたあと、ピッと俺を指さす。
「キミ、たしかレオピンくんだったよね? ペットが無いんだったら、今日だけは特別にババーンって貸してあげる!
ただしバツとして放課後に、ピシッとムチ打ち10回ね!」
俺は聞き間違いかと思って「えっ?」と聞き返す。
「さっき言ったでしょ! 私はペットも生徒も同列に扱うって!
ダメなペットや生徒は、ピシピシっとムチで打たなきゃね!
でもこの授業中に、ジャジャーンってスゴイところを見せてくれたら、ムチ打ちはサラッとナシにしてあげる!」
俺のすぐ後ろにいた教頭が、盛大に拍手をした。
「イエス! 落ちこぼれにはムチ! 素晴らしい教育方針ざます!
ではレオピンくんには特別に、わたくしめが大切にしているペットを貸してあげるざます!」
なんだか、話が変な方向に進んでいるというか、最初からできあがっているような気がしてならない。
教頭は足元にあった小さな筒のようなものを、触るのも嫌だというふうに、蹴って俺のところに転がした。
中には、小さなドブネズミが入っている。
窮屈な筒に詰められて動くこともできず、苦しそうにチューチュー鳴いていた。
「それを使うといいざます! ゴミとドブネズミ、まさにお似合いの取り合わせざます! ムホホホホホ!」
俺は筒を拾いあげ、とりあえずストレスの多そうな筒から引っ張りだしてやった。
調教師のスキルを使って、ドブネズミを調教……。
と、その前に『魅力』をあげとくか。
俺は『器用貧乏』の『器用な肉体』スキルを発動。
『魅力』のステータスを、とりあえず100ほど……。
……今だからこそ言おう。
俺がなんで、いつも偏ったステータス配分をしていたのかを。
『器用な肉体』は増減の配分がとても難しくて、少しでも油断していると一気にひとつのパラメーターに数値が集中してしまうんだ。
すぐそばで教頭が「ムホホホホホ!」とバカ笑いを続けているせいで、気が散ってしまい……。
俺の『魅力』はまたしても限界突破してしまった。
トップアイドル、ふたたびっ……!
次の瞬間、教室じゅうにいた生徒たちのペットたちが、大好物のように俺を見やる。
飼い主の手をふりほどき、ごわあああああああっ! っと一斉に俺のところに押し寄せてきた。
俺は一瞬にして、『動物のなる木』みたいになってしまう。
ずっと自分にベッタリで、忠実な下僕だと思っていたペット。
それをいきなり俺に奪われてしまったので、生徒たちはみな魂をひっこ抜かれたようになっていた。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
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