54 ヴァイスとレオピン15
54 ヴァイスとレオピン15
納屋の中には、怒声とストンピングの鈍い音、そしてくぐもった悲鳴が交互に響いていた。
「俺たちはなぁ、テメーみたいな坊ちゃんが大嫌いなんだよ!」 ドスッ! 「ぐふっ!」
「おらっ! ヌクヌク育ってきやがって、死ねっ!」 ガスッ! 「がはっ!」
「これ以上痛めつけられたら、一生入院生活だぞ! それでもいいのかよっ!」 ゴスッ! 「うぐっ!」
「さっさとあきらめて、ガキどもから離れろっ! でねぇと死ぬぞっ!」 ドムッ! 「うぎぃ!」
しかし新任教師は、いくら野盗たちから蹴られても、決して子供たちを離さない。
大切な宝物のようにマントで包み込み、砂埃ひとつ付けさせなかった。
彼は数日前、ハチの群れに刺され、顔が包帯まみれになった。
その傷もようやく癒えかけていた矢先、足こぎ車に跳ねられてしまう。
夢だった小学校への就任も先送りにされ、馬車もメチャクチャにされた。
それなのに、それなのに……。
彼は、その元凶を作った子供たちを、命懸けでかばっていた。
悪しき大人たちの、理不尽なる暴力から。
野盗たちは最初は娯楽感覚で新任教師を蹴っていた。
数発蹴ればすぐに音を上げて、泣きながら子供たちを差し出すだろうと思っていた。
しかし、酔いが覚めるほどに蹴り続けても、新任教師はキックの雨に打たれ続けたのだ。
自分の命を犠牲にしてでも我が子を守る、父親のように……!
とうとう野盗たちは汗びっしょりになり、肩で息をするようになった。
「はぁ、はぁ、はぁ……! なんて野郎だ……!」
「な……なんで、なんでなんだ!? なんでこんなになってまで、ガキどもかばうんだ!?」
「いくら自分の教え子だからって、このままじゃマジで死んじまうぞ!」
「な……なんなんだよ、この男は……!?」
荒い気のなかに、しんみりとした空気が混ざる。
ふと、ひとりの野盗がつぶやいた。
「すげぇな、コイツ……」
「ああ。俺たちがガキの頃に、こんな先生がいてくれたらな……」
「こんな先生に教わっていたら、俺たちも、道を踏み外さずにすんだのかも……」
「も、もう、やめようか……」
しかし「バカ野郎っ!」と怒声が割り込んできた。
傍観者であったリーダーが、肩をいからせドスドスとやって来る。
「坊ちゃんの考えが変らなかったら、衛兵にチクるかもしれねぇ! そしたら、俺たちは斬首刑になっちまうだんぞ! こんなクソ坊ちゃんのために、死にたくはねぇよなぁ!?」
リーダーは手下たちを押しのけ、渾身のシュートを放つように、足をおおきく後ろにふりかぶった。
「となりゃ、殺すまでだっ! ……死ねぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!!!」
……ドスゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーッ!!
新任教師はリーダーの強烈なキックを受け、引き剥がされるように吹っ飛んでいった。
納屋の壁に叩きつけられ、泡を吹いて倒れる。
「へっ、最初からこうすりゃよかったんだ。さぁてこれで、ガキどもを……」
リーダーは、倒れている新任教師を見たあと、足元に視線を落とす。
しかしそこには、信じられないものがあった。
なんとそこにいたのは、ひとりの少年だけ……!
「なっ……なにぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
野盗たちの間に驚愕が走る。
「け……賢者とかいってたガキのほうが、いなくなっちまった!?」
「たしかにガキはふたりいたはずなのに!? どこへ行ったんだ!?」
「まさか、消えちまった……!?」
「そんなはずは……! ああっ!?」
野盗たちが驚いているスキに、レオピンは飛び起きる。
起き上がった拍子に、身体に巻き付いていた縄ははらりとほどけていた。
レオピンは野盗たちの合間をぬって、納屋の外に向かって走り出す。
「な……縄を抜けやがった!?」
「バカな!? きつく縛っておいたはずなのに!?」
「バカッ! そんなのはどうでもいい! 捕まえろっ!」
リーダーから一喝され、野盗たちはみな、泡を食って走り出した。
足の速さでは大人たちである野盗のほうが上で、レオピンとの距離はぐんぐん縮まっていく。
あとレオピンの首根っこが掴まれるといったところで、背後から声がした。
「ご苦労だった、レオピン!」
「だ……誰だっ!?」
野盗たちは立ち止まり、振り返る。
そして、さらなる驚愕の光景を目撃する。
納屋の奥のほうには、少年たちが乗ってきた足こぎ車があった。
その席には、麻袋をかぶせられたままの少女が座っている。
そして、その隣には……。
「う゛ぁっ……ヴァイスぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
なんと、忽然と消えたヴァイスが、いつの間にか聖女を奪還。
悠然と、足こぎ車の上にいたのだ……!
「な……なんで!? なんでなんでなんで!? なんでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!?!?」
狂ったように叫ぶ野盗たち、しかしリーダーだけは冷静だった。
「き……きっとなにかタネがあるに違いねぇ! とっ捕まえて吐かせるんだ!」
レオピンを追っていた野盗たちは反転し、ヴァイスめがけてまっしぐら。
ヴァイスは余裕たっぷりで、ポケットから取りだしたハンカチでメガネを拭いていた。
助手席の少女に声をかける。
「モニカさん、まわりが見えなくて怖いかもしれないが、もうすこしだけ辛抱してくれないか。あなたのような心の美しい聖女が見るには、耐えないものが向かってきているのでね」
そして、鷹揚に飛び立つ鷹のように、ゆっくりとペダルをこぎ始めた。
「だがここを出たら、夜空のドライブとしゃれこむといい。大好きな人と、ね……!」
ヴァイスの足こぎ車は一気に加速。
その勢いに驚いてしまい、野盗たちも思わず飛び退いて道を開けてしまう。
邪魔がなくなった足こぎ車は納屋を突っ切り、外の森まで出ていたレオピンと合流。
レオピンは走る足こぎ車に飛び乗ったが、入れかわるようにヴァイスが飛び降りてしまった。
「行け、レオピン!」
「ヴァイス、なにを!?」
「ここで逃げても、ヤツらは馬で追ってくる! だから僕がここで、アイツらを食い止める!」
「そんなムチャな!?」
「次に捕まったら、逃げるのは不可能になる! だから、キミたちだけでも逃げるんだ!」
「ヴァイスを置いていけるかよ! いっしょに……!」
「それに港には、今夜出荷される聖女たちがいるんだ! いまから急いで街に戻って、衛兵に知らせれば助けられる!」
「で、でも、ヴァイスは……!」
「熱い情熱を持つ前に、冷静であれ……! その言葉を忘れたか、レオピン! どんな時でも冷静になって、最大限の効果をあげられる行動をするんだ! ふたりで得たチャンスを……!」
そこでヴァイスはぐっ、と言葉を飲み込む。
納屋の奥に見えるボロ雑巾のような影を見やりながら、声をかぎりに訴えた。
「僕とレオピン、そして先生……! 3人で繋ぎ止めた、最後のチャンス……! 無駄にしないでくれ、頼むっ!」
すがるようなヴァイス。
レオピンはついに、リレーで最後のバトンを受け取ったアンカーのように走り出す。
こんな窮地であるというのに、ヴァイスはその背中を、やりきった様子で……。
そして、穏やかな笑顔で見送っていた。
「うまくやれよ、レオピンっ……!」














