53 ヴァイスとレオピン14
53 ヴァイスとレオピン14
カノコ誘拐事件の真相。
その衝撃の事実は、3人を打ちのめしていた。
ヴァイス、レオピン、そして、新任教師。
新任教師は、実の母親が犯罪者とわかり、大きなショックを受ける。
ガックリと膝から崩れ落ち、まだ信じられない様子で首をオロオロと振っていた。
「そ……そんなはずはないざます……! 母上様にかぎって、そんな……!」
リーダーの男は新任教師に近づくと、ぽん、と肩に手を置く。
「このことは、お坊ちゃんの一族みいんな知ってることでさぁ。坊ちゃんだけが、知らされてなかったようで。
そのショックの受け方からすると、マザーズ様のおっしゃってたことは、本当だったようですねぇ」
青ざめた顔をあげる新任教師に、リーダーはサディスティックな笑みを返す。
「お坊ちゃんは、一族始まって以来の落ちこぼれなようですねぇ。成績は優秀みたいですけど、寝言ばっかり言ってるって、マザーズ様がおっしゃってましたぜぇ」
リーダーの慇懃を装った声に、無礼さが混じる。
「当然、ここで見たことはぜんぶ、黙っててくださいますよねぇ? 坊ちゃんはマザーズ様の計らいで、いいとこの小学校の教員になれたんでしょう? もしこのことをバラしたりしたら……わかりますよねぇ?」
新任教師はワナワナと震える。
自分の信念と将来、どちらを取るか葛藤しているかのようであった。
やがて、天秤がおおきく傾くように……その拍子に、心までへし折られてしまったかのように……。
ガックリうなだれ、動かなくなかった。
それを承諾の意思ととったリーダーは、手下たちに告げる。
「よぉし、坊ちゃんから、宴のお許しが出たぜ! 屋敷の中から酒をもってこい! 高そうなのを、ありったけ全部だっ!」
「いやっほーっ!」
手下たちはそれまで、雇い主であるマザーズの屋敷には一切手を出さなかった。
しかしマザーズの弱みの一端を握ったとわかるや豹変、屋敷の窓ガラスを割って中に押し入り、我が物顔で物色する。
やがて、高価そうな美術品やワインが持ち出され、納屋では宴会が始まった。
そしてついに少年たちに、魔の手が伸びる。
酒をあおっていた野盗がふたりに近づくと、まずはレオピンの腹を力任せに踏みつけた。
……ドスッ! 「ぐはあっ!?」
縛られた身体をくの字に折って、悶絶するレオピン。
「や……やめろっ!」と制止したヴァイスも、続けざまに顔を踏みにじられていた。
そばにいた新任教師は抜け殻のようになっていたが、銃声を聴いたように顔をあげる。
「な……なにをするざますか!?」
「なにって、決まってるだろうが! 酒のツマミを楽しんでるんだよ!」
相伴にあずかるように、他の野盗たちも酒瓶片手に近づいてくる。
「それに、コイツらは俺たちの顔を見ちまったからなぁ!」
「そうそう! なにもかも忘れちまうキノコを使ったってのに、アジトまで突き止めやがった!」
「となると、生かして帰すわけにはいかねぇよなぁ!」
「だからこうして、楽しく死んでもらおうってわけだ!」
「ほんとはあの聖女のほうが楽しめるんだが、あいつは勇者様のお気に入りだからなぁ!」
野盗たちは転がっているレオピンとヴァイスを取り囲むと、一斉に足を振り上げる。
お互いをかばいあうように、寄り添うレオピンとヴァイス。
「これ以上、レオピンに手を出してみろ! 絶対に許さないぞ! この僕が、相手になってやるっ!」
「や……やめろっ! ヴァイスは賢者だぞ! 殺したりしたら、大変なことになるぞっ! やるなら、俺をやれっ!」
野盗たちは「ぎゃははははは!」と嘲笑する。
「これって、美しい友情、ってやつかぁ?」
「こういうのをメチャクチャにするのが楽しいんだよなぁ!」
「そうそう! ボコボコにしてやったら、今度は相手を犠牲して、自分だけ助かろうとするんだ!」
「それに、この山にはゴブリンもいるんだ! ソイツらに殺されたことにすりゃ、足もつかねぇ!」
「ゴブリンの群れに放り込むときの命乞いが最高なんだよなぁ! 今夜は、最高にうまい酒が飲めそうだぜぇ!」
「おい野郎ども、相手はガキなんだから、いつもより手加減しろよ。でねぇとコロッといっちまうからなぁ!」
「へへ、わかってるって! ……せぇーのっ!」
号令とともに、無垢なる気持ちを踏みにじるような一撃が振り下ろされる。
……ドスゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーッ!!
ブーツのつま先が、衣服を通して肉や骨を突きあげる。
しかしその感触は、野盗たちが想像していたものとは少し違っていた。
彼らの足元には、なんと……。
ヴァイスとレオピンに覆い被さる、新任教師の姿が……!
この狂宴を、椅子に座ってほろ酔い気分で眺めていたリーダー。
しかし、酔いが一気に覚めてしまったかのように立ち上がる。
「ぼ……坊ちゃん!? なにしてるんでさぁ!?」
新任教師は、ヴァイスとレオピンを抱き寄せながら叫んだ。
「こ……この子たちは、わたくしめのクラスの生徒たちざます! もうこれ以上、傷付けさせないざます!」
「坊ちゃんは、自分の立場がわかってるんですかい? そんなクソガキをかばったりしたら、ますますマザーズ様から見放されちまいますよ……」
「か……かまわないざます! この子たちは、将来の宝ざます! わたくしめの将来なんかより、ずっとずっと大切ざます!」
「そんなクソガキが、宝になるわけないでしょう。せいぜい、ガラス玉がいいとこでさぁ。ヴァイスとかいうガキはともかく、そっちのレオピンとかいう庶民のガキはゴミにしかならねぇ」
「家柄なんて関係ないざます! 王族も貴族も、庶民も貧民も、同じ子供ざます! 等しく教育を受け、健やかに育ち、自由な未来に羽ばたく権利があるざます! 子供たちを、等しく守り育てる……! それが教育者であるわたくしめの使命ざますっ!」
リーダーは呆れ果てた様子だった。
「やれやれ、お坊ちゃんが寝言ばかり言うってのは、どうやら本当のようですねぇ……」
手下たちはそれ以上蹴るわけにもいかず、指示を待つようにリーダーを見る。
リーダーはアゴをさすって思案するような顔をしたあと。
「この話をしてやりゃ、マザーズ様も坊ちゃんを見限るに違ぇねぇ。それに、ちょっと痛めつけてやりゃ音を上げて、すぐにガキども手離すだろう。……やっちまいな」
納屋のなかに「ひゃっほーっ!」と蛮声が響く。
そして狂宴は再開された。














