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44 ヴァイスとレオピン5

44 ヴァイスとレオピン5


 ……身体が燃えるように熱く、息苦しい。

 まるで、マグマの沼に頭まで沈められ、上から踏みつけられているかのようだった。



 …… ぎ ゃ は は は は は は は は は …… !



 騒音のような笑い声が頭の中でこだましていて、いつまで経っても鳴り止まない。

 地獄の責苦のような苦しさだった。


「うっ……! ううっ……! ぐぅぅぅっ……!」


 自然とうめき声が漏れ、身体がひとりでによじれる。

 寝返りを打った拍子に、ゴツン! と頭が固いものにぶつかり、混濁する意識がハッキリした。


「う……うがあっ!?」


 レオピンは獣じみた叫びとともに飛び起きる。

 しかし次の瞬間には全身を襲う痛い身に、身体を縮こませていた。


 それでもなんとか顔を起こし、あたりを見回す。

 そこは、見覚えのある厨房だった。


 厨房の隅っこにある木のベンチの上に、レオピンは寝かされている。

 屋敷のメイドが手当をしてくれたのだろう、身体には包帯が巻かれていた。

 不意に、落ち着き払った声が耳に届く。


「だいぶうなされていたな」


 それは火照った身体のレオピンにとって、ひやりとした心地良さがあった。


「う゛ぁ、ヴァイス……!?」


 ヴァイスはレオピンに背を向け、調理台に向かっている。

 慣れない手つきで野菜を刻んでいるようだった。


「大通りでボロボロになって捨てられてたから、連れて帰ってやったんだ。こっぴどくやられたようだな」


 しかしレオピンは答えない。無言のまま、立てたヒザに顔を埋めていた。

 それはいつものことだったので、ヴァイスは気にする様子もない。


「よし、これで下ごしらえができた。あとはカマドで煮れば……と、マッチが切れてるじゃないか。

 おいレオピン、マッチを持ってないか?」


 するとレオピンはヒザに顔を埋めたままポケットに手を入れ、ふたつの石を差し出してくる。

 それは、赤と黄色の鉱石だった。


「なんだこれ? 火打ち石か? 火打ち石にしちゃカラフルだな。それに、軽石みたいに軽くて柔らかい……」


 ヴァイスは石を受け取ると、カマドの前でしゃがみこみ、石を打ち鳴らしてみる。

 普通の火打ち石なら火花が散るだけなのだが、この石は違っていた。

 石どうした削れ合って、粉が舞い散った途端、


 ……ボッ! 


 まるで子ドラゴンのブレスのような、小規模の火炎放射がおこり、薪をあっという間に燃え上がらせていた。


「すごいな、こんな石があるとは知らなかった。

 この僕が知らないということは、これは世の中に知れ渡ってない、特別な石の組み合わせに違いない。

 レオピンが見つけたのか?」


 するとレオピンは顔を伏せたまま、こくりと頷く。


「そうか。よし、待ってろ、もう少しでできるからな」


 それからふたりは言葉を交わすこともなく、スープ鍋がコトコト鳴る音だけを聞いていた。

 しばらくして、ヴァイスはスープ鍋の蓋を開けると、木の器に2人前のスープを盛り付ける。


「よし、できたぞ」


 レオピンはもう顔をあげていて、腫れ上がった瞳で虚空を見つめていた。

 ヴァイスはその鼻先に、スープを差し出す。


「いい匂いだろう? ひと口食べれば元気1万倍の特製スープだ」


「……ありがとう……」


 レオピンがようやく口を開いてくれたので、ヴァイスは人知れず笑む。


「いつも以上に、こっぴどくやられたようだな。相手は勇者の取り巻きたちか?」


「……覚えてないんだ……」


「なんだと?」


「俺が朝から、どこでなにをしていたのか……なにひとつ、思い出せなくて……気づいたら、ここに……」


 レオピンはスープの器を手にしたまま、頭を抱える。


「だけど……大切なものを奪われたみたいな気持ちだけが、残ってて……!

 思い出さないと大変なことこなるような気がして……! 思い出したいのに、思い出せなくて……!」


 レオピンは目覚めたばかりだというのに、憔忰しきっていた。


「大丈夫だ、レオピン。まずはそのスープを飲んで落ちつくんだ。そうしたら、すぐに元気になって思い出す」


「そ……そんなことあるかよ! いままでにない、へんな感じなんだ!

 頭のなかが霧がかかってるみたいにボンヤリしてて、そのうえ重りを詰められたみたいに重くて……!

 ただのスープを飲んだくらいで、この気持ちがどうにかなるもんじゃない!

 ヴァイスには俺の気持ちがわからないから、そんなことが言えるんだ……!」


 レオピンはすっかり取り乱していた。

 無理もない。地獄のような苦しみを味わったあと、身体が激痛にまみれ、しかもなにも覚えていないのだから。


 ヴァイスはベンチの隣に腰掛けると、立て膝で座るレオピンの肩をガッと抱いた。


「いくら僕でも、レオピンの気持ちなんてわかるわけがない。だが僕がいままで、キミにウソついたことがあるか?」


 その迷いなき瞳と真摯なる言葉は、レオピンの心をしっかりと掴む。

 レオピンの怒り肩は、ヴァイスの手によって鎮められるように落ち着いていった。


「いままで僕の作ったスープは元気百倍だった。でも、今日のスープはそのさらに百倍の効果がある。

 この僕を信じて、ひと口だけでいいから飲んでみてくれないか」


 そこまで言われると、レオピンは押し黙ってしまう。

 幼い子供のようにこくりと頷くと、スープの器を両手で持ち直し、ずずっ、とひとすすり。


 それを見てヴァイスも、いっしょにスープを口にする。

 そして同時に、「「辛っ」」と口にしていた。


「あ……相変わらず、ヴァイスのスープはしょっぱいなぁ……」


「お……おかしいな? 僕の計算では、この調味料の量で完璧だったはずなのに……」


 ふたりは同じタイミングで顔を見合わせ、肩を振るわせる。

 忍び笑いはすぐに、厨房を揺るがすほどの大爆笑に変っていた。


 それはふたりの少年の、いつもの光景。

 レオピンがイジメられて塞ぎ込むと、ヴァイスは屋敷の厨房から人払いをして、レオピンのためにスープを作る。


 そのスープに入っている肉は生煮えで、野菜は皮つきのままでふぞろい。

 味付けもお世辞にも褒められたものではないのだが……。


 ひとつだけ、確かなことがあった。

 それはレオピンが、必ず笑顔を取り戻すということ。


 しかし今日はそれだけではなかった。


 スープを飲み下したレオピンの身体が、虹色に光りだしたのだ。


「えっ」


 目を丸くして、包帯まみれの身体を見るレオピン。

 包帯の隙間から覗く痛々しかったアザや生傷が、みるみるうちに消え、健康的な肌を取り戻していく。


「え……ええっ!?」


 驚愕とともに顔をあげるレオピン、そこには、プリズムのように輝く小瓶を片手に「ふむ」と唸るヴァイスがいた。


「さすが伝説の秘薬といわれる『エリクサー』だな。鍋のなかに3分の1ほど入れてみたんだが、ここまで効果が得られるとは」


「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」


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 ヴァイスの特製スープ(マジックアイテム)

  個数2

  品質レベル118|(素材レベル126+不器用ペナルティ5+職業ペナルティ3)


  豚肉、キャベツ、人参、玉葱を具材とし、調味料で味付けしたスープ。

  最高級の食材にエリクサーが加えられ、食べるとどんなケガや病気でも治る。

  しかし調理の腕が悪く、素材の良さを殺しているため、味は最悪。


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― 新着の感想 ―
[良い点] エリクサーなら……エリクサーならやってくれる! [気になる点] おねだん。 [一言] 売り物だろうから最悪は心配してないけど、それ以外が心配だー……。
[一言] レオピンが不味いスープで治ったのは良いけど、ぐへへに拐われたコロネがどうなったのか気になります。
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