33 賢者の醜態
33 賢者の醜態
「ぼ……僕は、失敗なんてしない……。僕のせいじゃ、ないんだ……」
ヴァイスはブツブツつぶやきながら、ゾンビのような足取りで1年20組の敷地へと戻る。
そこには、瓦礫の撤去作業をしているクラスメイトたちがいた。
ヴァイスの姿を認めると、誰もが手を休め、ムシロの針のような視線を向けてくる。
誰もなにも言わないが、態度は明らかにヴァイスを責めていた。
ヴァイスは全身にチクチクした痛みをおぼえ、たまらずに叫んだ。
「や……やめろっ、そんな目で僕を見るなっ! 壁が崩れたのは、僕のせいじゃない!」
「また、俺様たちのせいにするのかよ」とモンスーンが釘を刺すように言った。
そのつもりだったヴァイスは、先手を打たれて「グギッ」と歯噛みをする。
「き、キミたちのせいじゃないさ……」
「じゃあ、誰のせいだってんだよ?」
「そ、それは……」
追いつめられたばヴァイスは、いつにない息苦しさを感じていた。
その苦しさから逃れたい一心で、彼はとっさにある人物の名を挙げる。
「そ、そう、レオピンだ。
レオピンが、僕の活躍を妬んで、壁をこっそり壊したんだ……!」
それは口からでまかせであったが、口にしたとたん、ヴァイスの息苦しさはウソのように消えた。
そう、彼にとっては誰かに罪をなすりつけるのは、すでに呼吸をするのも同然となっていたのだ。
「なんだって!?」とクラスメイトの全員が反応。
ヴァイスは「しめた」と、さらに味をしめる。
「それはマジかよ、ヴァイス!?」
「ああ、僕はたしかに見たんだ。ヤツの手で壁が崩れ去る瞬間を」
「クソっ、あの野郎、ブッ飛ばしてやる!」
ヴァイスはレオピンを敵に仕立てあげることにより、自分の失敗を無かったことにし、さらにはクラスの心を再びひとつにした。
彼はここぞとばかりに、意気込んで言う。
「待つんだ、モンスーン。ヤツには鉄拳制裁だけでは生ぬるい。
ここはひとつ、ヤツにも同じ思いを味わわせてやろうではないか」
「なんだって? なにか考えがあるのか?」
「ああ」とヴァイスが見やった先には、派手な顔立ちをムスッとさせている少女がいた。
その少女は巻き毛に着崩した制服で、今は住む場所もままならないというのに、メイクだけはしっかりとしている。
「キャルル、今こそキミの魔法の出番だ。
自慢の『ファイアボール』をレオピンの家に浴びせてやるんだ」
「おおう!」と唸るモンスーン。
「ヤツの家を燃やしてやれば、俺様たちの苦しみが分かるってもんだよな!
キャルル! レオピンの家を、派手に燃やしてやれ!
それで外に出てきたところを、俺様が足腰立たないくらいにボコボコにしてやらぁ!」
「それはいい!」と盛り上がるクラスメイトたち。
しかしキャルルだけは、ふてくされたような表情のままだった。
「あーしはやんないし」
ヴァイスは「なに?」と眉をひそめる。
「賢者であり、クラスのリーダーである僕の命令が聞けないというのか?
ならば、それ相応の理由があるのだろうな?」
するとキャルルは視線をそらし、唇を尖らせながら言った。
「……レオピンは、人のものを壊したりしないし」
「なんだと?」
「あーしは知ってるし。レオピンは器用さだけしか取り柄のないバカで、どうしようもないヤツだけど……。
『物作り』にかける気持ちだけは、マジだったし。
他人が一生懸命作ったものは、絶対にバカにしたりはしなかったし。
だからレオピンは、壁を壊したりなんかしてないし」
「フン。キャルル、キミはずっとレオピンをからかっていたじゃないか。
そんなキミに、レオピンのなにがわかるっていうのかね?」
キャルルはそれまで斜に構えていたが、アイシャドウに彩られた瞳をキッと剥いた。
「アンタなんかよりずっと知ってるし! あーしがレオピンに手作りチョコを……!」
「しまった」という表情で、パッと口を押えるキャルル。
チークの頬をさらに赤く染めながら、慌てて言い繕った。
「と、とにかく! あーしはレオピンを信じて……!
あっ、いや、ちがっ! 家に火を付けるだなんて、絶対やんないからね!
やりたきゃ、ヴァイスが勝手にやったらいいし!」
ヴァイスの眉間が、ピクリと震えた。
「レオピンを、信じてる……? この、僕よりも……?」
その一言は、彼にとってはなによりもの屈辱であった。
平静を取り繕っていたはずの心のメッキが、音をたてて剥がれ落ちる。
「僕よりもレオピンを信じるなんて、そんなことがあってはならないんだ!
レオピンはずっと一生、ひとりぼっちじゃなくてはならないんだっ!
やるんだ、キャルル! ヤツの家を燃やせっ!」
「絶対にヤダ! 誰がアンタの命令なんか聞くもんか!」
「ぐぐっ……! ならば、こうだぞっ……!」
バッ! と拳を振り上げるヴァイス。
それは彼が初めて、クラスメイトに対して振りかざした『力による暴力』であった。
振り下ろされた拳に、ビクッ! と肩をすくめるキャルル。
おそるおそる目を開けてみると、そこには……。
腕を掴まれたヴァイスが、ワナワナと震えていた。
「は、離せ、モンスーン! いまから僕はこの女に、鉄拳制裁を……!」
モンスーンはヴァイスの腕を押えたまま、静かに語る。
「俺様は、ヴァイスのことを信じてる。だから今まで、お前の言うことには従ってきた。
だが、女を殴るのだけはいただけねぇ。
男の拳は、気に入らねぇ男をブチのめすためにあるんだからな。
もしキャルルを殴ったりしたら、お前をゴミ捨て場にブチ捨ててやる」
「ぐっ……!」
ヴァイスの目は血走っていた。
――この、ゴミめがっ! この僕を、捨てるだとっ……!?
ゴミは人間に捨てられることはあっても、人間を捨てることなんてできないんだよっ!
選ぶのはいつも、人間であるこの僕だ……!
お前みたいな粗大ゴミに、選ぶ権利などありはしないのだっ!!
ヴァイスは「離せっ!」とモンスーンの手を振りほどき、距離を取る。
クラスメイト全員と対峙するように指を突きつけた。
「僕は賢者だ! そして委員長だ!
委員長には罰則を与える権限があるのを忘れたかっ!」
……バッ! と地平に向かって両手をかざすヴァイス。
「……天よ、地よ!
賢しらなる愚者に、身の程を思い知らせよっ!」
……ゴオッ! とあたりの空気が震える。
クラスメイトたちは驚愕とともに後ずさった。
「ま、まさか、大魔法を……!?」
「や、やめろ、ヴァイスっ!」
「あ、アッシは関係ないでヤンス! アッシだけは許してほしいでヤンス!」
「ならば、ひれ伏せっ!
でなければ、消し飛べぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!」
バッ! と天に向かって両手を掲げるヴァイス。
ついに彼は、『賢者としての暴威』をクラス全体に振りかざそうとしていた。
これにはキャルルだけでなく、クラスメイト全員がビクッ! と肩をすくめる。
おそるおそる目を開けてみると、そこには……。
……ドグワッ……シャァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!
横薙ぎのフルスイングを受け、消し飛ぶように吹っ飛ぶヴァイスの姿が。
彼はそのまま、臨時のゴミ捨て場となっていたゴミの山に、頭から突っ込んでしまった。
崩れてきた生ゴミに埋もれ、尻だけを突き出し、ピクピクと痙攣している。
それは悲惨な有様であったが、クラスメイトはもう誰もヴァイスを見ていない。
いったい、誰がやったんだ……!?
と、かつてヴァイスが立っていた場所に注目する。
そこには、なんと……!
「れっ……レオピィィィィィィィーーーーーーーンッ!?!?」
その時レオピンは、丸太を肩に担いでクラスメイトたちに背を向けていた。
しかし呼び声に反応し、「えっ?」と振り向く。
少年はとぼけるような表情で、唖然とするクラスメイトたちと、哀れな姿の委員長を見回したあと、
「あっ、悪い悪い。なんか当たったと思ったら、ヴァイスだったのか」
少年はそのまま去っていく。
1年20組の面々は呆気に取られたままだったが、ひとりの少女が突き動かされるように前に出る。
「あっ……! レオ……! ありがっ……ピンっ……!」
素直になれない少女の、何度目かの感謝の言葉。
それはたったの5文字のはずなのに、少女にとっては大魔法を唱えるよりも遥かに難しいものだった。
少年は振り返る。
「……『ありがピン』? なんだそれ」
少女は少年の顔を見ることもできなくなっていて、とっさに顔を背けた。
「なっ……なんでもないし!
アンタはもう、うちのクラスの人間じゃないんだから、馴れ馴れしく話しかけるなし!」
「はいはい、わかったよ。じゃあな」
少年は再び、少女に背を向ける。
少女にはもう、再び振り絞るだけの勇気は残っていなかった。














