47 ヴァイスとレオピン8
47 ヴァイスとレオピン8
ヴァイスとレオピンがいる厨房は、ヴァイスの屋敷のなかにある。
しかもヴァイスは独立心を養うためにと、ひとつの屋敷を丸ごと部屋がわりに与えられていた。
そのため屋敷のなかではなにをするのも自由で、そこで働く使用人たちもヴァイスをご主人さまとして扱っている。
ヴァイスはその使用人たちに命じ、客室の一室を『捜査対策本部』とした。
部屋の前に掲げる看板を作る際に、ヴァイスはレオピンに尋ねる。
「そういえば、さらわれた聖女の名前を聞いてなかったな。なんていうんだ?」
「え、それは……」
レオピンは言い淀む。
なぜならば、いままで意識的に、ヴァイスの前では少女の名を口にしなかったからだ。
ヴァイスはなんでも話せる親友だが、これだけは秘密にしていた。
なぜならば……あの子がヴァイスに取られてしまうかも、という恐怖心があったからだ。
しかしヴァイスは、レオピンのそんな気持ちには気づいていない。
「どうした? まさか、名前を知らないってわけじゃないよな?」
「そ、そんなことないよ。名前は、カノコ……」
ヴァイスは「ふむ」とアゴに手を当て、記憶を探るような仕草をする。
「その名前で、本当に間違いないな?」
予想外のことを問われたレオピンは、自分の気持ちを見透かされたようにドキリとする。
でもすぐに「う……うん、その名前で間違いないよ」と頷き返した。
「でも、なんでそんなことを聞くのさ?」
「聖女科にいるということは、聖女の名家の出身である可能性が大いにある。
この国の聖女の名家の方々は、すべてこの僕の頭に入っているんだが……。
しかしカノコという名前の聖女はひとりもいない」
「え、そんなはずは……」
「そうだ。これにより考えられる可能性はふたつある。
カノコさんが名家の聖女ではないか……。
名家の聖女だが、偽名を使っているのかもしれない」
レオピンはすぐさま食ってかかる。
「カノコはウソを付くような子じゃ……!」
「そうだろうな。だが名家の聖女が偽名を使うことはよくあるんだ。
名前で身元がバレてしまうと、危険が及ぶことがあるからな。
お忍びで貧民街の聖堂に行くような聖女なら、偽名を名乗っていても何らおかしくはない」
「そ、そうなのか……」
「だが今回は、その偽名が彼女の身を危険に晒したのかもしれないな。
もし彼女が名家の聖女だとわかっていたら、聖女狩りのヤツらも手を出さなかっただろう。
名家の聖女がいなくなったとわかれば、衛兵どころか騎士団すらも出てくるかもしれないからな」
「それならカノコの家の人に、さらわれたことを知らせればいいんじゃないか?
騎士団を手配してもらえれば……!」
「カノコさんがどこの家の聖女なのか、レオピンは知ってるのか?」
「うっ……!」と言葉に詰まるレオピン。
知るはずもない。なにせ、偽名を使われているほどの間柄なのだから。
「カノコさんが家に戻らなければ、きっと家族が届け出を出してくれるだろう
時間はかかるかもしれんが、少なくとも衛兵は動いてくれるはずだ」
「じゃあ、それまで待てっていうのか?」
「そうは言っていない。僕たちは僕たちで独自で捜索をして、カノコさんの居場所を突き止めるんだ」
「でも、どうやって……?」
「レオピン、捜索の基本は何だかわかるか?」
ふるふると首を左右に振るレオピン。
ヴァイスは「コレさ」と組んだ脚をふるふるさせていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからヴァイスとレオピンは、街に繰り出し、聖堂をしらみつぶしに訪ねてまわる。
聖女狩りの被害にあっている聖堂があれば、なにか手掛かりが掴めるのではないかと思ったからだ。
実際に、聖女狩りの被害にあった聖堂はいくつかあった。
どこも自衛を始めているようだったが、さらわれた聖女に関する有力な情報は得られなかった。
「『現場百回』という言葉がある。カノコさんがさらわれた聖堂も、念のため調べてみよう」
ヴァイスの提案で向かった貧民街の聖堂では、年老いた聖母と、辛うじて被害を免れたコロネがふたりっきりで暮らしていた。
他の聖女たちは、カノコと同じく聖女狩りに連れさられてしまったという。
ヴァイスとレオピンは聖堂の内部や中庭、周辺の道もくまなく調べてみた。
なにか、手掛かりになるようなものが落ちていないかと思ったのだが……。
「うーん、なにもないな。
せめて車輪の跡でも残っていれば良かったのだが……もっと早く現場保存をしておけばよかった」
悔やむヴァイス。
レオピンはそれ以上に落ち込んでいた。
「くそ……! 俺の記憶がハッキリしていれば……! どうしてあの時のことを、ほとんど何も覚えてないんだ……!?」
聖堂の中庭で座り込むレオピンを、見習い聖女コロネが心配そうに覗き込んでいた。
「……レオピンおにいちゃん、だいじょうぶ……?」
「うん、大丈夫だよ、コロネ」
レオピンは笑顔を作り、コロネの頭を撫でてやる。
「人さらいに食べさせられたキノコで、おなかこわしちゃったの……?」
その言葉に真っ先に反応したのはヴァイスであった。
「なに? コロネさん、いまなんと言った?」
ヴァイスの鋭い目つきで睨まれたコロネは、ピャッとレオピンの影に隠れてしまう。
「おいおいヴァイス、子供相手にそんなに怖い顔をするなよ」
「あ……いや、そんなつもりでは……」
「子供と話すときは、もっと笑わなきゃ。しゃがみこんで、目線を合わせるんだ」
レオピンに注意され、ヴァイスはひきつった笑顔とともに、コロネの前でしゃがみこんだ。
「こ……コロネさん、そんなに怖がらなくていい。僕はキミに危害を加えるつもりは……」
「うっ……うわぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!!」
「おいヴァイス! 怖がらせるなって言っただろ!」
「ぼ、僕は別に、なにも……! す、すまないコロネさん! さ……3.1415926……!」
「お前、なに言ってんだよ!?」
「お、おかしいな……!? 僕の弟は、これで泣き止んでいたんだが……!?」
ヴァイスは料理だけでなく、普通の子供と話すことも苦手のようだった。
それからしばらくして、レオピンを仲介役にしてようやく、ヴァイスはコロネと対話ができるようになった。
次回は掲載を1週お休みさせていただきます。
再開は 3月29日(火) の予定です。














