56 ヴァイスとレオピン17
56 ヴァイスとレオピン17
ヴァイスはこれまで、ハッタリでいくつもの窮地をくぐり抜けてきた。
マザーズ教頭の差し金によって、クラスメイトから袋叩きにされそうになっていたレオピンを救ったのも、ハッタリである。
不意打ちでボコボコにした上級生たちをクラスに連れて行って投げ込むことにより、クラスメイトたちにケンカの達人だと誤解させる。
そんな相手とやりあって勝てるわけがないと、クラスメイトたちを退かせていた。
錬金術師からの、ふたつのポーションを提示されたときも同じである。
胸にエリクサーという万能薬を忍ばせているからこそ、あそこまで大胆不敵な行動に出ることができて、女の心を動かせたのだ。
そんなヴァイスにとって、『聖女狩り』のリーダーは思わぬ強敵となる。
ヴァイスのハッタリを、状況分析と論理的な思考、そして庭師としての経験で、見破ってみせた。
先ほどまで逃げ腰だった手下たちは、すっかり息を吹き返す。
じりじりとヴァイスににじり寄り、包囲網を狭めつつあった。
ヴァイスにとって、絶体絶命のピンチ。
しかし決して取り乱すことはない。
少しでも動揺を見せてしまったら、あとはなだれ込まれるだけ。
だからこそヴァイスは、笑みすらも浮かべる。
「そこまで言うなら、見せてやろう……後悔するなよ?」
その大胆不敵さを保っているおかげで、一気に攻め込まれることだけは、かろうじて防げていた。
ヴァイスは自然な動きでポケットに手を突っ込む。
彼はハッタリの名手であったが、同時に、さまざまなアイテムの使い手であった。
なにか使えるものはないかと、湖の白鳥のバタ足のように、必死になってポケットをまさぐる。
指先が、冷たい感触の布にあたる。
――邪骸布は、もうただの布きれだ……!
たとえ使えたとしても、出した時点で、僕が消えたトリックがバレてしまう……!
そうなれば連鎖的に、僕が魔術が使えないことが、明らかになってしまう……!
指先が、冷たい感触の瓶にあたる。
――エリクサーか……!
これを差し出したところで、ヤツらは奪った上に、僕を殺そうとするだろう……!
飲みながら戦ったところで、結果は火を見るより明らか……!
ヴァイスの背筋に、冷たいものが走る。
――つ……詰みっ……!?
もうなにをしても、この窮地を脱出する方法はないのかっ……!?
「おやおやぁ? 賢者さま、顔色が悪いようですなぁ? お得意の魔術、そろそろ見せてくれませんかねぇ? いままでのことは、ぜんぶハッタリだって言うんじゃないでしょうなぁ?」
絶望に染まりつつあった少年の顔を見て、リーダーはからかう。
しかし次の瞬間には、最高の笑顔で返り討ちにあう。
「フッ……! そこまで言うなら、見せてやろう……!」
……バッ!
少年は、ポケットに突っ込んでいた右手を、高らかに掲げる。
そして、
……パチンッ!
と指を鳴らした。
夜の森の乾いた音が響き渡った瞬間、
……ボンッ!!
指先から、爆炎が噴き上がった。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
そのあまりのインパクトに、取り囲んでいた野盗たちが花開くように、バタバタと倒れる。
「なっ、なななっ、なんだっ、いまの……!?」
「指を鳴らしただけで、炎が出やがったぞ!? それも、ヤベェくらいにデカイのが……!」
リーダーは倒れることはなかったが、足がすっかり震えていた。
「まっ……ままま、まさか……!? いまのは、『無詠唱』……!?」
「よく知っているな。人さらいのリーダーにしておくのはもったいない」とヴァイス。
「『高速詠唱』はあくまで詠唱を早めるだけにすぎず、詠唱自体はかならず行なわなくてはならない。だが『無詠唱』は思うだけで、魔術の行使ができる……」
ざわめく野盗たち。
「う、うそだろ!? そんなヤベェ力、あってたまるかよ!?」
「でも、お頭も知ってたぞ! それに、目の前でやってのけたじゃねぇか!」
「思うだけで魔術が使えるだなんて、もう人間兵器じゃねぇか!」
「そう」とヴァイス。
「だが僕はまだまだ未熟でね。力をうまく制御することができないんだ。レオピンや先生を巻き込む可能性があるから、攻撃魔術は使えなかったんだ」
「だが」と一歩前に踏み出る。
「いまなら、思う存分力が試せる……! なにせ、消し炭になってもいいというモルモットたちが、こんなにもいるのだからな……!」
「ひっ……ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
リーダーはとうとう腰を抜かし、手下たちは抱きあって怯えはじめる。
彼らはニヤリと笑う少年に、悪魔の面影を見てしまい、たまらず命乞いをした。
「う゛ぁっ……ばばばば、ヴァイス様! ごごごご、ご無礼をどうか、お許しくださいっ!」
「あっ……ああああ、あっしらは、お頭に言われて、むっ、無理やり従わされてたんでさぁ!」
「ささっ、どうぞどうぞ! この男でしたら、好きなだけこんがり焼いてくだせぇ!」
「てっ、テメェら!? 裏切りやがったな!?」
「テメーみたいな男に、最初から忠誠心なんてねぇよ!」
「そうそう、金が儲かるからいっしょにいただけだ!」
「その点、ヴァイス様はすばらしい! 一生、ヴァイス様についていきます!」
ヴァイスはさらわれてきたネコのように大人しくなった野盗たちを見下ろし、鼻を鳴らした。
「ふん。いざとなったら我が身かわいさに、仲間を売る……。貴様らのような者たちは、消し炭にする価値もないな。でもだからといって、見逃すわけにはいかない。しっかりと罪を償ってもらおう」
「そっ……そんなぁ!? あっしらが罪を償ったら、間違いなく極刑でさぁ!」
「あまり、僕の手を煩わせるな。大人しくお互いを縛りあい、街まで歩いて行くんだ。それが嫌なら……」
ヴァイスは野盗たちの鼻先でパチンと指を鳴らし、彼らの鼻を炙った。
「僕の魔術で地獄に直行させて、悪魔に裁かせてやってもいいんだぞ?」
「ひっ……ひぎぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!?!? つっ……罪を、償いますぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーっ!!!!」
野盗たちは先を争うようにして、お互いを縛りはじめた。
その様子を見て、ヴァイスは人知れず安堵する。
――勝った……! これで、すべてが終わった……!














