45 クマ殺し vs クマ
45 クマ殺し vs クマ
俺とマークが家に戻る途中、家の門から複数の人影が、中に入っていくのが見えた。
シルエットが大柄だったので、モナカたちではなさそうだ。
俺は用心のため、マークの肩から飛び降りる。
「ちょっと、ここで待ってろ。様子を見てくる」とマークに言いつけてから、そっと家に近づいた。
門の陰から覗き込んでみると、家の前には4人の男たちがたむろしている。
「おおんっ、ゴミ野郎っ、出てきやがれ!」
「この前はよくもやってくれたなぁ!」
「今日こそは、たっぷりお礼をさせてもらうぜぇ!」
うち3人はカラフルなモヒカン頭だったので、誰だかすぐにわかった。
「なんだ、チンピラ三兄弟か」
呼びかけると、「「「ああんっ!?」」」と3人同時に振り返る。
彼らはこの前、木から落ちたときの後遺症なのだろうか、首にコルセットのようなものを巻いていた。
そんな痛々しい姿なのに、威勢だけは相変わらずのようで、ノシノシと門から出てきて下品に弾ける。
「ギャハッ! そんなデケェ態度でいられるのも今のうちだぜぇ!」
「なんたって、今日は俺たちの兄貴を連れてきたんだからよぉ!」
「ブゥードルの兄貴、やっちゃってください!」
「プードル?」
彼らの後ろに控えていた、犬みたいな顔の大男が、ぬぅと前に出る。
身長は俺の倍はあり、かつてのクラスメイトのモンスーンといい勝負だった。
格好は蛮族スタイルだが、イノシシの毛皮の三兄弟とは違い、クマの毛皮を頭から被っている。
手にはクマの手を模したベアクロー。
チンピラ三兄弟が「ヒャッハー!」とイキがる。
「ギャハッ! コイツ、兄貴に完全にビビってやがる!」
「そりゃそうだろ、なんたってブゥードルの兄貴は『クマ殺しのブゥさん』って呼ばれて怖れられてるんだからな!」
「兄貴はこのベアクローで、いままで何匹ものクマを八つ裂きにしてきたんだ!」
「この森のヌシですら、兄貴を見たら逃げ出すくらいなんだぜぇ!」
ここでブゥさんは、満を持すように口を開いた。
「俺はよぉ、新しい毛皮が欲しくってよぉ……。
ヌシをかる~くシメてやろうとしてるんだがよぉ……。
あの野郎、コイツの音を聞いただけで逃げやがるのよぉ……」
ドスの利いた声で、ジャキン! とベアクローを鳴らすブゥさん。
「だからよぉ、かわりにテメーの皮でも剥がせてもらってもいいかぁ……?」
俺は何気なく尋ねる。
「でもそのベアクローって、初期装備じゃないよな?
ってことは購買で買ったんだろ?
アウトローを気取ってるわりに、購買で武器を買うなんて……」
その光景を想像するとなんとなくおかしくて、思わず笑ってしまった。
彼らの額には、すぐさまビキビキと青筋が走る。
「ふざけやがって、死ねぇぇぇぇぇ!」と毎度のパターンで襲いかかってきた。
しかし俺はなにもしていないのに、ヤツらは悲鳴とともに、後ろでんぐり返しをするように倒れてしまう。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
そして血相を変えて逃げ出し、素早く木に登ってしまった。
何事かと思っていたら、俺の背後にいつの間にかマークが立っていた。
チンピラたちは泣き笑いの変な表情で叫ぶ。
「ヒャーッ! みみみ見ろよ、あのゴミ野郎の顔を!」
「ここっ、この森のヌシであるクマに、すっかりブルっちまってるぜ!」
「あああ、兄貴にかかりゃ、あんなクマは楽勝っすよねぇ!?」
「ととっ、当然よぉ! でも、あっさりシメちゃつまらねぇだろぉ!?
だっ、だから、あのゴミ野郎がやられるところを、こっ……ここから見物してようぜぇ!」
俺はコートのポケットに手を突っ込んだまま、マークに言った。
「おいマーク、アイツら、お前をシメたいんだってよ。せっかくだから、相手してやったらどうだ?」
するとマークは、「ウォォォォォォーーーーーーンッ!!」と雄叫びをあげ、ドスドスとチンピラ三兄弟プラス1に向かっていった。
マークは背が3メートル以上あるので、木の上にも手が届く。
熊手でチョイチョイと軽く触っただけで、チンピラたちは大パニックに陥った。
「ひっ……!? ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?」
「くっ……来るな来るな来るなっ! 来るなぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
「たっ……助けて助けて助けてっ! 助けてぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」
「しっ……死にたくない! 死にたくないよぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」
彼らはとうとう臆面もなく泣き出してしまう。
これだけ脅してやれば懲りるだろうと思い、俺は「落とせ、マーク」と命じる。
マークは木にしがみつき、ゆさゆさと揺さぶって、栗の実のようにチンピラたちを振り落とした。
ぐしゃっ! どしゃっ! ずしゃっ! めきょぉっ!
骨が折れたような音とともに地面に叩きつけられる。
それでもなお逃げようとしていたが、足腰が立たずにままならなかった。
「な、なんだ……!? なんだ、アイツっ!?」
「この森のヌシと呼ばれてるクマを、飼い慣らしてるぞ……!?」
「や……ヤベえっ!? やっぱりコイツ、マジでバケモンだっ!?」
「す、すげぇ……! 俺の憧れの、クマを……!
でっ、でも今は……!」
「「「にっ……逃げろっ! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!?!?」」」
足がへんな方向に曲がったままのチンピラたちは、ほふく全身のような格好で這い逃げていった。
俺はやれやれ、と溜息をつく。
「この調子じゃ、この家を襲ってくるヤツらがまだまだ出てきそうだな……。
マーク、俺が留守の間は番をやってくれないか?」
マークは「くおん!」と元気に返事をしてくれた。
「よし、それじゃ、お前の家を作るとするか。お前の身体は大きすぎて、今の家には入れないからな。
クマはたしか、地面に穴を掘って巣にするんだよな」
俺は以前作った『森林石のスコップ』を、コートのポケットから取りだす。
家の門の前にある、開けたスペースに狙いを定め、スコップをザクッと突きたてる。
しかし、穴掘り系のスキルはまだ持ってないのでなかなかうまくいかない。
かわりにマークが熊手を使って、ザクザク掘り返してくれた。
「おお、クマは穴掘りが得意なんだな。よし、それじゃ次は俺の出番だな」
感心しているうちに穴ができたので、俺は『ギスの木材』を使って、穴の前に屋根を作った。
「こうすると、穴が崩れにくくなるんだ」
「なるほど!」と言わんばかりに、「くおん!」と鳴き返してくるマーク。
「あとは、屋根の上に土をかぶせて、っと……。
せっかくだから、屋根のところに名前も入れておくか」
俺はあまった木片の表面を削って、『マークの家』とネームプレートを作った。
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ギスの巣穴(銘品『マークの家』)
個数1
品質レベル28(素材レベル12+器用ボーナス3+職業ボーナス13)
ギスの木材で補強された、クマ用の巣穴。
各種ボーナスにより、保温性と通気性に優れ、また崩れにくい。
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マークは「くおんくおん! くおんくおーん!」と諸手を挙げて大喜び。
さっそく住み心地を試すべく、巣穴の奥へと入っていった。
ちょっと覗き込んでみると、楽しそうにゴロンゴロンと転がり、ニオイつけをしている。
不意に、背後から声をかけられた。
「こんにちは、レオくん」
「ああ、モナカか」
と俺が振り返った途端、
……ドキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
なぜかモナカは、心臓を貫かれたような表情で硬直する。
「どうした?」と尋ねると、
「すっ、すみません……! ちょちょ、ちょっと、失礼いたします……!」
モナカは数歩後ずさったあと、花のような香りだけを残し、ばびゅんっ! と近くの木陰に飛び込んでいった。
チラ見えしてるローブごしのお尻が、プルプルと震えている。
……いったいどうしたんだ?
いままでにないモナカのリアクションに、俺は一抹の不安を抱く。
彼女はなにやらブツブツつぶやいていたので、いけないとは思いつつも、『器用な肉体』のスキルを発動。
『五感』のパラメーターを高め、聴力を上げて聞き耳を立ててみた。
「……ど、どうしてなのでしょう!? レオくんが、ますますカッコよく見えてしまいました……!
レオくんはいつもすごくカッコいいのに、今日はいちだんとカッコいいだなんて……!
クラスの女生徒さんたちがおっしゃっていました、カッコいい男の子のことを『イケメン』っていうんだって……!
イケメンです……! イケメンすぎます、レオくん……!
わたしはもう、レオくんの顔がまともに見られなくなってしまいました……!
ああっ、どうしましょう、どうしましょうっ……!?
このままでは、おかしくなってしまいそうですっ……!」
イケメンなんて言われたのは、生まれて初めてだ。
俺はふと思う。
「……もしかして、『魅力』のパラメーターが高くなったせいなのかな?」














