46 ヴァイスとレオピン7
46 ヴァイスとレオピン7
レオピンはふと視線に気づく。
ヴァイスが、レオピンの身体をしげしげと見つめていた。
「な……なんだよ?」
「身体はもう全快しているようだな。カスリ傷ひとつ残っていない。
記憶のほうはどうだ? なにか思いだしたか?」
レオピンは幸せな満腹感に浸るあまり、思いだしたことをすっかり忘れていた。
ヴァイスに尋ねられ、胃液がこみあげてきたかのように顔をしかめる。
「そ……そうだ……! 俺は、貧民街の聖堂に行ってたんだ……!
そこであの子が、大人たちにさらわれるのを止めようとして……!」
「それで、こっぴどくやられたってわけか」
「あ、アイツらはいったい……!?」
ヴァイスは打てば響くように答える、「聖女狩り、だな」。
「聖女狩り?」
「ああ。ここ最近、聖女がさらわれる事件が増えているらしい。
貧民の聖女を専門にさらう集団がいるって話だ」
「どうして、貧民の聖女を……?」
「貧民とはいえ聖女となれば、そこそこの商品価値があるからだ。
それにさらわれたのがわかっても、被害者が貧民だと衛兵たちはマトモに捜索してくれない。
救出すればもちろん手柄になるが、手間に見合わないんだ」
「じゃ、じゃあ、さらわれた聖女は……!?」
「遠くの国に奴隷として売られて、二度と帰ってこられないだろうな」
ヴァイスはレオピンの次の行動を読んでいたのか、レオピンの肩に手を置いていた。
レオピンはベンチから勢いよく立ち上がろうとしていたが、肩を強く掴まれ、再び座らされてしまう。
「な、なにをするんだ!? 早く助けに行かないと……!」
「落ち着け、どこに助けに行くつもりだ?」
鋭く制するような声で問われ、レオピンは言葉に詰まる。
「やっぱり、アテもなく飛びだそうとしてたんだな」
「で、でも、じっとしてたってしょうがないだろ!? こうしてるうちに、あの子が売られるかもしれないんだぞ!?」
「レオピン、キミのあの子を思う気持ちは痛いほどわかる。
だが、熱い情熱だけではどうにもならないことがあるんだ」
「ヴァイスが落ちついているのは、あの子とは会ったことがないからだろ!? だからそんなふうに他人事みたいに言えるんだ!」
「ああ。たしかに僕は会ったことがない。だがわかるんだ、あの子はまだ遠くには売られていない」
「ど……どうしてそんなことがわかるんだよ!? デタラメを言って、俺を安心させようとしても……!」
やり場のない怒りと焦りに、レオピンはすっかり感情的になっていた。
それとは対象的に、ヴァイスは穏やかな海のように静かに、しかし力強く言葉を続ける。
「大通りで倒れているレオピンを見つけたときに、近くに幼い女の子がいたんだ。
レオピンに寄り添って、ずっとレオピンの名を呼んでいたよ。
くすんだローブを着ていたから、たぶん聖女だと思う」
「そ、その子はコロネだ! コロネはどうしたんだ!?」
「彼女はコロネというのか。僕が近づいたら逃げていったよ。
レオピンが彼女に、逃げるように言い聞かせてたんじゃないかと思ったんだが、違うか?」
「うっ……!」と図星を突かれたように固まるレオピン。
「やはりそうか。逃げるコロネには、聖堂に戻るように言っておいたよ。
僕は最初、レオピンが勇者の取り巻きたちの仕返しにあったんじゃないかと思っていた。
でもそばにコロネがいたから、もうひとつの相手もありえるんじゃないかと思ったんだ」
「もうひとつの、相手……? それって、もしかして……」
「ああ。『聖女狩り』だ。これは一種の奴隷狩りと同じと考えていい。
さっきも言ったが、捕まえた奴隷というのは、足が付かないように遠い国に売られる。
だから馬車などの陸路ではなく、輸送船による航路が使われるんだ。
それも輸送費を節約するために、奴隷が大勢集まった時点で発送する。
それまでは、どこかに隠しておくんだよ」
流れるようなヴァイスの説明は、あれほど立ち上がろうとしていたレオピンすらも、熱心に耳を傾けるほど。
それほどまでに、大いなる説得力があった。
「だから念のため、キミが寝ている間に手を打っておいたんだ。
使用人に命じて、港に連絡させた。
積荷に子供たちらしきものがある、不審な船があったら、必ず僕に知らせるように、ってね」
ヴァイスの眼鏡は窓から差し込む光を受け、怜悧に輝く。
「その連絡は、まだ僕のところには来ていない……。
ということは、あの子はまだ、この近隣に囚われていると考えて間違いないだろう」
それはまさに、天才と呼ぶにふさわしい、一分のスキもない名推理、そして名采配であった。
レオピンの急いていた気持ちすらも、すっかり鎮めてしまうほどに。
天才少年は、夕日に真っ赤に染まる海のように、冷静と情熱を感じさせる瞳で、もうひとりの少年を見据える。
「いいか、レオピン。僕はさきほど、熱い情熱を持ってスープを作った。だが、あの有様だった。
そこに冷静なるレオピンの判断が加わったことで、最高のスープになった。
熱い情熱だけでなく、冷静さを併せ持つことがいかに大事か、これでわかっただろう?」
「う……うんっ……!」
「それにレオピンはあの子の身を案じているが、それについても心配はいらない。
聖女は傷付けると商品価値が下がるから、暴行したりはしないんだ」
「でもあの子は泣き虫だから、今頃は……」
「精神面についても大丈夫だ。彼女は、レオピンが助けようとしていたのを知ってるんだろう?
助けを待つ身の彼女にとって、それは代えがたい心の支えとなるはずだ」
「そ……そうかな……? こんな俺がいたところで、あの子は……」
「レオピン。キミのそばに僕がいることを、キミはどう思っているんだ?」
「え? それは、すごく頼もしいと思ってるけど……」
「そうだ。あの子にはレオピンがついている。そしてレオピンには、この僕がついている」
「これ以上の言葉は不要だろう?」とばかりに、ニッと笑うヴァイス。
「さて……あの子をさらったヤツらを、殴りに行こうじゃないか」














