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59 ヴァイスとレオピン20

59 ヴァイスとレオピン20


 対岸の火事を眺めるかのようだった野盗たちの表情は一変。


「にっ……逃げろぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!!!!」


 泡を食ってハチとは反対方向に逃げようとしたが、そこでようやく気づく。

 ハチの巣の砲弾は、森の広場をぐるりと取り囲むように、着弾していたことに。


 全方位がすでに、怒りに燃えるハチの群れで壁のようになっていた。

 そのすべてが一箇所に収縮していくように、野盗たちへと迫ってきていたのだ。


 この時ばかりはキレ者のリーダーすらも、蒼白になって叫んでいた。


「うっ……うぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!?!?」


 ハチの群れは、そこにいる男たちを一瞬にして飲み込んでしまう。

 野盗たちは革の兜と鎧を身に着けていたのだが、ハチたちはわずかな隙間から入り込み、毒針を突き立ててきた。


「ぎゃあああっ!? いだいだいだいだいいだぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 風なりのような羽音と悲鳴が止まらない。

 生きたまま炎に包まれたかのように、狂ったように暴れ、そして次々と倒れていく男たち。


 それはさながら、地獄絵図のような有様であった。

 その中でひとり、ヴァイスだけは別世界にいるかのように何事もない。


 ハチたちの群れで、広場は砂嵐に包まれたようになっている。

 ヴァイスもそのただ中にいたのだが、ハチはヴァイスだけは見えていないかのように素通りし、野盗だけを襲っていたのだ。


 まるで、天国から地獄を眺めているような、不思議な感覚。

 そして、まるで世界が手品になってしまったかのような、驚きの感覚であった。


「な……なぜだ……!? なぜハチは、僕を襲わないんだ……!?」


 すると、まるで答えるかのように、何かがヴァイスの胸に当たる。

 足元に転がったそれを拾いあげてみると、木の実であった。


「これは……コンフルーツ……!?」


 ある少女の声が、ヴァイスの中でフラッシュバックする。


『この「コンフルーツ」を使ったポーションよ。コンフルーツは強い香りがあって、香水によく使われるの。

 いま机にあるのは濃縮したものよ。間違って飲んじゃうと、半年ほど寝込んでしまうわ』


「そうか……! 野盗にぶつけていた木の実は、このコンフルーツだったのか……!」


 連鎖的に、自分の言葉を思い出すヴァイス。


『ハチというのは、匂いの強いものを追いかける習性があるんだ。あの新任教師は、身なりからして香水を振りかけているんだろう』


 ヴァイスは木の実が飛んできた方向を見やる。

 木々が揺れる音がしたかと思うと、砂嵐の向こうから人影が現われた。

 それは茂みが動いているかのように、もっさりした輪郭をしている。


 それはまさに謎の影と呼ぶにふさわかしかったが、ヴァイスはもう正体がわかっていた。

 影が声を掛けてくるより早く、ヴァイスは咎めた。


「どうして戻ってきたりしたんだ!?」


 動く茂みの頭部から、いたずらな顔が覗く。


「あの子との夜のドライブと、目の前にいる親友のピンチ……どっちか大事かなんて、比べるまでもないだろ?」


 ヴァイスは納得いかない様子で「でも……!」と言い返そうとした。


「大丈夫。カノコには足こぎ車で街に向かってもらってる。今頃は衛兵に通報している頃だ」


「でっ……でも……! でもっ……!」


 ヴァイスは困惑しきり。

 助かった嬉しさと助けられた嬉しさ、そして親友の無鉄砲さに対する怒り、自分ひとりで事を処理できなかった悔しさ……様々な思いがないまぜになって、すっかり声が震えていた。


「でも……! うまくいったからいいものの、もし一歩間違ったら、大変なことに……! レオピンまで捕まったりしたら、僕は……僕はっ……!」


 動く茂みのような少年は、ニカッと笑った。


「熱い情熱を持つ前に、冷静であれ。どんな時でも冷静になって、最大限の効果をあげられる行動をしろ。……これは、俺がいちばん尊敬するヤツが教えてくれた言葉だ」


 それから夜明けになって、『母忘れの山』には多くの衛兵たちが到着する。

 ヴァイスとレオピンが手分けして縛り上げた、全身腫れあがった野盗たちが引き渡された。


 衛兵たちの話によると、港で出荷されようとしていた聖女たちは、全員助かったそうだ。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「う……ううっ……く……暗いざます……! なにも、見えないざます……! の、喉が……喉がっ……焼けるみたいに、熱いざます……!」


「な、なにか……ポケットに、入ってるざます……! なにか、わからないざますけど……! このまま死ぬなら……!」


「んぐっ……んぐっ……! ふ……ふわぁぁぁっ……!? ち、力が湧いてくるざます!? ひどかったケガも、ウソみたいに……!?」


「これ、なんざます? ……ああっ、これはまさか『エリクサー』!? なんで伝説の秘薬といわれたものが、わたくしめのポケットに……!?」


「そ、そうざます! きっと、正しく生きるわたくしめを見て、女神様が授けてくださったざます! 女神はおっしゃっているざます、『生きよ』と……!」


「はっ!? こうしてる場合じゃないざます! 庭師の言っていることが本当なら、母上様を止めないとダメざます!」


「子供たちは、この国の宝……! それを金儲けに使うだなんて、ぜったいに許せないざますっ!!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「お久しぶりまざーず、ヴァイスくんのお父様。勲章受勲のパーティ以来まざーずねぇ。お父様だけでなく、息子さんのヴァイスくんも素晴らしい活躍をしてくれましたまざーず」


「名門の聖女を救うだけでなく、貧民街の聖女たちまで救うだなんて……ヴァイスくんは、我が小学校始まって以来の賢者候補まざーず」


「はい。わたくしめのほうは本当に災難だったまざーず。うちの息子がシーズンオフの屋敷を使ってあんなことをしてただなんて……。まあ野盗たちに騙されていたようですから、今回は厳重注意だけですんだまざーず」


「……まあ、裏からいろいろと手は回したんまざーずけどねぇ」


「そんなことより、ヴァイスくんは邪骸布どころかエリクサーまでお屋敷から持ち出していたそうまざーずねぇ。でも今回の活躍で帳消し……いや、少しオマケが必要かもしれないまざーずねぇ」


「そこで、いい話があるんまざーず。『最上級職育成合宿』をご存じまざーず? 最上級職のなかでも、ごく一分の選ばれたご子息のみしか受けることのできない、特別合宿まざーず」


「その資格が特別に確保できたまざーずから、今回は特別に、ヴァイスくんを推薦させていただこうかと思っているまざーず」


「それは願ってもないことまざーず? そうまざーず。あの合宿は、期間はたった半年だというのに、見違えるようになるまざーず」


「家庭でも学校でも、手の付けられないヴァイスくんでも……きっといい子になって帰ってくるまざーず……!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「これは、俺からみんなへのプレゼントだ、受け取ってくれ」


「おっ、すげぇ!? 首飾りじゃん!?」


「すてき! レオピンは本当に手先が器用ね!」


「しかもお揃いのデザインだなんて、これから一緒に進学する私たちにピッタリだよ!」


「うむ、レオピンがいてくれたら、僕たちのクラスはナンバー1間違いなしだな」


「レオピン! 僕たち、高校生になってもズッ友だよね!」


「当然だろう。これなら離ればなれになっても、いつでもレオピンのことが思い出せる。これから僕が行く『最上級職育成合宿』は、とても厳しいところだという……。でもこの首飾りがあれば、きっと乗り越えられる。レオピンがそばにいてくれるんだからな」


 ヴァイスは俺に拳を差し出しながら、微笑んだ。


「だって僕たちは、無敵のコンビなのだから……!」


 ……それから半年後、中学卒業を控えた頃に、ヴァイスは戻ってくる。

 俺は拳を差し出して出迎えたのだが、ヴァイスは拳を合わせてはくれなかった。


 あの微笑みは変っていない。

 でもなぜか俺は、瞳の奥に蔑みのようなものを感じたんだ。


「レオピン、いまなら勇者様がカノコさんにしていたことの意味が、わかるような気がするよ。勇者様は本気で、カノコさんを手に入れようとしていたんだ」


「手に入れる、だって……?」


「ああ。ひとりぼっちになりたくないから、人は従うんだ。社会、組織、仲間……すべての人間は、従っているんだよ。では、集団ではなく個人に従わせたい場合、どうすればいいと思う?」


「それは、立派な人間になるとか……?」


「それもあるが、もっと絶対的な方法がある。それは、孤立させることだ。周囲から排除されるように仕向けて、誰からも相手にされなくするんだ」


「ヴァイス、なにを言って……」


「本当の孤独を知った人間は……最後に手をさしのべてくれた人間に、忠誠を誓う……。永遠に、ね……!」

『ヴァイスとレオピン』、これにて終了です!

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― 新着の感想 ―
[一言] こんないい子がどうしてあんな糞に…… と思ったら、そういうことかー! 許すまじ……
[一言] ちょと長いわ笑
[気になる点] 即堕ち2コマ? [一言] これなら『紫キノコ大量摂取キノ〜〜〜〜〜!』とかでも良かったかな……。 いやほんと、本編ではなく番外編でやるか『最初っからあのノリで書く』べき。
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