36 土下座スイートポテト
36 土下座スイートポテト
それから俺は、居住区の生徒たちの食糧難を救うために、スイートポテトを収穫した。
『魔農夫』のスキルがあれば、野菜なんてこれからいくらでも作れる。
畑にあったスイートポテトは種芋を残して、ぜんぶ荷車に積んでやった。
荷車ひとつじゃ入りきらなかったので、追加でもう1台、荷車をこしらえる。
「俺が居住区まで持ってってやってもいいんだが、校長と教頭にしばらくは立ち入るなって言われてるからな。
誰か人手を呼んでくれるか?」
すると、アケミが取り巻きの男子生徒たちを呼んでくれる。
彼らは働きアリのように文句も言わず、重い荷車をせっせと運んでいった。
その背中を見送っていた俺に、モナカが心配そうに言う。
「あの、本当に頂いてもよろしいのですか? レオくんが、いっしょうけんめい育てられたお野菜なのに……」
「なーに、気にするな。楽しかったからいいさ」
「……レオくんは、本当に……本当に、すごいです……。
ひとりで、こんなに立派なお家を建てるどころか、わたしのお家まで建ててくださって……。
そのうえ、災害を救ってくださったうえに、食料危機まで……。
すごすぎて、わたし、もう……どうにかなってしまいそうです……!」
モナカが瞳をうるうるさせはじめていたので、俺はからかうように、彼女の頭にポンと手を置く。
「おいおい、泣き虫モナカ復活か? 泣いたときはこうやってよく、頭を撫でてやったよな」
「も、もう……わたしは泣いてなんか……」
恥じらうようにうつむくモナカ。
暴れる心臓を落ち着かせるかのように、胸を両手でギュッと押えながら、小声でボソッとつぶやいた。
「で、でも……頭は、撫でてほしいです……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
モナカ、アケミ、コトネの3人娘は、レオピンに別れを告げると森を出る。
しかし森を一歩出ると、そこには地獄が待っていた。
居住区はいまだに瓦礫に埋め尽くされ、撤去作業は遅々として進まない。
通り道だけが辛うじて開通しているものの、さながらゴミ捨て場のような有様だった。
整地され、畑まであるレオピンの家とは大違い。
アケミが呆れたようにつぶやく。
「はふぅ、どっちがゴミ捨て場だかわからないわね」
撤去作業が進まないのは、ふたつの理由によるものだった
『王立開拓学園』の生徒たちはほとんどがお坊ちゃんお嬢ちゃんなので、瓦礫の撤去作業などやったことがないからだ。
しかしそれは、些細なほうの理由にすぎない。
もっとも大きな理由が、この地をなによりも瓦礫のままにしていた。
それは、瓦礫の撤去のルール。
クラス単位で、自分のクラスの敷地内の瓦礫を除去する、という決まりで進んでいた。
生徒たちは自分のクラスのことしか考えておらず、自分たちの敷地にある瓦礫を、他のクラスの敷地にほっぽって知らん顔をしていたのだ。
ようは、ただゴミが敷地内を、行ったり来たりしているだけ……!
そのため、ランキング上位のクラスの敷地はすぐに片付いたのだが、下位のクラスの敷地にはずっと瓦礫が残ったまま。
もはやその瓦礫の中で暮らし始める者まで出始め、開拓学園というよりもスラム街のような有様になっていた。
ホームレスの生徒たちがたむろする中を抜け、3人娘は中央にあるモナカの家へと戻る。
モナカの家はレオピンの塀のおかげで何事もなかったのと、敷地が広かったので避難所のようになっていた。
荷車で運ばれてきた山盛りのスイートポテトに、「おおっ!?」と色めきたつ生徒たち。
まるで戦争中の配給を受けるかのように集まってくる。
彼らは感謝した。
「すげえ! スイートポテトがあんなに!?」
「最近ロクなものを食ってなかったから、助かるぜ!」
「さすがモナカ様とコトネ様だ! こんなに食料を持ってきてくださるなんて!」
「ありがたや、ありがたや~!」
しかしその祈りを、ふたりの少女は遮った。
「おやめになってください。このスイートポテトは、わたしたちがもたらしたものではありません」
「左様でございます。ですので、その方に感謝してから召し上がるのでございます」
「えっ!? おふたりの手柄じゃないんですか!? じゃあ、いったい誰が……?」
「レオくんです」「お師匠様でございます」
ステレオで紡ぎ出されたのは、異なる答えだった。
しかし指し示している人物は、まったく同じ……!
「レオくんは、ご自分のために作っていたお野菜を、わたしたちが困っているからといって、提供してくださいました!」
「ああっ、お師匠様は、なんと心の広いお方なのでございましょう!」
「ですからこのお野菜は、レオくんにきちんとお礼を言った方のみに差し上げますっ!」
「左様でございます! お師匠様からお許しを得た方から順に、お受け取りくださいませっ!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふぁ~あ、スイートポテトで腹いっぱいになっちまった。
ちょっと昼寝でもして、畑仕事の続きは午後からにするか」
俺は家に戻り、ベッドの上に横になる。
ウトウトしていると、玄関のドアがノックされた。
「ん、なんだ? またモナカたちか? まったく、せっかくいい気持ちだったのに……」
やれやれとベッドから起き、玄関扉を開ける。
するとそこには、見知らぬ女生徒が立っていた。
「なんだお前?」と尋ねるより早く、彼女はサッと頭を下げる。
「レオピンくん! スイートポテト、ありがとう!」
それで俺は察した。
「ああ、別に気にするな」
わざわざ礼を言いに来るとは、律儀なヤツもいたもんだ。
俺は眠かったのでさっさと扉を閉めようとしたが、女生徒は困った顔をドアの隙間に挟み込んでくる。
「あの、ちょっと! 『苦しゅうない』って言ってよ!」
「なんだそりゃ」
その女生徒が言うには、俺にお礼を言って、俺が『苦しゅうない』と言わないと、スイートポテトを貰えないらしい。
「なんでそんなことになってるかはわからんが、俺が言ったことにしとけばいいじゃないか」
女生徒が困り顔で指さした先は、俺の部屋の窓。
そこには、シノブコがひょっこりと覗き込んでいた。
「にん。モナカ様の命で、ちゃんとお礼を言ったか確認しているでござる」
「め……面倒くさいことしやがって……! お礼なんて、別にいいのに……!」
しかし女生徒は、ハラペコの仔犬のような顔で俺を見ていた。
「あー、わかったよ、『苦しゅうない』。これでいいか?」
すると女生徒は、本当に俺からお恵みをもらったかのように、顔を感謝でいっぱいにする。
「あ……ありがとう、レオピンくんっ!」
彼女はもう一度頭を下げてから、サッといなくなった。
これで静かになるかと思ったが、入れ違いに別の男子生徒が顔を突っ込んでくる。
彼はふてくされた表情で俺を見上げ、俺の言葉を待っていた。
俺がなにも言わずにいると、
「おい、さっさと『苦しゅうない』って言えよ!」
「誰が言うか」
「ふざけやがって! 『特別養成学級』の落ちこぼれのクセして、態度がデケェんだよ!」
「その落ちこぼれに、食べ物を恵んでもらおうとしてるのは、どこのどいつだ。
嫌なら無理に食べなくていいんだぞ」
「あっ……う……ウソ! ウソです! レオピンくん! お願いだから、スイートポテトを……!」
「なら土下座して、ちゃんとお願いするんだ」
「ぐっ……! こ、この野郎っ……! おっ……! お願いします、レオピンくんっ……!」
俺は、最初に来た女生徒のように、ちゃんとお礼を言えたヤツには1回で『苦しゅうない』と言ってやった。
しかし次に来た男子生徒みたいに、反抗的な態度を取ったヤツには土下座をさせる。
なかには、「ふざけんな! 誰がゴミに土下座なんかするか!」と吐き捨てて帰っていったヤツもいた。
しかし空腹には勝てなかったのか、しばらくすると戻ってきて、泣きながら五体を投げ出していた。
「お願いします! お願いしますぅ、レオピンくん、いや、レオピンさまぁ~!
俺はもう、ずっとロクなもんを食べていないですぅ! レオピンさまに見捨てられたら、飢え死にしちゃいますぅ!
うおおおんっ! うぉぉぉぉぉぉぉーーーーーんっ!」
スイートポテト1個で、ここまでプライドを捨てられるとは……。
俺は呆れを通りこして、感心すら覚えていた。














