43 ヴァイスとレオピン4
43 ヴァイスとレオピン4
その次の日の日曜日。
レオピンは陽が昇る前から家を出て、街の片隅にある貧民街へと向かっていた。
「今日は、あの子が聖堂に来る日だ。昨日は泣いていたから、なんとか笑顔にしてやりたいな。
そうだ、高いところの木の上に登って街を眺めれば、気分も晴れるかもしれない」
レオピンは、その少女の笑顔が大好きであった。
彼女の笑顔を思うだけで、足取りが自然と軽くなる。
ふと、道端に咲いていた花に気づいた。
「そうだ、花が好きだって言ってたな。ちょっと寄り道して、きれいな花をつんでこよう」
レオピンは分かれ道を反対方向に進み、遠くにある河原へと向かう。
まだ薄暗い川辺を行き来して、咲いている花を探す。
このときの少年は花のことなどぜんぜん詳しくないので、見つけたものは手当たり次第につみとった。
向こう岸に見たこともない花があると、靴を脱いでズボンが濡れるのもかまわずに川を渡る。
それからしばらくして、レオピンは花を両手いっぱいに抱え、聖堂へと向かっていた。
「ちょっとつみすぎちゃったかな。でも、喜んでくれるといいな」
少年の心は足取りと同じくふわふわしていた。
通りの向こうに古びた聖堂が見え、思わず早足になってしまう。
あと少しで、あの子に会える……!
そう思った瞬間、しげみの中から小さな女の子が飛び出してきた。
「レオピンおにいちゃん!」
小柄な身体にツギハギだらけのくすんだ白さのローブ着たその少女は、親を見つけた迷子のようにレオピンにひしっと抱きついてくる。
レオピンは思わず花を落としそうになってしまい。慌てて踏みとどまった。
「なんだ、コロネじゃないか。俺が遅れたからって、こんなイタズラをしなくても……」
しかしコロネと呼ばれた少女は、様子がおかしかった。
レオピンにしがみついたまま、えぐえぐ泣いている。
「おいおい、どうしたんだよ?」
「おねえちゃんが、おねえちゃんが……!」
「えっ、なにかあったのか?」
コロネは涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした顔を、パッとあげた。
「おねえちゃんが、コロネをかばって……! 人さらいに……! おねえちゃんが、さらわれちゃう!」
「なんだって!?」
レオピンの両手から花がこぼれ落ちる。
次の瞬間には、突き動かされるように走り出していた。
ついてこようとするコロネを、声で押しとどめる。
「コロネはこのまま聖堂から離れるんだ! 知らない人が近づいてきたら、誰であっても逃げるんだぞ!」
聖堂は貧民街のなかでも人気のない場所にある。
レオピンは叫んで助けを呼んでみたが、すぐにムダだと悟った。
聖堂の正門の前で、ずざざざっ! と滑り込んで止まる。
朽ち果てて崩れかけた門の向こう、中庭には馬車が停まっていた。
聖堂の入口のあたりには、麻袋をかぶせられ、男たちに引きずられていく少女の姿が。
猿ぐつわをかまされているのか「むーむー」と声がくぐもっている。
曇りひとつないその純白のローブは、他でもない、あの子であった。
レオピンは全身の毛が逆立つほどの怒りを覚え、地を蹴る。
「や……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
少女をさらう男たちは鍛え上げられた身体を、獣革の上着にズボンという、いかにも野盗のようないでたち。
目出し帽の向こうに見える眼光は、イノシシのように野蛮であった。
レオピンは少女の手を掴んでいた野盗に殴り掛かったが、軽く平手で返り討ち。
紙クズのように吹っ飛んでいく少年に、野盗たちは「ぎゃはは!」と大笑い。
レオピンは地面に叩きつけられ、引きずられるように滑っていた。
しかしほぼノータイムで立ち上がると、ふたたび男たちに殴り掛かっていく。
「かっ……かえせぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!」
「なんだよ、衛兵かと思ったらガキかよ、脅かしやがって!」
パァン! と軽くはたかれ、レオピンは来た道を「ぐわっ!」と吹っ飛んで戻る。
「こんな町外れの聖堂に来るなんて、変ったガキだなぁ!」
スパァン! 「うわあっ!」
「ぎゃははは! 日曜のお祈りにでも来たんだろ! ほら、お菓子代わりのゲンコツだ!」
ガスッ! 「ぐはっ!」
「ははは、コイツ面白ぇ! 何度でも立ち上がってくるぞ! こりゃ、退屈しねぇな!」
ドスッ! 「ぐふっ!」
「ったく、なんでこんなに必死になれんのかねぇ、そらよっ!」
ボカッ! 「あぐぅっ!」
「っていうか、このメスガキ目当てなんじゃねぇか? おらっ!」
ドゴッ! 「げふっ!」
「ああ、そういうことか! このメスガキ、将来は美人になりそうだもんなぁ! ……って、いい加減しつけぇぞ、このクソガキがっ!」
力任せの前蹴りが突き刺さり、レオピンは正門のところまで吹っ飛んでいく。
門塀にしたたかに身体を打ち付けられ、血の跡を残してずり落ちていた。
レオピンの顔は原型がわからなくなるほどに赤くなっていて、腫れ上がった瞼でもう前も見えていない。
服はボロボロで身体は傷だらけで、もはや自力では立つこともままならないように見えた。
「へっ、やっと大人しくなりやがったか! この子はお前のぶんまでちゃーんと可愛がってやっから、安心してオネンネしな!」
「うっ……うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
しかし次の瞬間、レオピンは我が子を殺された獅子のように挑みかかっていた。
どこからそんなパワーが湧いてるのかという驚愕と、あまりの気迫に野盗たちは思わず後ずさる。
そのうちのひとりに飛びかかり、ガッと目出し帽を掴んでいた。
「やっ、やめろクソガキっ! 離しやがれっ!」
力任せに振りほどかれると、レオピンは目出し帽を掴んだまま、投げ捨てられた空き缶のように転がっていく。
引っかきキズをつけられた野盗は激昂していた。
「こっこの……クソガキィィィィィーーーーーーーーッ!!」
素顔を晒してしまった野盗はレオピンの元へと走っていき、怒りに任せて踏みにじる。
レオピンの身体は、踏み潰された空き缶のようにひしゃげた。
見かねた野盗のひとりが止めに入る。
「おい、やめろ! それ以上やると殺しちまうぞ!」
「俺は顔を見られちまったんだぞ、もう殺すしかねぇだろ!」
「いくら貧民街とはいえ、殺しはマズい! 人さらいくらいなら、衛兵も相手にしねぇさ!」
「でも、万が一ってことが……!」
「なら、これを使え!」
野盗はポケットから紫色のキノコを取り出す。
「コイツを食らわしてやりゃ、キレイサッパリだろ!」
「ああ、そうか、コイツがあったな!」
素顔の野盗はキノコを受け取ると、足元で倒れているレオピンの髪をガッと掴んで上を向かせた。
レオピンは口を閉じようとしたが、頬をガッと掴まれ、無理やりキノコを口に押し込まれる。
薄れゆく意識のなか、少年が耳にしていたのは……。
耳にこびりつくような、下卑た笑い声であった。
「おいボウズ、コイツはな、見たこと聞いたことを忘れちまうキノコなんだ。
って教えてやったところで、次に起きたときはぜーんぶ忘れてるんだけどな! ぎゃははははは!」
次回は掲載を1週お休みさせていただきます。
再開は 2月22日(火) の予定です。














