50 ヴァイスとレオピン11
50 ヴァイスとレオピン11
錬金術師のテントを出るなり、レオピンはヴァイスに食ってかかっていた。
「なんであんなことをしたんだ!? ポーションをふたついっぺんに飲んだりしたら、なにが起こるかわからないんだぞ!?」
「なんだ、そんなことを心配していたのか」
「そんなこと、って……!? 下手したら死んでたかもしれないんだぞ!?」
「錬金術師のテントで、錬金術師が勧めてきたポーションなんだぞ。もし飲んで死ぬようなことがあったら大変なことになるからな。そう考えれば、最悪の事態にはならないことがわかるはずだ」
ヴァイスはポケットからあるものをチラ見せしながら続ける。
「それに、最悪の事態になった時のことも、ちゃんと考えてあったんだ」
それは、飲みかけのエリクサーだった。
レオピンはどっと脱力する。
「なんだ……エリクサーがあるんだったら早く言えよ……」
「それをあの場で言って、ポーションを飲み干したところで、あの女は教えてくれないんじゃないかと思ってな」
「それはそうかもしれないけど……」
「心配かけて悪かったな。なんにしても、一歩前進だ」
「そういえば、キノコの棲息場所なんか調べてどうするつもりなんだ?」
「僕ですら知らなかったキノコを、人さらい風情が知っていたんだ。ということは、その棲息場所に長く住んでた者じゃないかと思ったんだ」
「あっ、そういうことか! じゃあ、『母忘れの山』に、カノコが……!?」
「その可能性は高いな」
ヴァイスはレオピンが脊髄反射のように飛び出して行くことを見越していたのか、その肩をむんずと掴む。
「『母忘れの山』は歩いて行くには遠すぎる。それにもうすぐ夕方だ。いまから出発したところで、夜道に迷うだけだぞ」
「でも……!」
「今日のところは家に帰ろう。そして明日の朝までに、お互いで移動手段を考えるんだ。焦っては事をし損じる……熱い情熱を持つ前に、冷静であれ、だ」
「わ……わかった……」
レオピンはしぶしぶ納得する。
ふたりは乗り合い馬車を使い、住み慣れた街へと戻った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日の朝。
ヴァイスは書斎のなかで、立たされていた。
部屋の明かりは窓から差し込む光だけ。
窓のそばにある書斎机には、逆光のシルエットが鎮座していた。
「ヴァイスよ、なぜ、馬車を持ち出そうとした? それも御者も付けず、自分ひとりで」
「それは、勇者様といっしょに出かける約束をしていて……」
影は品定めをするように言った「ふむ、悪くない」と。
「目線、口調、視線、態度、眉と唇、手と足の動き……。どれを取っても、不審なところはない」
「だが」と重苦しい言葉が続く。
「そんな見え透いたウソが、このワシに通じるとでも思ったか……!」
「いえ、父上! 決してウソなどでは……!」
「またあの、貧民の小僧だな?」
暗闇のなかの眼光は、すべてを見通すように鈍く光っている。
じっと見据えられるだけで、ヴァイスはゾクリと身震いした。
「き……聞いてください、父上! レオピンは、ただの貧民ではないのです! 驚くほど手先が器用で、あっという間になんでも……!」
「……ならば、従えいっ!」
雷鳴のような一喝が降り注ぎ、ヴァイスは雷に打たれたように動けなくなる。
「賢者は、すべてを支配する! 賢者にとって、貧民は家畜と同じ! 我らに従属し、我らのためにその肉を捧げ、そして死んでいくことこそが、もっとも幸福なのだ!」
ヴァイスは雨に打たれたように汗びっしょり。
しかしそれでも、なんとか声を絞り出した。
「わっ……わかっています……! れ……レオピンを、必ずや従えます……! いえ、ヤツはもうすで、僕なしでは……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃レオピンは、待ち合わせ場所の公園にいた。
広場の一角を陣取り、拾い集めた廃材と格闘している。
「これとこれを組み合わせれば、座席になる……山道を走ることを考えて、緩衝材も入れて……と」
レオピンは汗を拭うこともせず、ホコリまみれの顔を拭うこともしない。
クラフトのときは周囲のことが目に入らなくなるほどに集中するのだが、おかげで覗き込んでいる人の気配にまったく気づいていなかった。
「なにを作ってるんだ?」
声をかけられ、ようやくすぐ近くに人がいるのに気づく。
「ヴァイスか、おはよう。これは『足こぎ車』だよ」
「足こぎ車?」
「うん。乗って足でこぐんだ。俺の予想だと馬ほどではないけど、走るより速く、それも遠くまで進むことができるはずなんだ」
「そんなすごいものを、朝のうちに作り上げたのか? レオピンはさすがだな……」
「いや。昨日の夜から作ってたんだ」
「なに? 家に帰っていないのか?」
「うん。せっかくヴァイスが居場所を突き止めてくれたんだ。ここまで来たら、なんとしても俺たちの手でカノコを助けてやりたくって……。寝ずに作ってたんだけど、どうしてもうまくできない所があるんだよなぁ」
「どこなんだ?」
「大きめの車輪をふたつ作らなくちゃいけないんだけど、廃材だけだとうまくいかなくて……」
「よし、僕が調達してこよう。本当は屋敷から馬車を持ってくるつもりだったんだが、できなくなってしまったから、そのかわりだ」
ヴァイスはそう言うなりふらりとどこかへ行った。
しばらくして、理想的な車輪をえっちらおっちらと抱えて戻ってくる。
「すごい! 立派な車輪じゃないか! どこで手に入れたんだ!?」
車輪を置いたヴァイスは「あれだよ」と、背後を親指で示す。
指先を目で追うと、公園沿いの道に立派な馬車が停まっていた。
馬車は本来は4輪なのだが、そのうち2輪の車輪が抜き取られている。
御者はいるのだが、車輪が盗まれたことも知らずに眠りこけていた。
そして御者も馬車も、どこかで見覚えがあった。
「あれはもしかして、例の新任教師の……?」
「ああ、どうやらケガが治って今日から出勤らしい。僕たちの先生になるお方だから、このくらいは許してくださるだろう」
「そっか、先生のなら大丈夫だな!」
レオピンは先生のものは俺のもの感覚で、喜々として車輪を組み込んだ。
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廃材とチック車輪の足こぎ車
個数1
品質レベル8|(素材レベル6+器用ボーナス2)
廃材のボディに、高級馬車用のチック車輪をくみ遭わせたもの。
乗って足で漕ぐことにより、高速で進むことができる。
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「よしっ、できたーっ! これで、『母忘れの山』まで行けるぞ! これも、ヴァイスのおかげだ!」
「あ……ああ、そうだな」
「どうしたんだヴァイス? あんまり嬉しそうじゃないけど……なにか、あったのか?」
「いや、なんでもない。それよりも、出発しよう」














