55 ヴァイスとレオピン16
55 ヴァイスとレオピン16
時は少し遡る。
ヴァイスとレオピンは、新任教師のマントに包まれ、暗闇のなかにいた。
外からは野盗たちからの怒号と、蹴りによる地震のような衝撃が鳴り止まない。
本来はそれらは自分たちに向けられるべきものだと、ふたりは痛いほどに理解していた。
「顔も名前も知らない先生だし、マザーズ教頭の息子というから、てっきり嫌な先生だと思ってたのに……」
「俺たちは先生のこと誤解してた! なんとかして、先生を助けないと!」
レオピンは力任せに身体よじらせ、身体を縛るロープをなんとか緩めようとする。
しかし子供の力では、大人の、しかも他人を縛ることはお手の物のワルたちの束縛から逃げられるはずもない。
「くっ……ぜんぜんダメだ……!」
「よし、僕に任せろ」
目の前にいたヴァイスはそう言って、レオピンの背中に手を回していた。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
レオピンは思わず絶叫しそうになり、口を塞がれる。
「しっ、静かに! 騒いだら気づかれるだろう」
ヴァイスに咎められ、レオピンは声を殺して尋ねた。
「ど……どうやって、縄を抜けたんだ? 俺がいくらやっても、びくともしないのに?」
「縛られるときに、後ろ手に空間を作っておいたんだ。そうすると両腕の間に隙間ができるから、縄を緩めやすくなるんだ」
「そ、そんなこと、どこで……?」
「図書館の本に書いてあった」
ヴァイスは言いながら、レオピンの縄を途中まで緩める。
そして、ポケットから布を取りだした。
「それは……邪骸布?」
「ああ。カノコさんの捜索を行なうにあたって、いざという時のために、持ち歩くようにしてたんだ。いいか、レオピン、僕はコイツを被って姿を消す」
このコンビはいままで、イタズラに際していろんな作戦を立てていた。
ヴァイスの口調から、作戦説明だと察したレオピンは、「うん」と素直に頷き返す。
「上にいる先生がいなくなったときに、野盗どもは僕が消えたと騒ぐだろう。僕は消えたわけじゃなくて、その場にまだ残っていることになる。それに、姿を消したところで形は残るんだ」
「触られたら、バレるってことだな」
「ああ。それに僕たちは野盗に取り囲まれているから、バレずに逃げるのは難しい。だからレオピン、キミがオトリになるんだ。野盗たちが驚いているスキに、納屋の外に向かって逃げるんだ」
「そしたら野盗たちは、俺を追いかけてくるだろうから、ヴァイスはフリーになるってことか」
「その通り。そのスキに俺が起き上がって、姿を消したままカノコさんを助け、足こぎ車を回収する。それまでにレオピンは、なんとかして納屋の外まで逃げ切ってくれ。あとは、足こぎ車で合流すれば……」
「そのまま逃げ切れるってわけか! でも……」
「なんだ?」
「その邪骸布、あと1度使ったら、ただの布になっちゃうんじゃないか?」
「ああ、そうだろうな」
「いいのか? オヤジさんにメチャクチャ怒られるんじゃないか?」
レオピンのその言葉に、ヴァイスの頭に父親の顔がよぎる。
一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの不敵さを取り戻す。
「何度も言わせるなよ。僕が跡継ぎになったら、この布も僕のものになるんだ。それに今回は僕の命も危ないんだ。父上だって許してくれるさ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして、数分後。
ヴァイスは、邪骸布がただの布になったと知った父親の顔を思い浮かべ、顔をしかめていた。
しかしそれも、すぐに中断させられる。
「どうやら、ヒーロー気取りなのはレオピンだけじゃねぇみてぇだなぁ!」
どやどやと納屋から出てきた野盗たちは、森の広場でヴァイスを取り囲んだ。
「コイツもマジで変ってるぜ! 庶民のガキと聖女を、自分を犠牲にして逃がすなんてよぉ!」
「普通は逆だろうが! 庶民のガキを置き去りにして、聖女としっぽりやるもんだろうが!」
「まあ、どっちにしても結果は同じなんだけどな! お前も庶民のガキも、どっちも捕まってブチ殺されるんだ!」
「おい、馬を出せ! あのガキどもを追いかけろ! 馬なら街に着くまでに追いつけるはずだ!」
手下のひとりが馬にまたがろうとしたところを、冷徹なる制する。
「どうやら、命が惜しくないらしいな」
ヴァイスは不敵な上目で、野盗たちを射貫いていた。
野盗たちはキョトンとしたあと、また例の下卑た笑い声をあげる。
「ぎゃははははは! 聞いたか今の! 『命が惜しくないらしいな』だってよ!」
「そりゃこっちの台詞だっちゅーの! まさかそんなことで、俺たちがビビると思ってんのかよ!」
「どうやら、恐怖で頭がイカれちまったらしい、ぎゃははははは!」
ヴァイスを嘲りをものともせず、野盗たちを憐れむような表情で見回していた。
「ふん。これだから下賤なる者は困る。僕がその気になれば、お前たちを葬ることなど簡単だ。捕らえていたはずの人質が、なぜここに立っているのかを忘れたのか?」
その口調があまりにも自信に満ちていたので、野盗たちの笑いはトーンダウンしていく。
「はは……は……。そ……そういえば、コイツは、消えやがったんだ……!」
「消えたうえに瞬間移動して、聖女を助けやがった……!」
「あれは、魔術だったんだ! コイツは賢者だって言ってたからな!」
「そ、そうか! だからひとりでここに残るなんて言ったのか!」
「このガキが本気になれば、これだけの人数を相手しても、簡単に……!?」
恐れおののき、後ずさる野盗たち。
ヴァイスの表情はクールであったが、内心はホットであった。
――よし……! あとひと息だ……!
あとひと押しすれば、僕は魔術が使えると勘違いして、ヤツらは逃げ出すはず……!
しかしその思いをあざ笑うように、嘲笑が降り注ぐ。
「がははははは! そんなのは、ハッタリだ!」
手下たちが振り返った先には、納屋から出てきたばかりのリーダーがいた。
「よぉく考えてみろ! ソイツが消えたのは事実かもしれんが、なんでそんなまどろっこしいことをした!? 簡単に葬れるのなら、俺たちを殺すほうが手っ取り早いはずだ!」
――バレた……!
ヴァイスは人知れず歯噛みをする。
しかし表情には出さず、駆け引きを続けた。
「ならば貴様から、消し炭にするとしよう」
「ほぅ、そうかい! 俺は庭師をやっているときに、屋敷の来客をさんざん見てきたんだ! その中には魔術師もいて、庭で魔術を披露することがあったんだ! 魔術は威力が高いものほど、長い詠唱を必要とする! 仮ににテメーが魔術を使えるとしても、唱え終わる前に取り押さえりゃいいだけのことだ!」
リーダーは挑発的に親指を立てると、「それでテメーはオシマイだ!」とクイッと下に下げた。
言い返そうとするヴァイスを遮って、一方的にまくしたてる。
「それともテメーは、高速詠唱ができるっていうのか!? 高位の魔術師でもひと握りのヤツしか持ってねぇスキルを使えるっていうのか!? なら、見せてもらおうじゃねぇか!」
リーダーは立てていた親指で、胸をドンと突いた。
「さぁ、やってみろよ! 消し炭にする魔術とやらを! どうせ無理だろうがな! がははははは!」
次回は掲載を1週お休みさせていただきます。
再開は 6月7日(火) の予定です。














