45 ヴァイスとレオピン6
45 ヴァイスとレオピン6
この時代はそれほど治癒魔法が発達しておらず、治療といえば薬草や、錬金術師の作るポーションであった。
そのポーションの中でも最高峰といわれるのが『エリクサー』。
『飲む宝石』と呼ばれるほどに高価で貴重なものであった。
どのくらい貴重かというと、魔王を討伐するために世界を旅した勇者ですら、1瓶しか手に入れられなかったほどである。
クリスタルの瓶に入れられた薬液は、世界じゅうの秘宝を詰め込んだかのように七色に輝いていた。
レオピンはその美しさに、「す、すげぇ……!」と思わず目を見張る。
「そ……それも、宝物庫から?」
震え声のレオピンに「ああ」と事もなげに言うヴァイス。
「邪骸布を持ち出したときに、ついでにと思ってな」
「い、いいのかよ!? そんな貴重なものを持ち出したりして!?」
「父上が持っていても飾っておくだけだし、それに僕が跡継ぎになれば、宝物庫ものはぜんぶ僕のものになる。
前借りしただけさ」
「で、でも、いくらなんでも……!」
伝説の秘薬を前に、すっかり怖れおののいているレオピン。
しかしヴァイスはつまらなさそうに、瓶をチンと指で弾いていた。
「そんなことよりも、スープがマズい理由がわかった。コイツが原因だ」
レオピンがすぐに「いや、そんなことはないと思うけど……」と異を唱える。
ヴァイスはエリクサーをポケットにしまい、スープをひと口すすった。
「うーん、ここからなにか調味料でも足して、挽回できないだろうか……」
ヴァイスは唸りながら立ち上がり、調理台へと向かう。
そして、さらなるトンデモ調理が始まる。
「塩辛いなら、砂糖を入れてみるか」
「これで味が整って……ぐっ……甘っ……!」
「ならばトウガラシだ。この緑色のトウガラシならあまり辛くはないだろう」
「かっ……かっらぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「辛すぎて、意識が飛ぶかと思った……! 大量にハチミツを入れないと……!」
「ぐっ……ぐっはぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ヴァイスは味見のたびにひとりで大騒ぎしていたが、とうとうもんどり打ってブッ倒れてしまった。
「なっ……なんだこのスープは……!? 色といい味といい、地獄の血の池ではないか……!
こ……この僕が……! なにをやってもパーフェクトのこの僕が、こんな身の毛のよだつようなものを、作り上げてしまうだなんて……!」
まるで、間違って悪魔を召喚してしまったかのように、煮立つ鍋をワナワナと見つめるヴァイス。
「この世に存在してはいけない!」と寸胴ごとゴミ箱に捨てようとしていたので、レオピンは慌てて止めた。
「お……落ち着けヴァイス! お前、本当に料理だけは下手だな!」
「これはなにかの間違いだ! 間違いは正さねばならない! いちから作り直す!」
「だから落ち着けって! せっかくのエリクサーがムダになっちまうぞ!」
「ううっ……!」
レオピンに諭され、ヴァイスはガックリと肩を落とした。
「こ……この僕が、こんなものを、こんなものを……!」
何事も完璧であるはずのヴァイスも、料理だけは苦手のようだった。
そのショックは大きく、サイフを落とした人のようにうなだれている。
ヴァイスもスープも、どうにかして元通りにできないかと考えるレオピン。
厨房を見回して、あるものを見つける。
「ちょっと、俺に任せてくれないか」
レオピンはそう言って、調理場の隅にあった、バスケットに放り込まれていた食べ残しのパンを手に取る。
ヴァイスはやつれた顔で、ぼんやりとレオピンを見ていた。
「おいレオピン、それは使用人が食べる黒パンだぞ。しかもカチカチで干からびてるから、使用人ですら食べない残り物だ」
「うん、だがこれがいいんだ」
レオピンは調理台に向かうと、肉切り包丁を使って干からびたパンを切り分ける。
サイコロ状に切ったパンを、真っ赤なスープにトッピングした。
「これで、ちょうどいい味になってるはずだ」
ヴァイスは賢者の名門の息子、いわば上流階級の子息である。
上流階級の人間というのは、たとえ焼きたてであったとしても安い黒パンなど、下賤の食べ物として決して口にすることはない。
しかし、このときの彼は違う。
「本当か? どれどれ……」と、半信半疑ではあるものの、好奇心を刺激されたように、自らすすんで黒パン入りのスープを食していた。
そして、眼鏡越しの瞳をキラリと輝かせる。
「お……おいしいっ!? パンが柔らかくなってトロトロで、スープが染み込んでいて、甘じょっぱくて最高だ!
地獄の血の池のスープが、一気に天使が分け前を欲しがるワインのようになった!
すごいぞレオピン! これも、キミの発想か!?」
「うん、貧民街だと誰も食べなくなった黒パンをもらってきて、水で浸して食べてるんだ。
ならスープだと、もっといけるんじゃないかと思って試してみたんだけど……うんっ、おいしい!」
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ヴァイスとレオピンの特製スープ(マジックアイテム)
個数2
品質レベル125|(素材レベル126+素材ペナルティ3+不器用ペナルティ5+職業ペナルティ3+調理ボーナス10)
豚肉、キャベツ、人参、玉葱を具材とし、調味料で味付けしたスープ。
最高級の食材にエリクサーが加えられ、食べるとどんなケガや病気でも治る。
古い黒パンがトッピングされており、最高のミスマッチとなっている。
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しょっぱくて食べられなかったヴァイスのスープは、レオピンの機転で最高のごちそうと化す。
ふたりは食べ盛りの子供らしく、何度もスープをおわりして、鍋のスープをカラッポにする。
「ふぅ、うまかった……」「こんなにおいしいスープ、初めてだよ……」
ヴァイスとレオピンはベンチにならんで座り、満腹になったお腹をさすっていた。
「僕の頭脳に、レオピンの器用さが合わされば、できないことなんてないな」
ヴァイスがそう言って差し出した拳を、レオピンも拳を合わせて応じる。
「うん、俺たちは、無敵のコンビだな……!」














