57 ヴァイスとレオピン18
57 ヴァイスとレオピン18
野盗たちはお互いを縛りあい、数珠繋ぎとなった。
最後にリーダーが残ったのだが、それはヴァイスが縛ることにする。
「キミは下賤の者にしては機知に富むようだな。今まで捕まらなかったのも納得がいく。特別に、この僕が引導を渡してやろう」
「うう……お手柔らかに、お願いします、賢者様……」
リーダーはすっかりしおらしくなっていて、両手をヴァイスに差し出す。
その両手首にヴァイスは縄をかけたのだが、次の瞬間、
……ドゴオッ……!
ヴァイスの頬には、鉄拳がめりこんでいた。
「ぐわっ!?」
渾身のその一撃は、ヴァイスの身体を木の葉のように吹き飛ばす。
手下たちは「ええっ!?」と仰天する。
「お頭!? ヴァイス様に、なんてことを!?」
「そんなことをしたら、消し炭になっちゃいますよ!?」
しかしリーダーは、元の豪胆さを取り戻していた。
「さっきの炎はハッタリだ! コイツは、俺たちをハメやがったんだ!」
「えええっ!?」と二度ビックリの手下たち。
リーダーは「うう……!」と這いずるヴァイスの元へと向かい、上からのしかかった。
「な……なにをするっ!? 本当に、消し炭にするぞっ!」
「やれるもんならやってみろよ! このペテン師野郎っ!」
リーダーは取り押さえたヴァイスのポケットに手を突っ込み、ふたつの石を取りだしていた。
手の中でクルミのようなこすりあわせてみると……。
……ボンッ!
と、見覚えのある炎が噴き上がった。
「コイツだ! コイツがペテンの正体だ!」
手下たちの間に、驚愕が走る。
「お……お頭、どうしてわかったんですかい!?」
「このペテン師野郎が俺の手を縛り上げるときに、指先を見たんだ! そしたら、右手の人さし指と親指に、粉みたいなのが付いてやがったんだ! それでピンときたんだ! コイツはもしかして、火薬みたいなのを指に付けてるんじゃねぇか、って!」
そう、ヴァイスはまたしても、ハッタリをかましていた。
屋敷の厨房でスープを作ったときに、レオピンが貸してくれた火打ち石。
ヴァイスは使ったあと返し忘れて、そのままポケットにしまっていたのだ。
そのアイテムを使って無詠唱魔術を演出し、賢者という立場を使って魔術の天才少年であることを信じ込ませるのに成功していたのだが……。
あと一歩……!
最後の最後というところで、逆転されてしまった……!
せっかく縛り上げた手下たちも解放され、ヴァイスはふたたび取り囲まれてしまう。
野獣と化した男たちは、ランタンを片手に人間サッカーに興じる。
「へへ……! テメーがペテン野郎だとわかりゃ、もう怖くねぇぜ!」 ガスッ! 「うっ!」
「おらおら、どうした、賢者様よぉ! 俺たちを、消し炭にするんじゃなかったのかよ!」 ドスッ! 「ぐふっ!」
「クソがっ! 俺たちを騙したらどうなるか、たっぷり思い知らせてやるぜぇ!」 ゲシッ! 「あぐぅ!」
よってたかって蹴り嬲られ、ヴァイスは亀のように縮こまっていた。
その様子を眺めていたリーダーは、ヴァイスが血を吐くような悲鳴を漏らし始めたところで、「そこまでだ!」と手下たちを制する。
「逃がしたガキどもが街に戻って通報してたら、夜が明ける頃には衛兵が来るはずだ! そろそろずらかず準備をするぞ!」
「えっ、このガキはどうするんですかい? まさか、このままにしておくわけじゃ……」
リーダーは「そんなわけねぇだろ」と手下たちを押しのけ、倒れているヴァイスにそばにしゃがみこむ。
ヴァイスの髪の毛を掴んで、無理やり上を向かせていた。
「うう……!」
「へへ、いい男になったじゃねぇか。それに、俺をここまで追いつめたヤツは、テメーが初めてだぜ。だから、選ばせてやるよ」
「な……なん、だと……?」
「ここで死ぬか、俺たちといっしょに来るか……好きなほうを選びな」
手下たちは「お頭!?」と耳を疑う。
「そんなガキを連れてくんですかい!? 売り物になるわけでもねぇのに!?」
「コイツはお前たちと違って、数倍頭が切れる。それに普通は人を騙したら、心のどこかにやましい気持ちがあって、それが表情に出るもんだ。だがコイツは、人を騙すことをなんとも思っちゃいねぇ、天性のペテン師だ。育てりゃ、最高のワルになるぜぇ」
「でもそれじゃ、示しがつきませんぜ!」
「ああ。だからコイツは俺たちの仲間じゃなくて、奴隷として飼う。首輪で繋いで逃げられないようにして、身の回りの世話から汚れ仕事まで、ぜんぶコイツにやらせるんだ」
「そりゃいい! 賢者を奴隷にできるだなんて、最高じゃないっすか!」
「さすがお頭! キレっキレっすねぇ! あっしらは、一生付いていきますぜ!」
リーダーは「だろう?」と口角を吊り上げ、ふたたびヴァイスに問う。
「さぁ、ヴァイス、奴隷にしてくださいと懇願して、靴を舐めるんだ」
数年後の少年であれば、これほどの理不尽の前には、すぐにギャン泣きして靴を裏まで舐めしゃぶって命乞いをしていただろう。
しかしいまの少年には、そこまでの脆弱さはない。
「ふ……ふざけるなっ……! ぼ……僕は、賢者……だっ……!」
「そうかい、じゃあ……死ぬか?」
首筋に押し当てられた刃物に、少年は初めて死というものを意識する。
刃物ごしに震えを感たリーダーは、あと一歩で落ちると確信、ドスの利いた声で、さらに追いつめた。
「それじゃあまず、俺たちに楯突いたことを謝れ。そして、二度と俺たちには逆らわない、絶対服従の奴隷になると誓え」
少年の震えは傍目にも見てわかるほどに大きくなっていた。
潤んだ瞳から、血の混ざった涙をあふれさせている。
やがて、生きたまま腸を引きずり出されるような、苦悶の嗚咽を……。
「う……うぐっ……! うぐぐっ……! ご……ごめ……!」
リーダーは「してやったり」と、ニヤニヤが止まらない。
しかし水を差すように、どこからともなく声がした。
「謝る必要はない」














