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52 ヴァイスとレオピン13

52 ヴァイスとレオピン13


 『母忘れの山』の中腹あたりには、森に囲まれた一軒の別荘があった。

 別荘は閉ざされており、人の気配はない。


 しかし庭外れにある大きな納屋からは、賑やかな笑いが漏れ聞こえていた。


「ぎゃははははは! やっと出荷が終わったぜぇ!」


「これでまた、しばらく遊んで暮らせるな!」


 祝杯をあげる、むくつけき男たち。

 その上座には、麻袋をかぶせられた少女が縛り付けられていた。


 昨日までは純白だったローブも、いまや踏みにじられた雪のように汚れている。


「しっかし、このお姫様は変ってるよなぁ!」


「そうそう! 相当な名門だってのに、あんな貧民街の聖堂に行くだなんてよ!」


「でもおかげさまで、仕事がやりやすくて助かったぜぇ!」


「それに、貧民の聖女たちを蹴たぐったときは、必ずコイツがかばってくるんだ!」


「おかげでコイツのローブがいちばん綺麗だったのに、さんざん蹴られてこの有様ときてる!」


「バカなやつだ! 出荷されるときも、最後まで叫んでたよなぁ! かわりにわたしを出荷してください、って!」


「残念だったなぁ、お姫様! お前さんが必死になってかばってたヤツらはもうここにはいないんだよ!」


「いまごろは港で、仲良く船に積み込まれてるところだ! 今日の真夜中頃にはこの国を立ってるだろうなぁ!」


 少女は自由のきかない身体をイモムシのように蠢かせて叫ぶ。


「むーっ! むーっ!」


「なに、連れてけだって? バーカ、お前さんはアイツらよりも、もっともっと遠い遠い国に行くんだ!」


「そうそう! そこで裸にひん剥かれて、酷い目に遭わされるんだぜぇ!」


「怖いか? 怖いだろう!? ぎゃははははは!」


 ……ドッ……ガァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 爆音のような音とともに、納屋の両開きの扉がなぎ倒された。

 噴煙とともに、馬車の荷台だけが走っているような、不思議な乗り物が突っ込んでくる。


「な、なんだなんだ、なんだーっ!?」


 男たちがパニックに陥っている間に、乗り物は男たちのテーブルのまわりを旋回。

 円を描くようなドリフトをかますと、土煙がもうもうとあがる。


 男たちは突然の火事に見舞われたように、煙のなかを逃げ惑っていた。。


「な、なにが、どうなってんだ!?」


「あっ……!? 聖女がいなくなってる!?」


「ど……どこへ生きやがった!?」


 男たちがあたりを見回すと、乱入してきた乗り物は出口へと走っていた。

 その座席には、椅子ごとかっさらわれた聖女が……!


「ち……チクショウ! なんだあれは!?」


「そんなことよりも、追いかけるんだ!」


「絶対にこの山から逃がすな! とっ捕まえて、ブチ殺すんだ!」


 男たちは血眼になって乗り物を追いかける。

 しかし謎の乗り物はふたりがかりで漕いでいるのか、信じられないほどのスピードだった。


「はっ……はぇぇっ!? ぜ、ぜんぜん追いつけねぇぞ!」


「や、やべえっ!? このままじゃ逃げられちまうぞ!」


「逃げられたらオシマイだ! 俺たちはもう、オシマイだぁ!」


 男たちの顔が絶望に染まる。

 乗り物は差し込む光に向けてまっしぐらに走っていた。


 もはや、止められるもは誰もいない……!


 かに思われたが、


「……ざますぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 外のほうから、一台の馬車がバウンと跳躍、天からの使者のように、納屋のすぐ前で着地。

 謎の乗り物に負けないほどのドリフトを披露し、納屋の出口を塞ぐ。


 御者席には顔に包帯を巻いた紳士が座っていた。

 冬用のマントを羽織っていて、その姿は謎の正義の味方のよう。

 マントを翻して御者席の上に立ち、見栄を切るように叫んでいた。


「さあっ、もう、逃げられないざますよ! 大人しく、お尻ペンペンされるざます!」


「やっ……ヤバいっ!?」


 乗り物にはふたりの少年たちが乗っていて、あわや馬車と衝突する寸前で急制動していた。


「な……なんでここが!?」


 驚愕する少年たちに向かって、紳士は勝ち誇ったように言う。


「公園にいた女の子から、キミたちがこの山に向かってるって聞いたざます! わたくしめの馬車にイタズラするだけでなく、わたしめの家が所有する別荘まで、イタズラしに来るだなんて……!」


 紳士はふと、納屋の奥からどやどやと駆けてくる男たちの存在に気づいた。


「おや? 別荘はシーズンオフで、使用人もいないはずなのに……なんで、人がいるざますか?」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 母忘れの山に着いたヴァイスとレオピンは、山の中腹にある別荘へとたどり着く。

 そこの中庭にある納屋に、カノコが囚われているのを見つける。


 どうやら、この納屋が『聖女狩り』の野盗のアジトのようだった。


 その様子を納屋の入口から覗き込んでいたヴァイスとレオピンは作戦を講じる。

 足こぎ車で乗り込んで、混乱に乗じて一気にカノコをかっさらうという奇襲を敢行。

 あと一歩のところで、救出は大成功に終わるところだったのだが……。

 ふたりを追いかけてきた新任教師によって、退路を断たれてしまう。


 結局、ヴァイスとレオピンも囚われの身に。

 ヴァイスとレオピンはカノコと引き離され、縛り上げられたうえに地面に転がされていた。


 野盗たちはレオピンの顔を見るなり、驚きの声をあげる。


「おい……よく見たらコイツ、貧民街の聖堂であったヒーロー気取りの小僧じゃねぇか……!?」


「マジかよ!? キノコを食わせたってのに、なんで……!?」


「それにここは衛兵ですら突き止められない秘密の場所だったんだ! なんで、こんなガキどもが……!?」


 殺気立つ野盗。しかしリーダーらしき男が、皆をなだめる。


「まあそう慌てるな。もう出荷は終わったから、聞き出す時間はタップリある。コイツらを痛めつけながら飲む酒ってのも悪くないぜ」


 少し離れたところでポツンと立っていた新任教師が、ふと、リーダーに話しかける。


「あの……ちょっといいざますか? キミは、うちの屋敷で働いている庭師ざます?」


 表の顔は庭師、裏の顔は『聖女狩り』のリーダーだった男は、慇懃に一礼する。


「別荘を使うシーズンでもないのに、まさか坊ちゃんがこんな所に来るとは思いませんでした。ハチに刺された傷は大丈夫ですかい?」


「ああ、腫れもだいぶおさまって、もうすぐ包帯も……って、そんなことはどうでもいいざます! なんで、うちの別荘にいるざますか?」


 するとリーダーは「えっ?」と意外そうな顔をあげる。


「お坊ちゃんは、マザーズ様からなにも聞いてないんですかい?」


「へっ? 母上様?」


 リーダーは、納屋のすみっこで蠢いている、椅子に縛り付けられたままの少女を指さした。


「マザーズ様から、あの聖女をさらうように頼まれたんでさぁ」


「ええっ!? 母上様が、そんなことを……!?」


「へぇ。どうやら勇者様のお気に入りらしくて、勇者様に媚びを売りたかったんじゃないですかねぇ」


「そ……それはなにかの間違いざます! わたくしめの母上は小学校の教頭をつとめている、立派なお方ざます! 子供を守りこそすれ、さらうだなんてありえないざます!」


「あれあれ、知らなかったんですかい? 俺たちゃ、今回は名門の聖女をさらいましたけど、普段は貧民街の聖女をさらって売っ払ってるんですぜ? その元締めは、マザーズ様なんですけどねぇ。だからこうして、別荘の納屋を使わせてもらってるんでさぁ」


「そ……そんな……!」


 カノコ誘拐事件。

 それは当初、貧民街の聖女と間違われ、『聖女狩り』に巻き込まれたものだと思われていた。


 だが、意外や意外っ……!

 それは最初から仕組まれたもので、その首謀者なんと……マザーズ教頭っ……!?

『器用貧乏』第2巻の発売日が決定いたしました!

2022年 7月 8日(金)

となります!


そして表紙もできあがりました!

このあとがきの下をごらんください!

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